第三章 9
泥を跳ね上げて全速力で駆けるトヨヒサ。
その頭の中で、昔、父親に聞いた話が駆け巡っていた。
『俺も親父から聞いたことなんじゃが、実はな――シマヅ・ヨシヒロっていうのは、とんでもない臆病者だったらしいぞ』
『え? うそじゃ』
『いいや、ほんとうじゃ。俺の曾じいちゃんがいっとった』
『ええ、そんな』
『でな、臆病者だったシマヅ・ヨシヒロは、そのくせによう戦いに望んでたんよ』
『な、なんでじゃ?』
『守るためじゃ。自分の大切なものを守るために、シマヅ・ヨシヒロは怖がりながらも、戦いつづけた。じゃあ怖がりなシマヅ・ヨシヒロがいかにして戦いに望んでいたか』
『あ、まさか』
『そう。竜叫。シマヅ・ヨシヒロはな、怖すぎて戦うときいつも「うぎゃあああ」とかそれはもう気でも狂ったんちゃうかと思うくらい叫んどったらしくてな、んで、それを一緒に戦っていたやつに指摘されたんじゃ。いったいなしてそんな叫びおるんか、と。そしたらな、「これが俺の剣術たい」と答えたんじゃって。そんでそのうそを真実にするために、シマヅ流竜剣術ができたんじゃ。つまりシマヅ流竜剣術ってのは、臆病者による、臆病者のための剣術なんじゃよ』
『なんじゃそりゃ……俺は幻滅したぞ』
『そうか? 俺はすごい思うぞ。なにせそんだけ臆病者のくせに、東方十二英雄なんて呼ばれるようにまでなったんじゃぞ? それに、よかにせじゃと思う』
『なにがじゃ?』
『誰かのために勇気振り絞って戦うなんて、まさに英雄じゃし、竜狩りの民の祖先らしいじゃろ。俺は誇りに思う』
『まあ、そうかもな』
今なら、親父がよかにせ――かっこいいといった意味がよくわかった。
恐怖を抱えながら戦うことは、並大抵のことではない。
親父はシマヅ・ヨシヒロが怖さのあまり叫んでいたといっていた。だがそれは同時に、叫ぶことで正気を保とうとしていたいのではないかとも思う。
叫ぶことで、己の声を響かせることで、己を奮い立たせる。
それが周りから見たら、まるで気でも狂っているかのように見えるのだ。
実際は、正気を保つためにやっていることなのに。
(……シマヅ・ヨシヒロ。俺のご先祖様。ちいっと、力貸してください)
今にも恐怖に飲まれそうな中、トヨヒサは心の中でつぶやいた。
そう思っている間にも、豪雨の先で爆音が鳴り、木々が森の中に沈んでいく。
マヒルは――近い。




