二章『彼女は自分の意思を口にする(3)』
宿に戻った2人と1匹は床に座り込んで密談を始めた。
「どう思われますか?」
「反政府軍だなんだっていうのは、あいつの妄想だと思う」
「しかし、あっても不思議ではないですよ。秘密裏に動いているかもしれませんし、政府側の人間が気づいていなからといって、革命軍が存在する可能性が全く無いとは言い切れないと思いますが」
「それはそうだが、俺の意見としては薬は政府側が使用したんだと思う。だからこそ、フブキを迅速に確保して事実を隠蔽するために奴の賞金額を一気に跳ね上げたんだ」
「なるほど……。それも一理ある意見ですね」
「ね、ねぇ」
ここしばらく会話についてこれていないユキナが、おずおずと手を挙げた。ひなたとハム吉は会話をやめ、彼女に視線を向けた。同時に1人と1匹に見つめられて、ユキナは照れたように下を向いて言葉を続けた。
「つまり、お兄ちゃんは実験体にされたってこと?」
「う……。そういう言い方をすると、あれだが……。あー、政府が薬を作っていたのは確かだし、結構な厳重な警備体制を敷いていたから何者かに盗まれたとも考えがたい。だから政府側がフブキに試薬を投与したんだろうと思うわけだが。ん、ひなたはどうだ?」
「仮に反政府軍が存在しないならば、その意見に概ね同意ですね。たった1人で旅をしている人間は、格好の獲物と言えますからね。未完成品の試薬を投与されたフブキが、それによって別の人間になってしまった、と言うのは、かなりすっきりした見解だと思います」
「……」
「それに、それが事実ならかなり救われます。フブキを元に戻すこともできるかもしれませんし」
付け加えるように言われたひなたの言葉にユキナは文字通り飛び上がった。
「本当!?」
「はい。言うほど簡単ではありませんが、元に戻す薬を作ればいいのではないでしょうか」
「ま、そうだな。精神的にぶっ壊れたとか、自分の意思であんな風に変わっちまったっていうよりかは、随分救える見込みのある見解だな」
そう言って、ハム吉は伸びをした。ユキナは少し安心したのか、小さく息をはいた。
「どちらにしても、一刻も早くフブキを探し出す必要がありますね。政府に見つかっても、みかげに見つかっても、きっとフブキは……」
「だ、だめだよ、そんなの!」
ユキナが叫んで、ひなたの服を掴んだ。
「早く、早く行こう、ひなた。お兄ちゃんを捜しに!!」
「そうしたいのは山々ですが、まずはこの街を無事に出られるかどうか……」
ひなたは、ちらっと窓の外に目を向けた。
「え?」
ユキナもつられて外を見る。街の人にまぎれて、何人か制服姿が見えた。政府の役人だ。
「だいちとの件とさっきの情報屋との件で、ひなたがここにいるって完全にばれたな」
「そうなりますね。かと言っていつまでもここにいるのも危険です」
「全くだ」
ひなたはハム吉と早口で言葉を交わすと、立ち上がってユキナに顔を向けた。
「ユキナさん」
彼女の肩に手を置いて彼は真剣な顔で1つの作戦……とは言いがたい考えを告げる。
「僕が囮になりますので、その隙に行ってください」
「え?」
「早く」
ひなたに背中を押されて、ユキナは部屋を出ていきそうになるが、どうにか踏ん張って足を止めると、勢いよく振り向いた。
「い、嫌!」
「はい?」
「ひなたと一緒に逃げる!」
「おい、こらユキナ」
ハム吉がひょこっと顔を出して、ユキナをたしなめる。
「今は我儘を言っていい時間じゃねぇ。我儘は助かってからにとっときな」
「いーやだ」
ハム吉の頬を引っ張りながらユキナは拗ねたような顔を見せた。
「だって私は、ひ――」
そこまで言って、ユキナは言葉を詰まらせた。ひなたはきょとんとした顔をして、ユキナを見つめ、ユキナは慌てて顔をそらした。その頬が朱に染まる。ハム吉が拳を握り「言えっ!」と小さく叫ぶ。
「だ、だ……だって、私は、バイクの運転できないもん」
ハム吉はがっくりとうなだれ、ひなたは苦笑を浮かべた。前者と後者とが違う意味で彼女に呆れたことは想像に難くない。
「それでは、覚悟してくださいね」
「か、覚悟?」
「政府の役人の目の前で僕と一緒に逃走するということは、あなたはこちら側の人間と判断されるということです。フブキの妹であるということでただでさえ政府から注目されているのに、さらに僕の傍にいるということになれば、政府側はどんな手を使ってでもあなたを捕まえようとするでしょう。簡単な話、きっとあなたはすぐさま賞金首になります。下手すると、かなり高額の」
「う……」
「命がいくつあっても足りない旅路になりますが、その覚悟はおありですか?」
ひなたのやけに真剣な瞳に見つめられて、ユキナは答えることができなかった。
「大丈夫だ」
そんな彼女の代わりにハム吉がはっきりと答えた。
「もしものときは、ひなたが守ってくれる、だろ?」
「あなたという人は……」
「人じゃねぇけどな」
にやりと笑ったハム吉を見て、ひなたはため息をつくしかなかった。この状況で軽口を叩けるハム吉を見て、少し落ち着いた、という意味もそのため息には込められていた。
「そうですね。どちらにしろ、フブキを探し出す、という目的は一致していますし、あなたを1人にすると不安なのは疑いようがありません」
ひなたはユキナに顔を向け、それから姿勢を正して口を開いた。
「あなたの意思を聞かせてください」
「わ、私は……」
何者かが宿屋に駆け込んできた音がし、入口の辺りが急に騒がしくなる。足音の数は多い。いずれ、この部屋にやってくるであろう。
「ひなたと一緒にいたい」
それを聞いて、ひなたは小さく笑った。こうまではっきり言われると、少しくすぐったかった。しかし、彼はそんな思いを微塵も見せずに冷静に口を開いた。
「それでは、もう戦略も計画もありません。行きましょう」
ひなたたちが窓から部屋を飛び出したのと、政府の役人たちが部屋に飛び込んできたのは、ほぼ同時だった。
叫び声が聞こえたのは、ほんの一瞬だった。バイクのエンジン音がうるさく鳴り響いたせいで、ひなたたちの耳にはそれ以外の音は一切届かなくなった。ただ、暴走するバイクに轢かれまいと逃げ惑う街人の恐怖に怯える顔は嫌というほど見ることになった。声は聞こえなくとも、叫んでいることはよく分かる。そんな表情を後ろにバイクは駆け抜けていく。
どうやら、彼らを追ってくる政府の役人を率いているのはだいちのようだった。特にやる気を見せるわけでもなく、バイクが徐々に遠ざかっていくのを見ながら、あくびをひとつした。
それから彼はひなた一行を追うのをやめるように指示を出すと、大きく伸びをして翻した。彼の部下と思われる役人たちは不満そうではあったが、上司の指示では逆らうわけにもいかず、だいちの後に続いた。
それが、数年ぶりにひなたの賞金額が上がる日の前日の出来事であった。




