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二章『彼女は自分の意思を口にする(2)』

 彼らが向かったのは“情報屋”とでかでかと看板に書かれた店だった。

「なんで初めからここに来なかったんだよ」

 ハム吉は店の前に立つひなたに向かって、苛立ったように声を上げる。

「こういうのは表の方が面倒なんですよ。裏での情報交換なら、代価なしに情報を得られる場合もあります。まぁ、命を落とす危険も高いですが……。しかし、表ではそうはいかない。力ずくで得られる情報は皆無ですからね。ここでは情報と引き換えに、それ相応のお金か情報が必要になります。フブキの情報となるとかなり高額でしょう。何しろ、政府が隠蔽しているくらいの要人ですからね。きっと払いきれる額ではありません」

「言っとくが、うちの姫さまもたいして金もってないぞ」

 ため息混じりに言うハム吉とは対照的に、ひなたは笑みを浮かべると人差し指を立てて口を開ける。

「大丈夫です。僕らには奥の手があるじゃないですか?」

「あ?」

 首を傾げるハム吉をよそに、ひなたはユキナへと視線を移した。

「とにかく、ユキナさん。できるだけ、顔はあげないようにしてくださいね」

「うん」

 頭から布を被ったユキナはこくんと頷く。それを見てひなたはにこっと笑うと、店の中に入った。10人をわずかに超えるくらいの従業員が店内を駆け回っていた。

「はいはい、いらっしゃいませ」

 ひなたたちの対応に出てきたのは若い青年だった。ひなたはユキナの背中を押すと、彼女を前に突き出した。

「へ? え?」

「あなたの聞きたいことを聞いてみてください」

「う、うん」

 ユキナは俯いたまま、店内に響き渡るくらいの大きな声で言った。




「フ、フブキの情報をくださいっ!」




 瞬間、店内は静寂に包まれた。青年はひきつった笑顔を浮かべて、う〜ん、と唸った。

「そのレベルの情報になりますと、かなり高額になりますが……」

「ちなみに、おいくらでしょうか」

 青年はそう屈託なく言うひなたに視線を移すと、困ったように頬をかいた。

「そうですね……。最低でも300万Sくらいはいただきたいかと」

 それを聞いてユキナが思わず顔を上げそうになったので、ひなたは彼女の頭をそっと押さえた。300万Sとなると、車が1台買えるくらいの値段だ。情報1つにその値がつくことに彼女が驚くのも無理は無い。

「その額なら現金で払うことは不可能ですね。では、こちらの情報と交換ではどうでしょう?」

 それを聞いて、青年は嫌な笑みを浮かべた。

「しかしですね、お客様。300万Sに相当する情報となると……」

「――蒼風」

「はい?」

 青年はその表情のまま固まった。自分の聞き間違いかと思ったのだ。

「こちらは、蒼風の情報を提供しましょう」

「内容は?」

 青年はそれに食いついたらしく、身を乗り出してささやくような声でひなたに訊ねる。

「そうですね。ひとまず彼の存否、それで足りければそれに加えて他の情報も、というのはどうでしょう」

「……信憑性は?」

「確かです」

 青年は、ふむ、と考え込むような仕草を作った。それを見て、ひなたは咳払いをする。

「証拠はすぐにお見せできます。……が、ここでは少しまずいので、奥の部屋に行きませんか?」

 ひなたの試すような視線を見て青年は頷くと、目の前に毅然と立つ“お客様”に失礼のないように深く頭を下げた。

「……分かりました」






「奥の手って、これかよ」

 部屋に通されたひなた一行はふかふかの椅子に腰掛けていた。殺風景な部屋であったが、壁の厚さはかなりのものであるらしく、全く外からの雑音が入ってこなかった。

 2人の足に挟まれる形でしゃがみこんでいたハム吉のぼやきに対して、ひなたは呆気羅漢に答えた。

「なにせ本人ですからね」

「せっかく、お前の件は下火になったっていうのに……」

「仕方ありません。それに、宿を出る前にも少し触れましたが、先ほどの小さな騒ぎのことを考慮すると、まもなくかあるいはもう既に何らかの情報がここに届けられている可能性は否定できません。つまり、この情報を高く売るなら今ほど絶好の機会はない、ということです」

 ひなたがそう言うと、ユキナが申し訳なさそうに顔をあげ、ひなたを見つめた。

「ごめん、ひなた」

「はい?」

「なんか、いっぱい迷惑かけてる」

「気にしないでください。これも宿屋で言いましたが、僕の葛藤を断ち切るために必要なことなのですから」

「でもっ!」

 ユキナが言葉をつむぐ前に扉が開いて、先ほどの青年が姿を現した。手にはいくつかの資料を持っている。

「お待たせしました」

「いえ」

 青年はひなたたちの向かいに腰掛けると手を組んで、緊張した面持ちで無理やりに笑顔を作った。

「まずは、そちらの情報をうかがってもよろしいですか」

「分かりました」

 言って、ひなたはメガネを外した。同時に青年の目が点になる。続いて、彼が帽子を取り、例の蒼色が飛び出したときの青年の顔は形容するには言葉が足りないくらいの驚愕の表情に変貌した。それは思わずハム吉がにやりとしてしまうほどの変貌っぷりだった。

「あな、あ、あなた……は」

「初めまして、ひなた……いえ、蒼風といった方がよろしいでしょうか?」

「え? い、生き、あれ? な、何で?」

「そもそも、僕は政府につかまってなどいませんから」

「……ええ?」

 青年は体中の力が抜けたかのようだった。手からは書類が落ち、ひなたが慌ててそれを受け止めた。

「あ、そ、そういえば、さきほど、なんだか妙な騒ぎがあったような……」

「はい。それは僕です」

「へ、へぇ……」

 青年はもぬけの殻にでもなったかのようだった。だいちとひなたとの一件は、まだこの場所に正確に届いていないようだった。仮に届いていたとしても、単なる噂や与太話として片付けられていた可能性を否定することはできないが……。

 とにかく、ひなたの言葉通り、蒼風の存否をここで明らかにすることは、今こそが絶好の機会だったというわけだ。

「それで、フブキの情報はいただけますか?」

「あ、は、はい……。も、もちろんです。えっとですね。こちらが有している情報によりますと」

 青年が提示した情報を要約するとこうだ。フブキの居場所は不明。どこかに居住しているわけではなく、転々と移動していることがその理由であった。ただ、ひなたやユキナの知っているように、フブキはかつて良識な旅人であったという。それが、何かをキッカケにして豹変し、今では最も危険な賞金首となっている。賞金額は7億2000万S。2番手のみかげの倍以上の額から判断するに、政府がどこまでも彼を危険視していることが計り知れた。こんな額をつけることで、民間人が不安に思うことよりも、そうまでしてでも捕らえたい、という必死な思いが伝わってくる。

「それで、そのキッカケというのは、何か分かりますか?」

「そ、そうですね……。これはあくまで推測なのですが、彼は反政府組織に利用されているのではないか、と」

「反政府組織?」

「はい。今の政府を倒そうという……簡単に言うと、革命軍ですね」

「それに利用されている、というのは、つまり、何か弱みを握られているということでしょうか?」

「いえ。それにしては、豹変ぶりが凄まじすぎると思います」

 青年は、ふぅ、と一息つくと、ちらっとひなたに視線を向け、それからすぐにそらした。

「何か?」

「あ、えーっと、いえ、あくまで、あくまでですよ」

「はい」

「これは、僕の妄想に過ぎないんですけど、フブキは操られているんじゃないでしょうか?」

「操られている?」

「はい」

 青年はすっと立ち上がると、ジェスチャーを含めて話を始めた。それはまるで自分に陶酔しているかのような口調であった。

「政府が極秘に、人の心を奪う薬を開発している、と聞いたことがあるんです。反政府軍はそれを奪って、フブキに投与したんじゃないでしょうか? それだと、急激な豹変にも説明がつく。彼は、その薬の実験体に……」

 そこまで言って、ひなたが微妙な表情をしていることに気づいたのか、青年は椅子に腰掛けた。

「すみません……。情報屋が想像で物を言ってはいけませんよね」

「いえ。それは非常に興味深い見解だと思います」

「でしょう!? でも、誰も夢物語だとか何とか言って取り合ってくれなくて……」

 ひなたは青年に気づかれないようにポケットからペンを取り出すと、それを椅子の上でじっとしていたハム吉に手渡した。それから手のひらを広げ、彼の前に差し出す。それを見てハム吉は彼の意図を察したのか身体全体を使ってペンを操り始めた。どうやら、ひなたの手のひらに何かを書いているらしい。

「もし、これが本当なら、僕としてはフブキを悪人と断定していいものか……」

 ひなたがすっと手のひらを広げ視線を落とす。そこには「薬はあるはずだ」と物凄く乱雑な文字で書かれていた。それを見たひなたは満足そうに頷くと、すっと立ち上がった。

「どうやらこちらの情報よりも高額な情報をいただいたようです。感謝します。これはとっておいてください」

 ひなたそう言って、彼の前に硬貨を数10枚ほど置いた。

「え? あ、あの……」

 困惑する青年を横目にひなたはユキナを立ち上がらせると、すたすたと出口に向かっていった。部屋から出て行く間際、彼はふと足を止めると青年の方を振り返って微笑を浮かべた。

「これから僕たちが、あなたの話が真実かどうかを確かめてきます」

 部屋の扉が閉まり、1人残された青年はしばらくぽかんとしていたのだった。

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