余章『ハム吉の場合』
「処分?」
「ああ。奴はもうだめだ」
「しっかり働く優秀な部類だったのに勿体無い」
「しかし、いらん感情をもつと正確性に影響を及ぼす」
「確かに」「同意だ」
「ならば、処分の方向で話を進めてよいのか?」
「そうだな」
「こればかりは仕方ない。そうするほかはない」
(ああ、俺は死ぬんだな)
政府の役人どもが、そんな話を聞いているのを聞いて、彼は淡々とそう思った。彼は政府の諜報部隊として作られた小動物型の機械。政府の駒として生きていくためには持たれると困る感情というものを持ち始めたために、廃棄処分とされることが先ほどの会議で決まったのだ。
そして、彼はそのことについて何の恐怖も抱かなかった。生み出してくれた彼らが不必要と判断したのだ。もはやなす術はない。それがその瞬間の彼の判断だった。
処分が決まったために、今後新たな仕事を与えられることはない。残りの時間はこの政府本拠地で過ごすことになる。何の感慨もなく、彼は廊下を歩いていた。
と、そんな彼の耳に、ある男の声が響いてきた。別に理由はなかったが見つかるとまずいような気がして、彼はそっと陰に身を隠した。
「何を言っている? 殺してはだめだ。いいか。生きたまま捕らえろ。何? そこを何とかするのが現場の仕事だ。私の部隊にいる以上、むやみに命をとるな。例え、どんな“化け物”が相手であろうと、決して殺すな。生きているものをこちらの判断で無粋に殺すのは、私の正義に反する」
無線か何かで会話をしながら足早に過ぎ去っていく男を見送って、彼は心の隅に小さな灯りがともるのを感じた。
(……生きる、か)
そこで初めて、彼はその選択肢に気づいた。自分の足で、自分の思うように生きたい。それは感情を有し始めた彼にとっては必然的な欲求であった。それはつまり、彼が機械とはかけ離れた存在になったことを示す証拠となったのである。
(それも、ありだよな)
彼は、すぐさま行動に移す。これまで生きてきた世界から飛び出すことに不安はあった。外の世界にはこれまでのように自分を守ってくれるものなどないだろう。自分のような小さな身体で、どこまで生きられるかは分からなかった。けれど、誰かの判断で殺されるのは嫌だった。
彼は先ほど通り過ぎていった最近物凄い速度で出世している若い役人に心の中でお礼を言い、外へ飛び出した。もはや、自分は政府の所有物ではない。それは、嬉しいことであると同時に、寂しいことでもあった。これまで仲間として共に過ごしてきた自分と同じような存在と、もう二度と交わることはない、と理解したからだ。政府のものでなくなった彼を外の世界が受け入れてくれるとは限らない。むしろ、人語を話す小動物など奇妙なだけで敬遠されることだろう。
しかし、彼はもう止まれない。止まらない。新しい世界へ、飛び出していく。自分の意思で。
――ハム吉が、ひとりぼっちになった。




