プロローグ 瑞宝重光章
お盆 九州某所
蔵の中は、外よりもいくらか涼しかった。そのかわり湿気がひどい。段ボールを一つ持ち上げるたびに、お盆の蒸し暑さと古い紙の匂いが混ざり合って、鼻の奥に張りついてくる。
「蔵の整理ねえ」
誰に聞かせるでもなく呟いて、私は次の段ボールに手をかけた。
半年ほど前、大学入学共通テストの直前にインフルエンザにかかり、結果として第一志望には届かず、滑り止めで受けていた私立大学に入学した。それ以来、家族はどこかよそよそしい。別に誰のせいでもないし体調管理も含めて受験なのだし、これも実力のうちだと自分では思っている。思ってはいるが、完全に納得できているかと聞かれればそうでもなかった。
大学に入ってからも特にやりたいことは見つかっていない。サークルにも入らず授業が終われば家に帰って、スマホを眺めたり動画を見たりしているうちに一日が終わる。別に不幸というわけではない。ただ、自分が何をしたいのかが、いまだによく分からないだけだ。
そんな折、父方の親戚から久しぶりに連絡があった。たまにはこっちに来ないか、蔵の整理をするから手伝ってくれ、という電話だった。特に予定もなかったし、最近は実家にいてもなんとなく居心地が悪い。そのまま家にいるよりは多少ましだろうと思って、二つ返事で引き受けた。
うちの家は、もともと神社をやっていた家らしい。そのせいか、蔵には何に使うのかも分からない古い道具や書類が、これでもかというほど詰め込まれていた。古い木箱、黄ばんだ帳簿、見たこともない祭具、誰が写っているのかも分からない写真。一つずつ運び出しては、縁側に並べていく。
「これ、捨てていいんですか?」
「たぶんいい......いや、ちょっと待て。それ何だ?」
そんなやり取りを何十回か繰り返したころ、棚の奥に、ひときわ目立つ桐箱があるのに気がついた。手を伸ばして引き寄せてみると、見た目よりずっと軽い。蓋を開けると、中にはバッジのようなものが一つ収められていた。中央に赤い玉があり、そこを中心にして白い線が幾重にも同心円状に広がっている。金属の表面は少しくすんでいるが、細かな装飾は今でもはっきりと残っていた。
「すみません。これって、何ですか?」
「んっと......ああ、それね」
親戚は首にかけたタオルで汗を拭きながら、少し考えた。
「確か、ひいひいじいさんが外交官か何かで、勲章をもらったって話があったな。それじゃないか」
「へえ、そうだったんですか」
普通に暮らしていたら、まず見ることのない代物だ。しばらく箱の中で眺めてから、なんとなく手に取って、蔵の入口から差し込む光にかざしてみた。
その瞬間、視界が揺れた。
急に頭がぼんやりして、耳の奥で甲高い音が鳴り始める。手の中の勲章が、妙に熱い。いや、熱いというより、何かがそこから流れ込んでくる感覚だった。知らない部屋。知らない人間。見たことのない街並み。机の上に積まれた大量の書類。そして、聞いたことのない言葉。
立っていられなくなって、私は反射的に壁へ手をついた。
「ほこりでも吸いすぎたかな」
そう呟いたところで、意識が遠のいた。




