第1話:その制服、問題ありすぎだろ
この魔法学園に来て、最初に思ったことは一つだ。
――この学園、制服おかしくないか?
魔法学園の制服は、やたら布が少なく、意味のわからない切れ込みや装飾が多い。
動くたびに飾りがひらひらして、主張だけは一人前。
だが、実用性がまるで感じられない。
防御用にも、儀礼用にも見えない。
少なくとも、俺の知っている「学校の制服」ではなかった。
強いて言うなら――
サキュバス学園かよ。
俺の名は――ヴァトリナ・リンドストレーム。
異世界転生者だ。
元はごく普通の男子高校生で、今は下級貴族の娘として
この世界に生まれ変わっている。
母も通っていたというこの魔法学園に入学したのだが……。
聞いていた話と、だいぶ違う。
母の時代の制服は、もっと落ち着いていて、動きやすくて、
何より「服として」成立していたらしい。
だから俺は、その旧式制服を受け継いだ。
結果、学園の中でひとりだけ、明らかに浮くことになった。
そして案の定、入学初日で生徒会長に呼び出された。
【生徒会長】
「貴方、その制服は規定制服ではありませんわね」
にこやかな笑顔。
金髪の縦ロール、背筋の伸びた姿勢。
完璧なお嬢様――完璧すぎて、少し怖い。
【ヴァトリナ】
「いや無理だろ。
そもそも、なんであんな服が“規定”なんだよ。
胸元、開きすぎだろ。脚も出過ぎ。どう見てもハイレグだ」
【生徒会長】
「まあ」
生徒会長は少しも動じず、扇子を閉じた。
【生徒会長】
「時代の進歩ですわ」
【ヴァトリナ】
「……は?」
【生徒会長】
「身体を隠すことが“品位”だと考える価値観こそ、旧時代的ですのよ。
露出=卑猥、という発想は、とっくに乗り越えられていますわ」
理路整然。
その言葉には、ためらいも、揺らぎもなかった。
【ヴァトリナ】
(これが、この世界での“最新の常識”なのか……)
だが、元は男子高校生だった魂を持つ俺には、刺激が強すぎる。
【ヴァトリナ】
「いや無理だろ
見せる自由とか以前に、目のやり場がねえんだよ」
【生徒会長】
「それは、貴方の主観ですわ」
生徒会長は、やはり微笑んだままだった。
【生徒会長】
「この学園では、最新式制服こそが“正しい”。
規則は、全生徒に平等に適用されます」
【ヴァトリナ】
「視線が気になり過ぎるだろ」
【生徒会長】
「自意識過剰では?」
一刀両断だった。
――ああ、駄目だ。
この人、理屈が完全に通ってる。
【生徒会長】
「ですから」
生徒会長は一歩前に出る。
【生徒会長】
「決闘しましょう。
この学園では、力で示された正しさが、最終的な結論ですわ」
【ヴァトリナ】
「待て待て。話が飛びすぎだろ」
【生徒会長】
「勝った者に、従う。それが規則」
逃げ道は、最初から用意されていなかった。
こうして俺は、生徒会に目をつけられ、
制服の是非を賭けた決闘の場に立たされることになった。
――決闘場。
学園の敷地の一角に
当たり前のように用意されているその場所を見て、俺は思った。
……この学校、どれだけ決闘してるんだ。
俺が使えるのは、低レベルの水属性魔法だけだ。
熟練者なら大気中の水分を集めることもできるらしいが、今の俺には無理。
つまり――この水筒に入っている分が、すべて。
【生徒会長】
「私は、土属性が得意でしてね」
生徒会長が杖を構える。
展開される魔法陣は、無駄がなく、理屈が通っている。
見ただけで分かる。――強い。
次の瞬間、地面が弾け、土の弾丸が飛んできた。
俺は即座に水を引き寄せ、盾を作る。
直撃は防げたが、衝撃で水が散る。
……防ぐだけで、削られていく。
魔法で撃ち合っても勝ち目はない。
なら、距離を詰めて――
殴り合いだ!
俺は弾丸をかわしながら、前に出た。
その瞬間。
足元の地面が、音もなく崩れた。
【生徒会長】
「ふふ」
生徒会長は、動かない。
【生徒会長】
「この私に、近づけると思いまして?」
確かに。
これでは、一歩も踏み込めない。
水の盾で土弾を防ぐ。
防ぐ。
防ぐ――。
そのたびに、水は散り、減っていく。
やがて、水筒は軽くなり。
次の一撃を、俺は防げなかった。
視界が揺れ、地面に叩きつけられる。
――ダウン。
完全に、詰んだ。
【生徒会長】
「おーほっほっほ。
もう、お終いですわね」
生徒会長は、完全に勝利を確信した様子で、ゆっくりと距離を詰めてくる。
【ヴァトリナ】
「……まだだ」
【生徒会長】
「諦めなさい。力の差は歴然ですわ。
それに――」
彼女はくるりと身を翻し、最新式制服を誇示する。
【ヴァトリナ】
(くそ。目のやり場に困るってレベルじゃない)
【生徒会長】
「この制服の美しさ。
貴方も、そろそろ袖を通したくなったのではなくて?」
余裕の見せつけ。
だが、今の俺には、立ち上がる力すら残っていない。
土の弾丸がかすめた額から、遅れて血が流れ落ちてきた。
痛みは鈍いが、確実に削られている。
滲む視界を瞬きで振り払い、周囲を探す。
水は――ない。
条件は、完全に向こう有利だ。
――本当に、打つ手はないのか?
【ヴァトリナ】
「……なあ、知ってるか」
俺は、時間稼ぎのつもりで口を開いた。
【ヴァトリナ】
「人間の身体って、六割くらいは水でできてるらしいぜ」
生徒会長は、一瞬だけ考え、すぐに小さく息を吐いた。
【生徒会長】
「でしたら、なぜ流れている血を使わないのですか?」
……正論だ。
彼女の杖が、静かに俺の喉元へ向けられる。
【生徒会長】
「降参なさい」
思考が、必死に回る。
水。
水。
――あった。
使えるかどうかは分からない。
だが、理屈の上では“条件”を満たしている。
【ヴァトリナ】
「……悪いな」
次の瞬間、即席の刃となった水が、視界の外から叩きつける。
【生徒会長】
「きゃっ……!」
予想外の衝撃に、生徒会長の身体が揺らいだ。
【生徒会長】
「そ、そんな……。
どこに、まだ水が……?」
【ヴァトリナ】
「あったんだよ」
【生徒会長】
「どこにですの……?」
俺は答えず、ゆっくりと視線を逸らした。
そして、ためらうように自分の下腹部を指さす。
【ヴァトリナ】
「……この水筒の中だ」
一瞬、時間が止まった。
【生徒会長】
「……恥を知りなさい」
【ヴァトリナ】
「知ってるさ」
だからこそ、言い切る。
【ヴァトリナ】
「だから、その制服が嫌だって言ってんだよ」
――生徒会長は、初めて言葉を失った。
【ヴァトリナ】
「さあ……立てよ。第二ラウンドだ」




