第六十二章:伝えるということ
朝の光が街をゆっくり染めていく。
冷たい風に、馬車の車輪が小さく軋む音。
人通りも少しずつ増え始め、冒険者たちの声や商人の呼び込みが遠くで響いていた。
ギルドの分厚い扉が軋む音を立てて開き、二人が外に出る。
肩が触れるくらいの距離。
メルが視線を前に向けたまま、低く短く呟く。
「……行くぞ。」
ファナは少し頬を赤くし、息を吸ってから頷く。
「うん。」
メルが小さく鼻で笑い、肩を竦めて視線を逸らす。
心臓がどくどくとうるさかった。
石造りの歩道を並んで歩くと、ギルドのテラス席が見えてきた。
そこにはリクト、セナ、ラゼル、バルクの四人が座っていた。
談話をしていたらしい彼らの声が途切れ、全員がこちらに視線を向ける。
一瞬の沈黙が落ちる。
重たい空気が、まるで街の喧噪から切り取られたように止まった。
ファナは立ち止まり、小さく深呼吸をした。
メルの存在を確かめるようにちらりと横目で見て、その背筋の真っ直ぐさに勇気をもらう。
震える声を抑えて、真っ直ぐに四人を見据えた。
「……私たち、二人でパーティーを組むことにした。」
「それが私の気持ち。」
「メルと、一緒に進みたい。」
言い終わると同時に、頬が熱くなった。
けれど、視線は逸らさない。
ここで逃げたくなかった。
メルは隣で腕を組んだまま、短く低い声を落とす。
「俺も同じだ。」
「お前らには悪いと思ってる。」
「でも、こいつと組む。」
「必要な時は一緒に組む。それでいいか。」
しんとした沈黙。
街の雑音すら遠のいた気がした。
リクトが渋い顔をして、小さく鼻を鳴らす。
「……言わなくても分かってたけどな。」
「でもちゃんと聞けて良かった。」
「ったく、面倒かけさせやがって。」
口の端を引きつらせて目を逸らし、それでも声を絞り出すように小さく呟いた。
「……おめでとう。」
ファナはその一言に胸が詰まって、喉がきゅっと鳴った。
セナは優しい目を向けて、ゆっくり頷く。
「伝えてくれてありがとう。」
「二人がそう決めたなら、僕たちは支えるよ。」
ラゼルが腕を組み直し、冷静に全員を見渡した。
「必要な時は一緒に動く。」
「連携は崩すな。」
セナが即座に頷く。
「もちろん。そのつもりだ。」
リクトは肩をすくめ、口を歪めた。
「……面倒だが、まあいい。」
バルクが低い声で短く答える。
「……了解。」
メルが肩を竦めて軽く息を吐き、口を少し緩める。
「ああ。分かってる。」
「お前らの腕は信用してる。」
「組む時はちゃんと合わせる。」
それでも、ほんの少し目を伏せてから小さく言った。
「……まあ、頼りにはしてる。」
ファナは潤んだ瞳で、でも笑顔を崩さず頷く。
「……ありがとう。」
「みんなと一緒に行けるの、やっぱり嬉しい。」
「でも、私が選んだのはメルだから。」
「その上で、一緒に戦ってほしい。」
リクトがため息をついて、鼻を鳴らした。
「言ってくれるじゃねーか。」
「……これで全部スッキリだな。」
セナが軽く笑みを浮かべ、声色を柔らかくして茶化す。
「お幸せに、だね。」
ファナは耳まで真っ赤に染めて慌てる。
「も、もう……!」
メルは苦笑しながら、セナを睨むように目を細めた。
「やかましい。」
その空気が、なんだか心地よかった。
張り詰めていたものが少しずつ溶け、笑い声がこぼれる。
街の音もまた耳に戻ってくる。
ラゼルが立ち上がり、短く言った。
「……じゃあ、手続きに行くぞ。」
メルも頷いて短く返す。
「ああ。」
セナがくすっと笑ってからニヤリとする。
「ギルド長が待ってるかもね。」
バルクが無言で頷き、リクトが小さく鼻を鳴らした。
ファナは少し緊張した顔をしながらも、大きく息を吸って
「……うん、行こう。」
ギルドの受付は朝の活気に包まれていた。
冒険者たちが行き交い、書類を運ぶ職員が忙しそうに声を張り上げる。
カウンターの職員が顔を上げて全員を確認し、書類を手にする。
「二人パーティーと四人パーティー、それぞれの登録だな。」
「ギルド長の最終確認が要る。」
ファナは目を丸くして小声で呟く。
「……面談、あるんだ。」
セナが軽く肩をすくめてため息をつく。
「怖いからね、ギルド長。」
メルが短く言い切る。
「当然だろ。」
「正式に組むってことだ。」
ラゼルが冷静にまとめるように言った。
「必要な手続きだ。」
六人はギルドの石造りの廊下を歩く。
足音だけが静かに響き、少しだけ張り詰めた空気が背中を撫でた。
ファナが小さく深呼吸をすると、隣でメルが低く呟いた。
「……お前だけじゃねえ。」
「俺も一緒だ。」
ファナは目を見開いて、それから少しだけ潤んだ目で笑った。
「うん。」
「一緒に行こう。」
メルがその手を取る。
指を絡めて、しっかりと恋人繋ぎ。
ファナは赤面しながらも、ぎゅっと握り返す。
「……ありがとう。」
「……離れない。」
メルも少し照れたように口元を緩めて、低く返した。
「ああ。俺もだ。」
最後に立ち止まったのは、重厚な木の扉の前。
ギルド長の部屋。
分厚い板が、最後の壁のようにどっしりと目の前にあった。
朝の光は確かに二人を、そして仲間たちを包んでいた。
それは不安も、覚悟も、未来も照らしていた。




