1話 【ゼニス歴????年】
王都が燃えていた。
夜空が赤く染まり、王城の塔がひとつ崩れ落ちる。
周りの建物にも炎が燃え移り、石造りの王城を包み込んでいた。
その中心にひとりの青年が立っていた。
彼の眼下には燃え盛る王城と逃げ惑う文官、女性、兵士の群れが広がっている。
エルバート王国最強と謳われた近衛騎士団ですら、その混乱を収拾できずにいる。
「貴様、何者だ!こんな場所でなにをしているんだ!!」
王城の最上階で青年を見つけた騎士たちは一斉に剣を構える。
「答えろ!貴様が首謀者か!?」
青年は少しだけ笑った。
「何がおかしい!!」
「いや、すまない。あまりにも簡単だったなと思ってね」
静かな声だった。
青年は瓶を取り出す。
小さなガラス瓶。透明な液体が月光を映している。
剣を持つ騎士の手の力が強まり、臨戦態勢だ。
青年は騎士たちに告げる。
「ああ、安心しろ。これは毒だが、命を奪うものではない」
騎士たちは顔を見合わせる。
青年は瓶の栓を抜いた。
「全員かかれ!」
騎士たちは一斉に青年に切りかかる。
青年は持っていた剣で見事にそれを受け流し、すれ違いさまに小瓶の中の液体を彼らの脚に振りかける。
一人、また一人と騎士たちは倒れて動けなくなっていく。
風が吹いた。そして王城の各所から火の粉が舞い上がる。
既に騎士たちは全員地面に伏せている。
自分達がなぜ立てないのか分からずに、ただ、青年を恨めしそうに見つめている。
「……やはりすごい効果だな」
青年はつぶやいた。
かつて、彼は薬を作る研究者だった。
人を救うための薬を作る薬剤師だった。
だが今、彼が作っているのはーー
国家の性根を叩き直す「劇薬」だった。
燃え上がる王城を見上げ、青年は静かに言う。
「全部、お前たちが蒔いた種だ」
脳裏に浮かぶのは、一つの村。
そして、――父が崩れ落ちるその姿。
観客の歓声。
絶対に許さない。
こいつらだけは絶対に許さない。
そう拳を握りしめた時、彼は背後にやわらかい気配を感じる。
「イルルか?」
「うん。合流の時間だよ。そろそろ行こ。」
「ああ」
青年は振り返り去っていく。
味方か誰かと合流するのだろうか。
地に伏せている騎士たちには知る由もなかった。
炎に包まれる王城を背に、2人の姿は暗闇の王都へと消えていった。
暗闇の中、女の子が立っている。
恐らくこの子が例の子なのだろうと青年は判断し、声をかける。
「あんたが転生者か?」
女の子はすぐに返答を返してくる。
「……リオネッサから来た人ですか」
「ああ」
外見は長い黒髪、青いリボンを結っている。10歳位の子供。整った顔つき。将来は美人になるだろう。
だが、一つだけその辺の子供とは違う所がある。
目だ。
何かを成し遂げる為、何が何でも生き残ってやる、そんな目をしている。
決意とか覚悟とかそんな生ぬるいものではなく、この子の内側から感じるのは執念とか怨念の様なものだ。
「ニールだ。迎えに来た」
「稲見香織です。こちらの世界ではテオと呼ばれています」
日本語だった。
一瞬、躊躇したが、こちらもその覚悟に応える形で日本語で返答する。
「坂口壮真だ。……行こう。仲間が待っている」
背後では王城が燃えている。
「はい」
三人の姿は、燃える王都の夜の中へ消えていった。




