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男装令嬢の不本意な結婚  作者: もり
番外編:パトリス
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番外編:結婚式の夜

 

「改めて祝福させてくれ。おめでとう、我が義妹よ」

「――ありがとございます、殿下」


 クラリスが緊張しながらお礼を言うと、パトリスの兄であるリュシアンは不満そうに顔をしかめた。

 国王の代理として結婚披露宴に出席しているリュシアンは主賓である。

 何か失礼なことをしてしまったかとうろたえるクラリスだったが、リュシアンは軽くため息を吐くと、一転してにっこり笑った。


「二回も誓って私の義妹になったのだから、殿下ではなくお兄様と呼んでくれないか?」

「は、い?」

「二度の誓いに兄上は関係ありません」


 わけがわからず今度は戸惑うクラリスを庇うように、パトリスが背後からすっと現れてリュシアンの前に立った。

 リュシアンはわざとらしく肩をすくめる。


「ほら、こんなむさい弟に兄上なんて呼ばれたって嬉しくもないだろう? さあ、可愛い義妹よ。遠慮はいらないよ」

「クラリスを困らせないでください」

「ずいぶん過保護なんだな。だが、お前が答えなくてもお前の妻は自分で答えられるだろう。とても強い女性なんだから」


 リュシアンはそう告げると、真剣な眼差しをクラリスに向けた。


「あの時は突き放して悪かったね。私たちの判断の甘さがあなたの命を奪うところだったんだ。本当に申し訳なかった」

「いえ、判断の甘さでは私に責任があります。ですから……どうか過去のことは水に流してくださいませんか?」


 二人の会話を聞いて、結婚前のやり取りを知らないパトリスは訝しげな表情になったが、リュシアンは満足げに頷いた。


「そうだね。私は過去の過ちから何も学んでいない愚か者だけど、反省は後にして今は素晴らしい義妹ができたことを祝おう。おめでとう、パトリス、クラリス! ――クラリスと呼んでもいいだろう?」

「もちろんです、で……お義兄様。ありがとうございます」

「……ありがとうございます」


 クラリスが〝お義兄様〟と呼ぶと、リュシアンはぱっと顔を輝かせ、パトリスはどこか不満げな顔になった。――いつも無表情なのでわかりにくいが。

 楽しそうに会話をする王族たちに遠慮して、幸せそうなクラリスを多くの人は遠巻きに微笑ましく見ていたが、クラリスの叔父でありリュシアンの部下であるミカエルは堂々と加わった。


「隊長、この二人は人騒がせな夫婦なんですよ。ですから、きちんと誓ってもらいましょうよ」

「ミカエル、何を言っているの? 失礼よ」


 リュシアンも言っていた通り、クラリスとパトリスは先の結婚式と今日の式で二度も誓っているのだ。

 しかし、ほんのり顔を赤くしたミカエルは首を横に振る。


「言葉じゃなくて、態度で示してくれないと」

「態度?」

「誓いのキスだよ」

「なっ!?」


 にやにやしながら言うミカエルにクラリスは言葉を失い、パトリスもかすかに驚きの表情を見せた。

 リュシアンは面白そうに成り行きを見ており、周囲の若者たちが囃し立て始める。

 どうやらミカエルも若者たちもそうは見えないがかなり酔っているらしい。

 だがそこに、冷静になったらしいパトリスの冷ややかな声が響いた。


「馬鹿なことを言うな。私たちはすでに誓いを交わした。これ以上は必要ない」


 不機嫌を滲ませた厳しい口調に、その場は一瞬しんと静まり返った。

 その気まずい空気を吹き飛ばしたのは、リュシアンの明るい笑い声だ。


「照れるなよ、パトリス! まあ、こんなに可愛らしい花嫁なんだから、仕方もないよな!」


 リュシアンの言葉に皆も同意して頷き、その場は和やかに収まった。

 クラリスもほっとして他の出席者たちと話し始めたのだが、パトリスはどこか緊張しているように見える。

 その理由がわかったのは、その後に寝室で二人きりになってからだった。


「クラリス……」

「は、はい」

「その、先ほどのことだが……」

「先ほどのこと?」

「ああ。先ほどのミカエルの言葉だが……」

「……っは、はい」


 ベッドに二人並んで腰かけ、かなり続いた沈黙。

 それを破ったのはパトリスだったが、どうにもはっきりしない。

 クラリスが不思議に思って問えば、また曖昧な答えが返ってくる。

 しかし何のことを言っているのか理解したクラリスは、真っ赤になって返事をした。

 ミカエルが誓いのキスをするようにと促したことを、パトリスは言っているのだ。

 やはり失礼だったのだと焦るクラリスの手をパトリスが握る。


「別に、クラリスに……するのが嫌だったわけではない。ただ、初めてなのに人前でするのはどうかと思ったんだ。いや、初めてではなくてもどうかと思うのだが……」

「は、はい。そうですね!」


 寝室に二人きりで、お互い薄着で、あまりにも近すぎる。

 色々いっぱいいっぱいなクラリスは理解するより先に元気よく同意した。

 パトリスはそんなクラリスを真剣に見つめ、こほんと一つ咳払いをする。


「……慣れないことばかりで、すまない。その、それでもいいだろうか?」

「も、もちろんです!」

「そうか……」

「……」

「……」

「……?」


 今度の質問もよくわからなかったが、パトリスの言うことに反対をするわけがない。

 クラリスはまた元気よく答えたのだが、その後には微妙な沈黙が続いた。

 おかしいな、とクラリスが思った時、パトリスが言いにくそうに口を開いた。


「……その、目を閉じてもらえないか?」

「え? あっ、すみません!」

「いや、謝るのは私のほうだ。やはり色々と……」


 パトリスはどうしたらいいのかわからず、言い訳めいたことを呟きかけて言葉を詰まらせた。

 クラリスが目を閉じているのだ。

 その姿はあまりに……とにかく表現できないほどに愛らしい。


 ――きっとこのまま死んでしまう。


 そう思うほどに心臓が苦しく、叫びだしたいほどの衝動が込み上げてくる。

 それでも顔を近づけ――。


「――すまない」

「いえ……」


 鼻と鼻がぶつかり、パトリスは慌てて離れて謝罪した。

 クラリスもぱっと目を開け、すぐに恥ずかしそうに目を伏せる。

 パトリスは絶望的な気持ちだったが、ふとクラリスが相手だからこそこのような気持ちになるのだと気付いた。

 クラリスと出会ったことで、今まで知らなかったたくさんの感情を知ることができるのだ。


「ありがとう、クラリス」

「え?」

「あなたに出会えてよかった。私は世界で一番の幸せ者だ」


 そう告げると、クラリスは驚きに目を丸くした。

 だがすぐに笑顔になる。


「いいえ。パトリスは二番です。私が世界で一番の幸せ者ですから」


 つい今しがたの恥じらいも忘れ、いつもの調子に戻ったクラリスが胸を張って宣言する。

 そんなクラリスを見たパトリスは声を出して笑った。

 すると不思議と緊張が消えていく。

 すぐにクラリスも一緒になって笑い、新婚夫婦の寝室は笑い声に包まれた。

 それからの二人の間はいつも笑顔で溢れ、幸せに満ち溢れていたのだった。







 いつもありがとうございます。

 本日、10月2日(火)本作『男装令嬢の不本意な結婚』が一迅社様アイリスNEOより発売されました!

 イラストを担当してくださったのは紫真依さまです!

 特典情報など詳しくは活動報告にて。

 みなさま、ぜひよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] パトリスに魅力を感じないが、クラリスがとてもいい。
[良い点] ドキドキしてハラハラしながら昔の結婚観や夫婦関係って難しいんだって思う事だらけです。応援したい二人が次第に傷を癒して絆を深めて、最後は愛を捧ぐ関係になれたから良かった良かったです。
[一言] この話は本当にいいお話ですねぇ…。 山あり谷あり嵐あり、読んでいると悲しくなったりもどかしくなったりしてワクワクしますし、だからといって辛くて悲しく惨めなままのエピソードもなく、最後にはきち…
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