第三章 10
ねがいを胸に、泥にまみれて息を切らして走るマヒル。
その前方にそびえる木々の幹の隙間から、開けた場所――セキガ平原が見えた。雨にぬれて大地がぬかるんでいる。どうやらゆるやかな下り坂を、下りきったようだ。
一瞬、そちらに行くか迷った。トヨヒサはセキガ平原のことを毛嫌いしている。そんなところに逃げ込んでは、彼は助けにきてくれないかもしれない。
その迷いが、マヒルの足をわずかににぶらせる。
そしてマヒルの右手が強い力で引っ張られた。右手首に念力の糸が幾重にも絡まっており、それをたどった先に、ゲンジロウの怒りに満ちた顔があった。
「つかまえた、つかまえたぞ、おい、実験体がァ!」
「あ、クソッ! 放しなさいよっ」
「仕置きだ。痛い目だ。食らってうなだれて反省しろっ」
ゲンジロウの指先に念力が集まり、透明の弾丸を形成。
それが放たれる――寸前に、横手から飛んできた金色の物体が老人に激突。それらはもみくちゃになりながら森の中を転がり、岩に衝突。転がった際に跳ね上げた泥の雨が、ゲンジロウと、その上に折り重なるユルヨに降り注ぎ、血と混ざり合った。
(きて――くれたのっ!)
希望に目をかがやかせて、マヒルはユルヨが飛ばされてきた方向を向いた。
衝撃。
砲弾を受けたような激痛に身体中がきしみ、口から大量に吐血。抗うことができずにきりもみ、傾斜する地面を跳ねるように転がり、森を飛び出し平原へ。
泥の上に横たわるマヒル。その意識はほぼ消えかけていた。横向きになった視界に、森からこちらに向かってくるデピュルの姿が映った。
先ほどの衝撃は、あの女が放った念力だったのだろう。
よく死ななかったと、自分をほめたくなる。
だんだんと女の姿が大きくなる――近づいてくる。
身体を動かしてみようと思うが、拘束されているように、指先ひとつ動かなかった。
(死んで、たまる、か)
あきらめないマヒルの喉に、鞭の力場が巻きつき、その身体を持ち上げられた。
マヒルの目の前に、喜悦にまみれたデピュルの顔があった。
「ようやくぢゃ。愛しの娘。返してもらおう、その心の臓腑をもってして」
赤い唇が弧を描き、デピュルの右手が手刀の形を取った。
うつろう意識の中で、ぼんやりと、赤と黒の何かが視界の端に映った。