第二話 帰り道
「……やっちまった」
財布の中を見た瞬間、思わずため息が漏れた。
残っているのは、100円玉がたったの二枚。
さっき食ったカツ丼はうまかった。うまかったけど
帰りの電車賃が足りねえ。
普段なら、帰りのことを考えてメシを選ぶのに。
今日は違った。
原因は、
「十分後の未来が見える」なんていう、意味がわからない力をもらい舞い上がっていたせいで何も考えていなかったからだ。
「さて、どうやって帰ろうか……」
京王閣競輪場からJR矢野口駅までは来た。
でも、家までは運賃で五百円近くかかる。
歩けば三時間以上。無理じゃないけど、正直キツい。
考えを巡らせながら、俺は隣の駅へととぼとぼ歩き出した。
しばらくして、ポケットから金属片を取り出す。
「十分後の俺は、何してんだ?」
軽く念じると、未来の映像がぼんやり浮かんだ。
──そこには、隣駅の宝くじ売り場。
「いやいや、200円じゃ宝くじなんか買えねえだろ……」
そうツッコんだ次の瞬間、未来の俺がスクラッチカードを削り出した。
「……スクラッチか!」
なるほど、200円で一枚買える。
今の俺じゃ思いつかなかったが、十分後の俺はちゃんと行動していたらしい。
善は急げと走り出す。
けど、一つ疑問が残った。
「スクラッチってランダムで渡されるんだろ? どうやって当たりを引いたんだよ」
再び硬貨を握りしめ、未来を覗く。
映ったのは、店員が数枚のスクラッチを机に並べた光景。
その中で、未来の俺は迷わず「左から二番目」を手に取っていた。
……いや、違う。迷わなかったんじゃない。
未来を見た瞬間、俺の中に妙な“確信”が走った。
選ばれるべきカードが、淡く光って見えたのだ。
「なるほど……未来の俺は、見えてるのか」
俺の力は「十分後」しか見せてくれない。
でも、未来を見たことで、選ばれるカードがどれかがわかる。
つまり、俺が未来を覗くたびに、選択肢の中に唯一、繋がる道が浮かび上がるってわけだ。
未来の俺は、それを掴んだ。
削られたスクラッチには「4等・5000円」が当たっていた。
そして店員が笑顔で現金を手渡す姿。
「……よし、帰りの電車代は確保だな」
二枚の百円玉が、ずっしりとした重みを持って感じられた。
(十分後)
銀色の削りカスが、テーブルにぱらぱらと散っていく。
俺は息を詰めて、コインを走らせた。
最初に現れたのは「☆」。
二マス目も「☆」。
心臓が跳ねる。
最後の一削り。
浮かび上がったのは、もう一つの「☆」。
「……っ!」
三つ並んだ瞬間、頭が真っ白になった。
店員が確認し、冷静に言う。
「4等、5,000円です」
レジから出てきた五千円札を受け取った瞬間、指先が震えた。
帰り道、切符を買うときにその五千円札を差し出す。
自動券売機から、硬貨と数枚の千円札がガラガラと戻ってきた。
財布の中には──
千円札が四枚と、ジャラジャラの小銭。
「……それでも、十分だ」
たった二百円の電車賃が痛かった昨日とは違う。
今日の俺は、食事もできる。明日の小さな勝負だって張れる。
空っぽだった財布に、今は確かな重みがある。
布団に横たわりながら、残った札を握りしめた。
薄っぺらい紙なのに、胸の奥まで熱くなる。
「もし、この力を本気で使えば……」
十分先の未来が見える力。
スクラッチで試せば本当に当たった。
電車賃で目減りしてもそれはただの消費。
俺が掴んだのは「勝てる未来」だ。
もう一度競輪場へ行く自分の姿が、鮮明に見える。
スタンドで拳を握り、車券を掲げる自分。
未来は確かに変わり始めていた。




