第2話:その正しさ、聖水で流します
――第二ラウンド。
さっきまでの空気が、嘘みたいに張り詰めていた。
【生徒会長】
「いい度胸ですわね」
生徒会長から、初めて笑いが消えた。
正直に言おう。
この時点で、俺はもう負けていた。
水はない。立てない。相手は軽傷。
――完全に詰みだ。
だが。
それでも俺は、残った力をかき集めて立ち上がった。
【ヴァトリナ】
「第二ラウンド開始だ」
【生徒会長】
「ふん。この程度で、私と渡り合えるとでも?」
生徒会長は、余裕を崩さない。
俺にはもう、水はない。
だが――互いの拳が届く距離だ。
この近さなら、魔法を使う暇は与えない。
だから――殴り合いになった。
【風紀委員長】
「はぁ?」
【ブラーサル】
「なんだよ?間抜けな声を出して」
【風紀委員長】
「いや、なんで魔法を使わず
殴り合いなんてしてんだ」
【ブラーサル】
「え?決闘だから当然でしょ?」
【風紀委員長】
「アホかー!
俺達は魔法使いだろうが!
ここは格闘学園ではないー!」
【ブラーサル】
「校則で禁止されてるの?」
【風紀委員長】
「そ…それは禁止されていないが」
【ブラーサル】
「じゃあルール無用じゃないね」
【風紀委員長】
「だが!
魔法使いとしてのプライドは無いのか!?」
【ブラーサル】
「勝てば正義なんでしょ?」
【風紀委員長】
「ぐむむむ」
【風紀委員長】
「ああ、もう」
【風紀委員長】
「生徒会長!距離を取ってー」
ふん。風紀委員長の言う通りになんてさせてやるか。
絶対に離れない。
お互いの拳が唸る。
この生徒会長、学園最強を名乗るだけあって格闘戦も素人ではない。
だが、前世で格闘技を知っている分、俺の方が上だ。
魔法の的にならないように左右に動きながら、隙なく拳を叩きこむ。
俺の打撃のたびに、生徒会長の身体が揺れる。
生徒会長が拳を振る度に揺れる。
揺れる。
……視線のやり場に困るレベルで揺れている。
【風紀委員長】
「いや、待て」
【ブラーサル】
「なにをだよ」
【風紀委員長】
「キャットファイトというのも、唆るぜ これは」
【ブラーサル】
「もう、お前。風紀委員長を辞めろ」
拳と拳がぶつかり、音が弾ける。
その中で、俺の拳が生徒会長の顎をとらえた。
――いける。
そう思った瞬間、足元が崩れた。
体勢を崩した俺の腹に、鋭い蹴りが突き刺さる。
【ヴァトリナ】
(……強い。土魔法、反則だろ)
俺は膝をついた。
彼女は、勝ちを確信したように微笑んだ。
【生徒会長】
「では、とどめを決めてさしあげますわ
我が全魔力を込めた必殺の……」
土が生徒会長の拳に集まっていく。
【生徒会長】
「《土の美しい拳》」
……名前に突っ込む余裕すらない。
【風紀委員長】
「生徒会長!それは、いけない!!
相手が死んでしまいます。」
【生徒会長】
「うるさいですわね。
風紀委員長。
このヴァトリナさんは、これぐらいしませんと倒せませんわ」
【風紀委員長】
「し、しかし」
【生徒会長】
「ぐだぐだ言うなら、次はアナタですわよ。風紀委員長」
【風紀委員長】
「そ、それは…」
立てない。
水も、もうない。
……本当に?
【生徒会長】
「くらいなさいまし!」
生徒会長が、とどめを刺そうと拳を振り下ろす。
【生徒会長】
「きゃあっ!」
次の瞬間、生徒会長の身体が弾かれた。
【生徒会長】
「な、なにをしましたの……?」
【ヴァトリナ】
「あんたの水筒の中の水を、操った」
【生徒会長】
「……馬鹿な」
博打だったが、成功だ。
【ヴァトリナ】
「バカで悪いな。だが、これで俺の勝ちだ」
【生徒会長】
「……ふふ」
それでも、生徒会長は笑った。
【生徒会長】
「確かに、体内に水が残っているなら……貴方の勝利でしょう」
彼女は、わずかに顔を赤らめる。
【生徒会長】
「――ですが、出してしまえば?」
次の瞬間。
生徒会長の足元に、水が流れ落ちていく。
……ああ。
その根性、嫌いじゃない。
【風紀委員長】
「くっ……! こんな歴史的場面を間近で見られるとは!」
風紀委員長は感動の涙を流す。
【ブラーサル】
「なんの歴史だよ!お前の変態の歴史か!?」
【風紀委員長】
「…美しい」
【ブラーサル】
「おい、風紀委員!コイツを逮捕しろ!早く!」
だが、生徒会長
あんたは分かってない。
その出してる水も、水だ。
【ヴァトリナ】
「――《聖水の槌》」
【生徒会長】
「ぐわああああっ!」
生徒会長は、地面に膝をついた。
そのまま――
何も言わない。
ただ。
笑っていなかった。
【風紀委員長】
「ああー!生徒会長!!」
【風紀委員長】
「貴重な歴史的資料がー!!」
生徒会長は動かない。
静まり返る。
【ヴァトリナ】
(あれ?)
【ヴァトリナ】
(これ、勝ちってやつか?)
【ヴァトリナ】
「おい、風紀委員長。俺の勝ちで良いんだな」
【風紀委員長】
「くッ…」
【風紀委員長】
「勝者…ヴァトリナ・リンドストレーム!」
そうか、勝てたか。
【ブラーサル】
「やったぁ!ヴァトリナ!勝利だー」
俺は右腕を上げ声援に答えた。
【風紀委員長】
「生徒会長…」
風紀委員長は生徒会長に駆け寄る。
が、俺はその進路を塞ぐ。
【ヴァトリナ】
「保健室だろ?
俺が、運ぶ」
【風紀委員長】
「なにっ
何故だ!?」
【ヴァトリナ】
「いや、お前さ
鼻の下が伸びすぎているぜ」
風紀委員長は自分の鼻辺りを触り確認する。
【風紀委員長】
「貴様、覚えてろよ」
【ブラーサル】
「ええ?保健室に運べなくなった事に、それを言うの!?」
【風紀委員長】
「当たり前だ!」
【風紀委員長】
「こんな歴史的瞬間を、
間近で体感する機会なんだぞ!」
【ブラーサル】
「絶対それ意味が違うだろ!?救護して!」
…
【風紀委員A】
「さすがに、これはダメだな」
【風紀委員B】
「うむ。リコールが必要だ」
見学していた風紀委員の者たちが集まり
風紀委員長を抑え込みだした。
【風紀委員長】
「お前たち、なにをする!」
【風紀委員長】
「やめ、やめろー!」
風紀委員長は、どこかへ連れていかれたのだった。
――
こうして俺は、旧式の制服で学園生活を送る権利を勝ち取った。
……だが。
この勝利で、何かが終わったわけじゃない。
むしろ――
この学園の“おかしさ”は、ここから始まったんだ。
――
俺が生徒会長をぶっ飛ばして以来、彼女の姿を学園で見ることはなかった。
生徒会長にもこの可愛い制服を着てほしかったのだが…。
噂では――修行の旅に出たらしい。
王都の高位魔術師の元へ。
嫌な予感はした。
だが、その予感に目を背けながら、俺は楽しい学園生活を満喫していた。
そして、ちょうど三十日後。
リベンジマッチの申し込みが届いた。
この学園では、決闘を拒否することはできないらしい。
……本当に、どうかしている。
そして俺は、再び決闘場に立っていた。
向かいに立つ生徒会長を見て、思わず瞬きをする。
――旧式の制服。
あの日、俺が着ていたのと同じ型。
丈は長く、装飾は控えめで、余計な主張がない。
【ヴァトリナ】
「……いいじゃん、生徒会長さん」
口をついて出た言葉だった。
【ヴァトリナ】
「そっちの方が、ずっと可愛らしい」
実際、見違えるほどだった。
以前のような圧も、威圧感もない。
そこに立っているのは、“模範的な生徒”という印象そのものだ。
【生徒会長】
「あらあら」
生徒会長は、わずかに眉をひそめた。
【生徒会長】
「それは、嫌味かしら?」
頬が、ほんの少しだけ膨らむ。
……あ、これ、ちょっとムッとしてるな。
【ヴァトリナ】
「本気だよ」
即答した。
照れも、冗談もない。
生徒会長は一瞬だけ言葉を失い、
それから、ふっと視線を逸らした。
【生徒会長】
「……そう」
その声音は、どこか落ち着かない。
沈黙が流れる。
風が、決闘場の砂をわずかに撫でた。
【生徒会長】
「ところで」
沈黙を切ったのは、生徒会長の方だった。
いつものように首をかしげ、優雅な仕草で言う。
【生徒会長】
「この学園の土壌、有機物の含有率が高いと思いません?」
意味が分からず、俺は眉をひそめる。
【ヴァトリナ】
「……どういうことだ?」
【生徒会長】
「肥料で満たされている、ということですわ」
……
……
俺は理解した。
そして、理解してしまったからこそ。
【ヴァトリナ】
「……いや」
【ヴァトリナ】
「その制服でそれ言うの、やめろ」
【ヴァトリナ】
「制服のイメージが悪くなる…」
【生徒会長】
「なぜですの?」
【生徒会長】
「アナタも、やったではありませんか?」
【ヴァトリナ】
「……」
【ヴァトリナ】
「……」
【ヴァトリナ】
「……うん、今日は帰ろう。うん」
俺は、生徒会長から視線を外した。
【生徒会長】
「ちょ、ちょっと? どこへ行かれるのですの?」
背後から、少しだけ慌てた声が飛んでくる。
だが、立ち止まらない。
制服を抱え、校舎の出口へ向かって走る。
全力疾走だ。
【生徒会長】
「待ちなさい! 決闘は――!」
最後まで聞く必要はなかった。
――異世界でも。
逃げるべきときは、逃げる。
それが、俺の常識だ。
そして俺は、走りながら思った。
旧式制服で逃げるのは、なかなか動きやすい。




