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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第一部

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回想篇:—焚き火の記憶、語られる真実—

挿絵(By みてみん)

風が森を渡り、焚き火の炎をくすぐった。

その夜、ファナは口を開こうとして、何度も言葉をのみこんでいた。

レオンの顔が頭から離れなかった。

あの、やさしかった瞳。微笑んでくれたあの横顔。

けれど、あの夜見たのは、冷たい帝国兵の目だった。

「……あの人のこと、話してもいい?」

焚き火越しに、ファナがぽつりとつぶやいた。

レリアとカイルは顔を上げて、静かに頷いた。

カイルは何も言わず、薪をひとつくべただけだった。

ファナは小さく息を吸って、過去を語り始める。


「レオンおにーさんはね、わたしが小っちゃいころから森にいたの。

最初は、よその集落から来た旅人って聞いてたけど……いつの間にか、みんなの中に自然といてさ」

ファナの声には、懐かしさと痛みが混ざっていた。

「弓がすっごく上手で、よく森で狩りしてた。

でもそれ以上に、誰にでも優しくて、落ち込んでる子がいたらすぐ気づいて声をかけて……みんな、ほんとに彼のことが好きだった」

「……お前も、か」

カイルの問いに、ファナはうなずく。

「うん。わたしにとっては、おにーさんであり、おとうさんみたいでもあった。……わたし、両親の顔、もうぼんやりしてるから」

焚き火の音が、ぱちりと木を割る。

「いつだったか、森でケガしたときがあって。泣きながら動けなくなってたら、レオンおにーさんが探しにきてくれて……」


——「ほら、そんな泣き顔じゃ、しっぽが逃げ出しちゃうぞ?」

その言葉に、笑ってしまった。

「木の実のジャムも上手だった。手先が器用で、釣りも狩りも、料理も……なんでもできる人だった」

その目が、ほんの一瞬だけ柔らかく笑った。

「……でも、今思えばね。あの人、たまに森の奥に“ひとりで”行ってたの。誰にも言わずに。

それも、みんなが寝静まった時間に。子どものわたしは、ただ“変わった人だな”って思ってたけど……」

ファナは少し、唇をかむ。

「今なら、わかる。たぶん……報告とか、してたんだと思う。帝国に」

レリアが、そっとそばに寄る。

「……いつから、違和感を覚えたの?」

「帝国が襲ってくる、直前のこと。何人かが『森の地形が漏れてる』って言ってた。誰かが話してたのを聞いちゃっただけなんだけど……」

ファナは指を絡め、話し続けた。

「あの人……“来る”って、知ってたんじゃないかなって思う。

だって、みんなが森の防衛を整えようとしてるとき、レオンおにーさんだけは……どこか諦めた顔してた」


あの日の情景が、瞼の裏に広がった。

森を焦がす黒煙。火矢。悲鳴。そして、崩れる大地。


「それでも、信じたかった。

最後の最後まで、“レオンおにーさんはきっと助けてくれる”って思ってた。

だから――わたしが逃げるとき、村のはずれで彼を見たときも……わたし、手を伸ばしたの」

——「レオンおにーさん!」

その声は、夜の混乱にかき消えた。

けれど、彼は振り返らなかった。


焚き火の光が、ファナの頬に一筋の涙を照らした。

「わたしが死んだと思ったのか、それとも……見なかったふりをしたのか。

でも……あの人は、わたしの方を見なかった。あの時も、今回も」

レリアがそっとファナの手を握る。

カイルは黙って聞いていたが、鋭い目を森に向けていた。

「……俺も同じようなやつを知ってる」

ぽつりと漏らしたその言葉に、ファナが目を向けた。

「……裏切ったんじゃねぇ。信じる何かを間違えたまま、進み続けたんだ。……それでも、許されねぇことはある」

その口調は静かだったが、どこか怒りと哀しみが滲んでいた。

「レオン……おにーさんの“本当の顔”を、わたし、見なきゃいけないのかな」

「それを見て、何を思うかは、お前次第だ」

カイルの言葉に、ファナは小さくうなずいた。

「……でも、もう背けない。

誰かの後ろに隠れてるだけじゃ、あの人と向き合えないから」

彼女の手首には、あの紺色のブレスレットが巻かれていた。

「“みんなが笑っていられますように”って願ったの、あの日。……でも、もうひとつ足すね」

ファナは目を閉じて、言った。

「“嘘の中で生きてきた人も、ちゃんと本当の自分を見つけられますように”って」

焚き火が、またひとつ、明るく揺れた。

遠くの夜空に、星がひとつ、流れた。


その夜、三人は眠りについた。

それぞれに、過去の影を背負いながら。

けれど、重荷を抱えたままでも、前を向こうとしていた。

いつか――“本当の顔”と向き合う日のために。

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