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第二十五話「陰鬱な世界を謳歌する」




 全てを、全てを思い出した。


 レイとの思い出を、過去の記憶を。俺の初恋のレイを。


 彼女を助けられなかった世界線も。


 加持先生が泣き叫び、俺が常識に染まる、そんな悪夢も。


 しかし、別の世界では、それらは、夢なんかじゃなく、本当に起きた。


 この世界で、たまたまうまくいっただけ。


 この世界が成功しただけ。


 だから俺は、レイの手を繋げなかったことを悔やんでいない。


 この世界で、初めて成功し、そしてこの世界を最後にレイは消えた。


 だから新たに世界ができることはない。


 俺とレイの因果が、より多く交わることもない。


 彼女の苦しむ姿はこの世界で最後だ。


 だから俺は悔やまない。彼女ともう二度と会えないけれど、別の世界で、俺は彼女に会えているから。








 人の意識は、一つにやがて収束する。


 俺もまた、違う世界の自分にバトンを渡す時が来るだろう。


 この世界が終わりを告げて、新しい世界が生まれる時が来るだろう。


 その日、この世界の俺は死ぬ。


 けれど、俺が生きた歴史は残り、俺という概念に、魂に、俺の生きた軌跡は収束する。


 一つに束ねられて、より高密度になる。


 そして俺という概念は、成長して、変わることができるだろう。


 捻くれた魂は、変革の時を見出すだろう。


 そんな瞬間のために、全世界に生きる俺達は、心を一つにして生きる。


 俺は一人じゃない。


 孤立など、していない。


 全世界に生きる、俺が俺を待ってくれている。


 だから、レイ。お前も一人ぼっちじゃないんだよ。


 太陽のように燦々と輝く君の笑顔は、どこの世界の俺も救ってくれた。


 7人の雨雲に襲われたときも。


 砂漠の大地で干からびたときも。


 湿原の森で、希望を失ったときも。


 君は助けてくれた。その行いに嘘はない。


 だから、今なら言える。


 「全世界に生きる俺は、君という概念を愛している。」


 


 





 と、柄にもなく、そう思った。

 


 




 

 










 ッッバ。




 目が覚めた。と著すのが最も良いだろうか。それとも、目が冷めた。のほうが適格であろうか。


 チュンチュンと窓の外で、雀が忌々しい人間のように、自己の存在を主張しようと騒いでいる。


 どうやら、戻ってきたようだった。


 俺は今、全てを思い出した。



 彼女は、昔、俺がいじめから救おうとした子だということも。俺は彼女が好きだった、あの満点な笑顔で笑う彼女が。だから、彼女がいじめられるのは許せなかった。


 いじめられている彼女を見たくなかった。


 だから、俺が彼女を救ったのは、他でもない自分のためだろう。


 そうして、俺は結局最期、自分の身を第一に思って、彼女を助けられなかった。


 彼女のことを第一に考えていなかったから。自分がかわいかったから。



 いじめっ子たちの行動が引き金となり、あの神社の灯篭の前で、彼女は頭を打って死んでしまった。


 それからは静かだった。まさか自分たちが、人殺しをしたという恐れは、いじめっ子を恐怖させた。



 多分あの頃からだろう。


 彼女が、俺の記憶を改竄させて、自分の死を偽造したのは。俺の記憶から彼女を消したのは。


 だから俺は、初恋の女の子の死に耐えきれず、自殺なんてことをせずに済んだのだ。


 だから俺は無邪気に過ごせたのだ。


 彼女は俺のために、俺の持つ、彼女との思い出を全て自分で消したのだ。



 だから俺は、あの緑の木々で囲まれた神社を見た時、入ろうと思ったのだ。


 あそこは俺にとっても彼女にとっても、魂に刻まれた大事な場所だったから。





 いつから、元の世界ではない、違う世界にいたのだろう。


 今、俺が立っているこの世界は本当の世界に違いない。けれどそんなことどうでもいい。俺は戻ってきたのだ。


 この世界に。


 今もどこかで聞いてくれているだろうか。


 俺はこの思いを隠して生きることはできない。無駄な期待はいらない。


 だから俺はここで全てを終わらせる。


 「レイ、俺はお前のことが、どんな世界線でも、どんな時間軸でも、愛してる!!」


 その叫びにも似た、心の底の思いは、かぜに乗って、空を飛んでいった。


 今はまだ朝早い。近隣の電気が付きだす。そろそろクレームでも入ってきそうだな。


 そんなことを考えながら、窓の外に広がる風景を眺める。初夏の風は、深い森の匂いを乗せて部屋の中へと入ってきた。


 季節は、夏の始まりだと、そう教えてくれた気がした。


 夏が終われば、飽きが始まる。この世界には終わりなんてない。



 そう考えていると、奇妙な物体が目についた。

 電柱には黒いカラスと白いカラスの二羽。


 あ、れ、は。


 タスと、麻衣か?


 彼と彼女が、口を揃えて鳴いた。


 「カア!」


 その声は、俺の耳にだけ、確かに響いた。


 タスと麻衣。数学的に言えば、プラスとマイナス。それらを足せば、0になる。レイは、霊じゃない。レイは、全ての始まり、全ての希望を持った、0なのだ。


__________________________________________________



 



 間違いだらけで、何が正解かもわからない世界。


 間違えた世界で、さらに間違える俺たち人間。そんな世界で派生する常識は、間違っていることの方が多いだろう。


 だから、自分の目で、一つ一つ、見つめていくべきだ。自分の目で判断するべきだ。


 俺のスタンスは変わらない。


 彼女の『何度もループしてまで、俺を幸せにしたいという願い』が変わらなかったように。


 この信条だけは変わることがない。


 この、理不尽で、不明瞭な、『陰鬱な世界』。それ『を謳歌する』ものは、俺のような捻くれたものに違いないだろう。


 星の誕生から死までを測りとるように、長い長い時を待って、俺は口を開いた。










 「やれやれだぜ…。」


 「最後まで誰も気づかなかったな。」


 「俺の名前は能登まさし。」


 正しさを追い求めるだけじゃない。俺は、最初から自分の本質について自己紹介している。レイのようにな。


 この世界は間違っている。


 けれども、そんな世界の常識に合わせて生きていくことが、この世界では、正しい生き方だ。



 では、常識を疑う俺の生き方は、間違っていることになる。少なくともこの世界から見れば、異端者だ。




 だから、それであっている。


 「俺の名前は、能登まさし。あるいは NOT 正 (のと  まさし )。」


 この世界において、俺は『正しくない』存在だ。


 だから追い求める。正しさを求めて。そして最後には1つの真実に行き着く。0のとなりの1に近づくのだ。


 それは、あたかも、レイのそばに、たどり着いたようだ。


 そうして、俺は叫ぶ。


 『陰鬱な世界を謳歌する』







 

 


 

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