第2話:その正しさ、聖水で流します
正直に言おう。
この時点で、俺は負けていた。
水はない。立てない。相手は無傷。
――完全に詰みだ。
だが。
それでも俺は、残った力をかき集めて立ち上がった。
【ヴァトリナ】
「さあ……立てよ。第二ラウンドだ」
【生徒会長】
「ふん。この程度で、私と渡り合えるとでも?」
生徒会長は、余裕を崩さない。
俺にはもう、水はない。
だが――互いの拳が届く距離だ。
この近さなら、魔法を使う暇は与えない。
殴り合いになった。
拳と拳がぶつかり、音が弾ける。
その中で、俺の拳が生徒会長の顎をとらえた。
――いける。
そう思った瞬間、足元が崩れた。
体勢を崩した俺の腹に、鋭い蹴りが突き刺さる。
【ヴァトリナ】
(……強い。土魔法、反則だろ)
俺は膝をついた。
彼女は、勝ちを確信したように微笑んだ。
【生徒会長】
「では、とどめを決めてさしあげますわ
我が全魔力を込めた必殺の……」
土が生徒会長の拳に集まっていく。
【生徒会長】
「《土の美しい拳》」
……名前に突っ込む余裕すらない。
立てない。
水も、もうない。
……本当に?
生徒会長が、とどめを刺そうと拳を振り下ろす。
【生徒会長】
「きゃあっ!」
次の瞬間、生徒会長の身体が弾かれた。
【生徒会長】
「な、なにをしましたの……?」
【ヴァトリナ】
「あんたの水筒の中の水を、操った」
【生徒会長】
「……馬鹿な」
博打だったが、成功だ。
【ヴァトリナ】
「バカで悪いな。だが、これで俺の勝ちだ」
【生徒会長】
「……ふふ」
それでも、生徒会長は笑った。
【生徒会長】
「確かに、体内に水が残っているなら……貴方の勝利でしょう」
彼女は、わずかに顔を赤らめる。
【生徒会長】
「――ですが、出してしまえば?」
……ああ。
その根性、嫌いじゃない。
だが、分かってない。
その出してる水も、水だ。
【ヴァトリナ】
「――《聖水の槌》」
【生徒会長】
「ぐわああああっ!」
生徒会長は、ついに地面に倒れ伏した。
こうして俺は、旧式の制服で学園生活を送る権利を勝ち取った。
本当は、生徒会長にもこの可愛い制服を着てほしかったのだが、
それ以来、彼女の姿を学園で見ることはなかった。
噂では――修行の旅に出たらしい。
王都の高位魔術師の元へ。
嫌な予感はした。
だが、その予感に目を背けながら、俺は楽しい学園生活を満喫していた。
そして、ちょうど三十日後。
リベンジマッチの申し込みが届いた。
この学園では、決闘を拒否することはできないらしい。
……本当に、どうかしている。
そして俺は、再び決闘場に立っていた。
向かいに立つ生徒会長を見て、思わず瞬きをする。
――旧式の制服。
あの日、俺が着ていたのと同じ型。
丈は長く、装飾は控えめで、余計な主張がない。
【ヴァトリナ】
「……いいじゃん、生徒会長さん」
口をついて出た言葉だった。
【ヴァトリナ】
「そっちの方が、ずっと可愛らしい」
実際、見違えるほどだった。
以前のような圧も、威圧感もない。
そこに立っているのは、“模範的な生徒”という印象そのものだ。
【生徒会長】
「あらあら」
生徒会長は、わずかに眉をひそめた。
【生徒会長】
「それは、嫌味かしら?」
頬が、ほんの少しだけ膨らむ。
……あ、これ、ちょっとムッとしてるな。
【ヴァトリナ】
「本気だよ」
即答した。
照れも、冗談もない。
生徒会長は一瞬だけ言葉を失い、
それから、ふっと視線を逸らした。
【生徒会長】
「……そう」
その声音は、どこか落ち着かない。
沈黙が流れる。
風が、決闘場の砂をわずかに撫でた。
【生徒会長】
「ところで」
沈黙を切ったのは、生徒会長の方だった。
いつものように首をかしげ、優雅な仕草で言う。
【生徒会長】
「この学園の土壌、有機物の含有率が高いと思いません?」
意味が分からず、俺は眉をひそめる。
【ヴァトリナ】
「……どういうことだ?」
【生徒会長】
「肥料で満たされている、ということですわ」
――理解した。
そして、理解してしまったからこそ。
【ヴァトリナ】
「……うん、今日は帰ろう。うん」
俺は、生徒会長から視線を外した。
【生徒会長】
「ちょ、ちょっと? どこへ行かれるのですの?」
背後から、少しだけ慌てた声が飛んでくる。
だが、立ち止まらない。
制服を抱え、校舎の出口へ向かって走る。
全力疾走だ。
【生徒会長】
「待ちなさい! 決闘は――!」
最後まで聞く必要はなかった。
――異世界でも。
逃げるべきときは、逃げる。
それが、俺の常識だ。




