第23話:新しい旅立ち
生徒会長との戦いは――
ひとまず、決着を見た。
俺たちは保健室で応急手当を受け、
気づけば、空はすっかり夕焼けに染まっていた。
女子寮の自室に戻る。
いつも通りのはずの扉が、妙に遠く感じた。
――だが。
中は、空っぽだ。
生活の痕跡が、きれいさっぱり消えていた。
ついさっきまでの時間ごと、
どこかへ持ち去られたみたいに。
【ヴァトリナ】
「おいいい!なんじゃこりゃ!」
部屋の真ん中で叫んだ、その時。
【イーシア】
「あれ?なんでアンタがここにいるのよ」
振り返ると、銀髪のエルフ――イーシアが立っていた。
【ヴァトリナ】
「大変だイーシア!
泥棒だ!
しかも相当豪快なやつだぞ!
全部、持っていかれた!」
【イーシア】
「誰が泥棒よ」
軽く、胸を叩かれる。
【イーシア】
「アンタが逃げるって言うから、
荷物、送っといてあげたんでしょ」
――そうだった。
生徒会長との決闘から逃げるため、
イーシアに荷造りを頼んでいたんだ。
【ヴァトリナ】
「そうだった。悪い、完全に忘れてた」
【ヴァトリナ】
「で、その荷物――どこに送ったんだ?」
【イーシア】
「私の実家」
……エルフの里まで?
【ヴァトリナ】
「は?なんでまたそんな遠くに」
【イーシア】
「決まってるでしょ。
生徒会長にビビらなくていいくらい、
ちゃんと鍛えてきなさいってことよ」
言われてみれば、その通りだ。
今回の戦いで、自分の弱点は嫌ってほど見えた。
イーシアは空気中の水分すら凍らせる。
あのレベルに届くなら――
修行も、悪くない。
【イーシア】
「短期留学の資料も、ちゃんとまとめてあるから」
【ヴァトリナ】
「用意いいな……迷惑じゃないのか?」
【イーシア】
「迷惑に決まってるでしょ。
だから――ちゃんと感謝しなさいよ」
【ヴァトリナ】
「はいはい、感謝してるって」
とはいえ。
総書記長が第二王子を呼んだって話もある。
……まあいいか。
生徒会長もいるし、なんとかなるだろ。
【ヴァトリナ】
「で、俺は今夜どうすればいいんだ?
布団すらないぞ」
【イーシア】
「……あ」
ほんの一瞬、固まる。
【イーシア】
「それは盲点だったわ」
【イーシア】
「じゃあ――私の部屋、来る?」
【ヴァトリナ】
「……え?」
一瞬、思考が止まる。
【ヴァトリナ】
「それ、いいのか?
倫理的に」
心の中の男子高校生が、全力で騒ぎ出す。
【イーシア】
「何よ。女同士でしょ」
【イーシア】
「校則的にも、問題ないわよ」
背中を押される。
抗う間もなく――
俺は、そのままイーシアの部屋へ連れていかれた。
イーシアの部屋。
扉をくぐった瞬間、
空気が変わった気がした。
柔らかい香り。
整えられた家具。
どこか静かで、落ち着いた空間。
――女の子の部屋、だ。
思わず意識してしまい、
妙に落ち着かない。
視線の置き場を探していると、
棚の上の奇妙な置物に目が止まった。
【ヴァトリナ】
「なんだこれ……魔法道具か?
エルフ専用のやつ?」
【イーシア】
「もう、騒がないでよ」
奥から声が飛んでくる。
【イーシア】
「お茶入れるから、
そこに座って待ってなさい」
言われるまま、椅子に腰を下ろす。
――妙に心地いい時間だった。
エルフの里での作法を教えられ、
さっきの置物の由来を聞き、
学園での騒動を振り返って笑い合う。
気づけば、時間はゆっくりと溶けていった。
【イーシア】
「……ふぁ」
小さく欠伸をする。
【イーシア】
「そろそろ、眠くなってきたわ」
【ヴァトリナ】
「そっか」
少しだけ、名残惜しさを感じながら立ち上がる。
【ヴァトリナ】
「じゃあ俺は戻るわ。
そのタオルケット、貸してくれ」
【イーシア】
「えー……」
少し不満そうに眉を寄せる。
【イーシア】
「いいじゃない、このまま泊まっていけば」
――ぐい、と。
袖を掴まれた。
一瞬、心臓が跳ねる。
近い。
距離が、近い。
【ヴァトリナ】
「……いや」
目を逸らしながら、少しだけ笑う。
【ヴァトリナ】
「もう少し――
エルフの里での暮らしを考えときたいんだ」
言いながら、自分でも苦しい言い訳だと思った。
【イーシア】
「しばらく会えなくなるんだよ」
視線が絡む。
――まずい。
このままだと、流される。
【ヴァトリナ】
「……イーシアの実家に迷惑かけられないしな」
無理やり、言葉を重ねる。
【イーシア】
「むー……残念」
するりと、手が離れた。
その瞬間。
胸の奥が、少しだけ軽くなって――
同時に、ほんの少しだけ寂しくなる。
【ヴァトリナ】
「おやすみ、イーシア」
【イーシア】
「……おやすみ」
部屋を出る。
廊下の空気が、少し冷たい。
自分の部屋に戻ると、そこには何もなかった。
がらんとした空間に、
さっきまでの温もりが、妙に残っている気がする。
借りたタオルケットにくるまり、
そのまま床に転がる。
目を閉じると――
今日の出来事が、ゆっくりと沈んでいった。
……そして、意識はそのまま、眠りへと落ちた。
――翌日。
生徒会室。
扉の前に立ち、ほんの一瞬だけ手を止める。
昨日までの騒動が、まだこの部屋に残っている気がした。
【ヴァトリナ】
「こんちわー」
――ガチャ。
ドアを開ける。
【総書記長】
「ノックしてください」
間髪入れず、ため息混じりの声。
顔を上げると、総書記長が眉間にしわを寄せていた。
【ヴァトリナ】
「はいはい、次からな」
軽く受け流しながら、中へ入る。
【ヴァトリナ】
「短期留学の申し込みに来ました。
よろしくお願いします」
昨日、イーシアから受け取った資料を差し出す。
総書記長はそれを受け取り、
一枚ずつ、丁寧に目を通していく。
紙をめくる音だけが、部屋に静かに響く。
【総書記長】
「……エルフの里、ですか」
【ヴァトリナ】
「いい修行場所だろ?」
軽く言う。
だが――総書記長はすぐには答えない。
視線は資料の上に落ちたままだ。
【総書記長】
「君には、第二王子様に早く会ってほしいんですがね」
ぽつりと、そんなことを言う。
【ヴァトリナ】
「会わせたい?」
【ヴァトリナ】
「戦わせたい、の間違いじゃないのか?」
【総書記長】
「違いますよ」
顔を上げる。
その目は、やけに落ち着いていた。
【総書記長】
「君も会えば、彼を“次の王にしたい”と思うでしょうから」
【ヴァトリナ】
「……なんだそれ」
思わず眉をひそめる。
【ヴァトリナ】
「根拠は?」
【総書記長】
「彼は――君に似ているからです」
一瞬、言葉に詰まる。
【ヴァトリナ】
「……それは」
少しだけ考えてから、肩をすくめる。
【ヴァトリナ】
「仲良くできる気がしないな」
【総書記長】
「どうしてそうなるんですかね」
【ヴァトリナ】
「だってそれ――」
苦笑する。
【ヴァトリナ】
「めちゃくちゃ我がままな奴ってことだろ」
【総書記長】
「はは」
小さく笑う。
【総書記長】
「自己評価が低すぎますよ」
【ヴァトリナ】
「おいおい」
軽く手を振る。
【ヴァトリナ】
「制服ひとつで王子様に喧嘩売るような奴だぞ、俺は」
【総書記長】
「……それでも」
少しだけ、声の温度が変わる。
【総書記長】
「自分可愛さで間違いを見過ごすほうが、
よほど我がままだと――私は思いますよ」
一瞬、視線が遠くなる。
【総書記長】
「かつての私のようにね」
その言葉は、重い。
部屋の空気が、わずかに沈む。
【ヴァトリナ】
「……そんなもんかね」
短く返す。
【総書記長】
「ええ」
資料をまとめ、こちらに差し出す。
【総書記長】
「君が戻る頃には、
彼もこの学園に来ているでしょう」
【総書記長】
「そのときは――ぜひ、話してみてください」
【ヴァトリナ】
「そうだな」
受け取りながら、軽く笑う。
【ヴァトリナ】
「そのときは、お茶会でも開いてくれ」
【総書記長】
「検討しておきましょう」
わずかに口元が緩む。
それだけで、会話は終わりだった。
俺は踵を返し、生徒会室を後にする。
――廊下に出ると、少しだけ息を吐いた。
第二王子が、俺に似ている、か。
ろくでもない予感しかしない。
面倒くさい男確定だが…
まさか俺と同じ異世界転生者とか?
……背筋が、ほんの少し冷えた。
魔法学園駅。
石造りのホームに、
蒸気と魔力の匂いが漂っている。
魔導列車は、静かに息を潜めるように停まっていた。
――その前に、俺は立っている。
扉の前。
一歩踏み出せば、もう戻らない。
そんな気がして、ほんの一瞬だけ足が止まった。
【生徒会長】
「入れ違いですわね」
振り返る。
そこにいたのは――生徒会長。
【ヴァトリナ】
「はは。今度は俺の番だな」
肩をすくめる。
【ヴァトリナ】
「新技で、思いっきりビビらせてやるよ」
次の瞬間。
頬を掴まれ、強引に顔を向けられる。
【生徒会長】
「話すときは、相手の方を見なさい」
【ヴァトリナ】
「いや、それは――」
思わず視線を逸らす。
【ヴァトリナ】
「お前が悪い」
【生徒会長】
「どういうことかしら?」
――新制服。
あの、やたらと布の少ないやつだ。
【ヴァトリナ】
「そのサキュバスみたいな格好、刺激が強すぎるんだよ」
一瞬、沈黙。
【ヴェーラ】
「……なるほど」
静かに頷く。
【ヴェーラ】
「ヴァトリナが女性と話すとき、
いつも虚空を見つめていたのは、そういう理由でしたか」
【イーシア】
「はぁ!?」
すぐさま食いつく。
【イーシア】
「最近ちゃんとこっち見て話すようになったの、
仲間として認めてくれたからじゃなかったの!?」
……どうやら、とんでもない誤解を生んでいたらしい。
【生徒会長】
「注目を集めるためのデザインだと思っていましたが……」
少しだけ考え込む。
【生徒会長】
「逆に避ける人もいるのですわね」
【ヴァトリナ】
「気づいてくれ」
即答する。
【生徒会長】
「そうですわね」
ふっと笑う。
【生徒会長】
「では、貴方のために少し布を増やしましょうか」
【ヴァトリナ】
「おいおい、俺のためかよ」
【生徒会長】
「ええ」
迷いなく頷く。
【生徒会長】
「貴方はワタクシのライバルですもの」
【生徒会長】
「しっかり見てもらわないと困りますわ」
――どうやら。
新制服の未来は、まだ変わりそうだ。
【サーブル】
「ヴァトリナよ。これでお別れだな」
振り向くと、サーブルたちがいた。
【ヴァトリナ】
「ああ?すぐ戻るって」
軽く手を振る。
【ヴァトリナ】
「またバカやろうぜ」
【サーブル】
「我々は士官学校へ戻る」
【ヴァトリナ】
「……マジか」
視線をヴェーラに向ける。
【ヴェーラ】
「はい」
短く、しかし確かに。
【ヴァトリナ】
「なんだよ」
少しだけ、寂しさが滲む。
【ヴァトリナ】
「お別れ会くらいやりたかったな」
【ヴァトリナ】
「辺境流のお茶会でさ」
【サーブル】
「ひぇぇ……」
顔を引きつらせる。
【ヴァトリナ】
「おい、そんな怖がるなって」
笑いながら言う。
【ヴァトリナ】
「あれはあれで楽しいんだぞ?」
【ヴェーラ】
「楽しいですよ」
【サーブル】
「やめてくれ……」
【ムスカール】
「ならば、俺が主催しよう」
胸を張る。
【ムスカール】
「ヴァトリナ考案、筋肉を育てる料理でな」
【サーブル】
「ほっ……」
露骨に安堵する。
【ヴァトリナ】
「じゃあ頼んだ」
軽く頷く。
【ムスカール】
「任せろ!我らは筋肉だ!」
笑い声が広がる。
――話したいことは、まだいくらでもあった。
ピンポンパンポン。
無機質な音が、それを断ち切る。
発車準備のアナウンス。
【ヴァトリナ】
「そのうち、士官学校にも顔出すわ」
そう言い残して、列車に乗り込む。
扉が閉まる。
ガタン、と音を立てて。
外では、みんなが手を振っていた。
俺も、振り返す。
ゆっくりと――
列車が動き出す。
景色が流れ始める。
あの場所が、遠ざかっていく。
手を振る仲間たちが、少しずつ小さくなる。
……もう、あの場所には戻れない気がした。
やがて、姿は見えなくなった。
――車内。
【ヴァトリナ】
(……で、俺の席どこだ?)
現実に引き戻される。
切符を見ながらキョロキョロしていると、
【ブラーサル】
「ヴァトリナ。こっちこっち」
【ヴァトリナ】
「お、助かる」
席にたどり着く。
【ブラーサル】
「ほんと、僕がいないとダメだね」
【ヴァトリナ】
「イーシアがお前も一緒に連れていけと言うから仕方なくだぞ」
【ブラーサル】
「少しは自覚しろよ!君、かなり危なっかしいんだから!」
……まあ、否定はできない。
席に腰を下ろし、窓の外を見る。
【ブラーサル】
「あ、見て!あれ!」
指さす先。
【ヴァトリナ】
「ん?」
そこにいたのは――風紀委員長。
空中に、魔法で文字を描いている。
――「がんばれヴァトリナ」
【ブラーサル】
「へぇ……」
感心したように呟く。
【ブラーサル】
「あの人、ただの変態かと思ってたけど、やるじゃん」
【ヴァトリナ】
「……だな」
少しだけ、見直した。
――が。
文字は、まだ続く。
――「オレの性癖のために」
【ブラーサル】
「最悪だよ!!」
【ヴァトリナ】
「……見直して損した」
同時に頭を抱える。
【ヴァトリナ】
「帰ったら最優先でボコす」
【ブラーサル】
「決闘で地位剥奪だね」
新たな目標が決まったところで、
列車はさらに速度を上げていく。
風紀委員長が見えなくなっても、列車は止まらない。
俺たちの旅も――きっと止まらない。
俺たちは――
エルフの里へ向かうのだった。
――めでたし、めでたし。




