回想篇:—焚き火の記憶、語られる真実—
風が森を渡り、焚き火の炎をくすぐった。
その夜、ファナは口を開こうとして、何度も言葉をのみこんでいた。
レオンの顔が頭から離れなかった。
あの、やさしかった瞳。微笑んでくれたあの横顔。
けれど、あの夜見たのは、冷たい帝国兵の目だった。
「……あの人のこと、話してもいい?」
焚き火越しに、ファナがぽつりとつぶやいた。
レリアとカイルは顔を上げて、静かに頷いた。
カイルは何も言わず、薪をひとつくべただけだった。
ファナは小さく息を吸って、過去を語り始める。
「レオンおにーさんはね、わたしが小っちゃいころから森にいたの。
最初は、よその集落から来た旅人って聞いてたけど……いつの間にか、みんなの中に自然といてさ」
ファナの声には、懐かしさと痛みが混ざっていた。
「弓がすっごく上手で、よく森で狩りしてた。
でもそれ以上に、誰にでも優しくて、落ち込んでる子がいたらすぐ気づいて声をかけて……みんな、ほんとに彼のことが好きだった」
「……お前も、か」
カイルの問いに、ファナはうなずく。
「うん。わたしにとっては、おにーさんであり、おとうさんみたいでもあった。……わたし、両親の顔、もうぼんやりしてるから」
焚き火の音が、ぱちりと木を割る。
「いつだったか、森でケガしたときがあって。泣きながら動けなくなってたら、レオンおにーさんが探しにきてくれて……」
——「ほら、そんな泣き顔じゃ、しっぽが逃げ出しちゃうぞ?」
その言葉に、笑ってしまった。
「木の実のジャムも上手だった。手先が器用で、釣りも狩りも、料理も……なんでもできる人だった」
その目が、ほんの一瞬だけ柔らかく笑った。
「……でも、今思えばね。あの人、たまに森の奥に“ひとりで”行ってたの。誰にも言わずに。
それも、みんなが寝静まった時間に。子どものわたしは、ただ“変わった人だな”って思ってたけど……」
ファナは少し、唇をかむ。
「今なら、わかる。たぶん……報告とか、してたんだと思う。帝国に」
レリアが、そっとそばに寄る。
「……いつから、違和感を覚えたの?」
「帝国が襲ってくる、直前のこと。何人かが『森の地形が漏れてる』って言ってた。誰かが話してたのを聞いちゃっただけなんだけど……」
ファナは指を絡め、話し続けた。
「あの人……“来る”って、知ってたんじゃないかなって思う。
だって、みんなが森の防衛を整えようとしてるとき、レオンおにーさんだけは……どこか諦めた顔してた」
あの日の情景が、瞼の裏に広がった。
森を焦がす黒煙。火矢。悲鳴。そして、崩れる大地。
「それでも、信じたかった。
最後の最後まで、“レオンおにーさんはきっと助けてくれる”って思ってた。
だから――わたしが逃げるとき、村のはずれで彼を見たときも……わたし、手を伸ばしたの」
——「レオンおにーさん!」
その声は、夜の混乱にかき消えた。
けれど、彼は振り返らなかった。
焚き火の光が、ファナの頬に一筋の涙を照らした。
「わたしが死んだと思ったのか、それとも……見なかったふりをしたのか。
でも……あの人は、わたしの方を見なかった。あの時も、今回も」
レリアがそっとファナの手を握る。
カイルは黙って聞いていたが、鋭い目を森に向けていた。
「……俺も同じようなやつを知ってる」
ぽつりと漏らしたその言葉に、ファナが目を向けた。
「……裏切ったんじゃねぇ。信じる何かを間違えたまま、進み続けたんだ。……それでも、許されねぇことはある」
その口調は静かだったが、どこか怒りと哀しみが滲んでいた。
「レオン……おにーさんの“本当の顔”を、わたし、見なきゃいけないのかな」
「それを見て、何を思うかは、お前次第だ」
カイルの言葉に、ファナは小さくうなずいた。
「……でも、もう背けない。
誰かの後ろに隠れてるだけじゃ、あの人と向き合えないから」
彼女の手首には、あの紺色のブレスレットが巻かれていた。
「“みんなが笑っていられますように”って願ったの、あの日。……でも、もうひとつ足すね」
ファナは目を閉じて、言った。
「“嘘の中で生きてきた人も、ちゃんと本当の自分を見つけられますように”って」
焚き火が、またひとつ、明るく揺れた。
遠くの夜空に、星がひとつ、流れた。
その夜、三人は眠りについた。
それぞれに、過去の影を背負いながら。
けれど、重荷を抱えたままでも、前を向こうとしていた。
いつか――“本当の顔”と向き合う日のために。




