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第二十四話「あの(子と)(事)の再会」F

ーー6月23日午後4時30分ーー


「久しぶりだね。でも私はここに、君がこの時間来て、こうして話すことを知っていたよ。」



 そう突然告げられた。

 彼女の顔は、まるでその後の展開もすべて見えているような全てを見透かす笑みをしていた。


 あの時と同じだ。直感がそう告げた。しかし、思い当たる記憶はない。なぜ、そう感じたのか。


 しかし、今は、そんなことどうでもいい。俺は全てが見えている。この目は、この世界に惑わされず、全てを見出している。だから迷う必要はない。


 あとは、やるべきことをするだけだ。再び現実世界に意識を移譲する。


 目の前で、俺を見つめているのは、クラスメイトの女の子だった。


 沖縄の海のような透き通った瞳。塩の結晶のように精緻な肌。全てが美しくて、この世の物には見えなかった。


 否、この世のものではないだろう。俺は口を開いた。予測を事実と照合するために。


 「なあ、レイ。お前、この世界の人じゃないだろ。」


 彼女、レイは、何も驚いた顔をせず、淡々とつぶやく。


 「そうだよ。でもそれがどうしたの。聞かせてよ。あなたの妄想を。」


 彼女は全てを見透かした目で、俺の動向を探っている。


 俺のこの思考も全て読まれているのだろうか。だとしたら、何がコイツは目的だ、いやそんなのはどうでもいい、コイツは引っかかってくれた。


 俺は、用意していた答えを唱える。


 「お前はさ、わざわざ自分から、正体を晒した。」


 「なんのこと?」


 やや、口角をあげて、レイは言った。


 「あはは。不安だったけど、上手くいってくれてよかったよ。お前に今出会って、姿を見た時に、教室で見たことあるやつだとは思ったけど、名前なんか知らなかった。」


 「同じクラスメイトなんだから、知ってるでしょ?どういうこと、あなたは何、何が言いたいの?」


 想定外、と言わんばかりに彼女は焦りながら言った。


 「いや、俺はお前の名前を、本当に知らなかったよ。だって、この世界で目を覚ましてから、まだ一週間も経っていない。けれど、お前の顔を見た時、なぜか頭に名前が浮かんだんだ。そしてさっきお前は、レイという名に、頷いた。そういうことだよ。」


 「そういうことって。どういうことよ。」


 レイは焦りを隠そうともせず、不機嫌な態度で答えた。


 「だから、なぜかこの脳に浮かんだ名前は、正しかった。つまり、俺の記憶を改竄した時にわざと消さなかったってことだろ。俺は名前以外、まずお前と過去に会ったことさえ、記憶から消されてる。じゃあなんで名前だけ覚えていたんだ。おかしいよな。」


 正直不安であった。この女の子の名前がレイじゃなければ、全ての予測は意味をなさなかった。


 彼女は黙って俺のいうことを聞いていた。その従順な態度は先ほどと違っていた。


 「だから、あんたは、俺が過去にあった人物であり、俺の記憶を書き換えた介入者なんだよ。」


 「それは、間違っている。私は違う。それに、ただ私の名前を言い当てただけでそんなことはわからないはずよ。」


 「あのな、犯人の言い分を真面目に聞く奴などいるか。お前が、何を言っても俺は聞く耳を持たない。」


 「なんで、犯人ってまだ、決まったわけじゃないでしょ。」


 「いいや、もう決まってる。俺はもうわかってる。」


 二人の間を、夏の暖かい風が通り過ぎた。そして、俺と彼女の髪を靡かせる。風が通り過ぎたのを見計らって、俺は口を開いた。


 「なあ、レイ。俺はもう介入者があんただって気づいてる。お前の名前がレイだってことで、確信したんだ。」





 考えてほしい。


 まず介入者は、元の世界で俺と出会い、今この世界にもいることは、間違いない。ならば、介入者なら記憶を消す時に、俺の脳から過去の自分と俺との接点を消さなければならない。


 いざ、この世界で会ったときに、俺が全てを思い出せば、改竄した記憶が破綻するから。


 この世界の俺と合致する辻褄を合わせるために記憶の改竄をした。俺がこの世界で疑問を持たず生きていけるように。


 だから、普通なら過去の世界にいた頃の記憶は完全に消されてるはず。


 けれど、二つの代物は消されなかった。


 一つは、手紙の破片。


 二つは、レイという少女の名前。


 なんでこの二つを残したのか。簡単だ。介入者がレイだったからだ。レイ以外に、レイという名をわざわざ残す意味がない。


 だから、介入者はレイだと断定できる。


 そしてなんで、レイは、名前と紙切れを残したのか。ここからが本題だ。


 そう心で考えたあと、俺は唱えた。


 「お前さ、俺に思い出して欲しかったんじゃないのか。」


 レイの顔が、こわばった。


 「俺になんで過去の世界に関係するものを残したんだ。この世界に疑問をもたせるためだろ。それはつまり、本当のことに気づいて欲しかったからじゃないのか。」


 レイは、何も言わなかった。


 「それはさ、俺がこの世界で永遠に生きることを、嫌がっていたからじゃないのか。」


 「あんたは、誰かに無理やりやらされていたんじゃないか?それで少しでも、思い出してもらおうと、証拠を残した。」


 「いいや違う。これは私の独断だ。私一人でやったんだ。誰にも命令などされていない。これは私の本心だ。」


 彼女は、怒鳴り散らかすように、叫んだが、すぐにしょぼんと声が小さくなる。彼女の言っていることに嘘は感じられなかった。


 「世界っていうものは、そもそも間違っているのがデフォルトだ。だから、わざわざ、正しい世界にする必要はないんだよ。だから、わざわざこの世界に俺を連れて行かなくてもいいんだ。」


 「そんなこと私は、一度も、していない。別に、正しい世界なんかじゃない。」


 「この世界はさ、なぜか俺に都合の良いように作られていたんだ。なぜか、俺だけにさ。」


 「俺の魂が捻くれているのは、知ってるだろ。俺は俺という存在である限り、捻くれずにはいられないんだよ。俺の頭を見たレイならわかってくれるよな。」


 「…」


 「だからさ、レイがしたいことは、更生なんかじゃない。」


 「じゃあ、なんだと思うんだ。私のしたかったことは。」


 「罪滅ぼし、だろ。」


 彼女は俯いて、こちらに目を合わせようとしなかった。


 「どういう経緯かはわからない。俺は記憶を消されてるからな。けれど、今までのレイの言動でわかるんだ。これは、レイの俺に向けた罪滅ぼしだってな。」


 「…」


 無条件に俺のためだけに、改変されたこの世界は、俺への誰かの恩返しのように見えたのだ。


 「俺が、もう一つの世界で、お前を助けたのかな。」


 「…」

 

 「でもさ、そんな気遣いはいらないんだよ。俺は、ただ楽しく暮らしたいわけじゃないからさ。」


 例の顔がぱっと上がり、俺の瞳を見据えた。


 「じゃあ何を望んで生きていくんだ。」


 「俺は、真実を自分の目で確かめながら生きていきたい。ただそれだけなんだ。だから、この偽物の世界で生きたくないんだ。たとえこの世界がどんなに生きやすくても、偽物だったら意味がないからさ。」


 「だから、もし恩返ししてくれるなら、元の世界に戻して欲しいんだ。」


 「お前が、思っているよりも、何倍も醜い世界だ。私はこの目で見てきた。お前は記憶がないからそんなこと言えるかもしれないが、お前をいじめてくる奴ばかりだぞ。」


 「それでも、あの世界は本物なんだよ。その事実さえあればいいよ。」


 俺は本心を打ち明け、彼女の表情を注意深く見据える。


 「だから返してほしい。俺を元の世界に。」


 「わかった。いいよ。私は、ただ恩返しがしたいだけだから、な。そこに感情などないもんな。」


 目の前に立つ彼女は、ほんの少し残念そうな顔をしていた。


 「やっぱり、こうなるのかな。いつも君は間違える。本当は何も解決してないのに。このターンでもダメだったのかな。次もダメで、その次もダメなら、もう私は、彼を救えないのかな。」


 俺の耳に、その発言が届くことはなかった。ただし、俺は彼女がひどく気づいていることには気づいた。俺はまだ、間違えている。彼女を傷つけたままだと。俺の思考の海はそう波うった。


 「レイ。今度は違うよ。この世界軸の俺は、君の本心に辿り着いてる。だから泣かないでよ。」


 俺は、全力で、今まであった出来事の真意を回収していく。だってほら、まだ謎の部分は残っているじゃないか。


 「なんで、俺はこの世界で同性に恋したのか。俺はそこがまだ引っかかるんだよ。」


 彼女の顔が俺の目を強く見つめる。最後の希望だと言わんばかりに。


 記憶は改竄された。ほんの少しの思い出しかない。それでも、この捻くれて常人には想像がつかないほどに、常識を睨んできたこの俺なら、わかるはずだ。



 「レイはさ、ただの恩返しのつもりじゃなかったんだろ。何か別の、他の意味があったんじゃないのか?」


 目を見開いた。レイは、俺だけを見つめて聞いてくれていた。


 「俺を、元の理不尽な世界から、救い出したかった。だから正しい世界を、作り上げた。そこで俺が、幸せになるように。けれど、世界を作るなんて、神の御業。何度も、実験がひつようだった。過去に記憶改竄で失敗して、俺が死んだこともあったんだろ。だからそれを危惧した、手紙には『とりあえず死なないでね。』とかいた。それはある種の願いでもあったんだろ。」


 「何度も、ループして俺を助けようと頑張った。だからこれからどうなるのか、俺の反応、全てがわかっていた。でも今回は初めてじゃないのか。俺の一言、一言に食いついてる。」


 「俺の思ってること全てが、正しい保証はない。けれど、この世界軸の俺はさ、こう思うんだよ。」


 レイは、風で前髪が靡くもの意に介さず、ただ俺の言葉を聞いている。


 






「レイ、君のことがすきだ。だから、一緒にいたい。」



 彼女がなぜこの世界で、俺を同性に恋させたのか。今ならわかる。たとえどんなに、俺の幸せを願っても、自分の恋心は裏切れない。俺の横で楽しく歩く女性を受け入れることはできなかった。せめて、同性なら。


 そう考えたんだろう。本当に、可愛い子だ。この子は。恋する乙女だ。


 眼下に映る彼女の口は、今にも爆発しそうなくらいに上下していた。


 「好、き。だよ。」


 「私だって、好きだよ。好きなんだよ。あの日、あの時から、ずっと大好きだったの。」

 

 「そうか、そうか。」


 「だから助けたかったの。私はあなたに助けられたから。」


 「だったら、俺と一緒にずっとそばで、いてくれないか。」


 「無理だよ。だって、、。だって私は、。」





 彼女はくしゃくしゃにした顔で悔しそうに握り拳を作っていた。俺はそんな彼女に答える。




 「知ってる。知ってるよ。もう気づいてる。レイはさ、霊なんだろ。」


 「もう生きてはいない、霊、なんだろ。」


 彼女は声をあげて泣き出した。


 俺はそのまま想いを伝える。今思ってること、過去に思っていたはずのこと。


 「たとえ君がどんな境遇にあっても俺の思いは変わらない。たとえ、どれだけ記憶を失っていても、俺は思い出す。思い出す源さえなくても、新たに作り出す。そして今、俺は、事実として君を愛してる。」


 「レイ。君が何度、俺を助けるためにループしてきたのかは知り得ない。それでも、この世界の俺は、ちゃんと気づいたよ。記憶を改竄されても、辿り着いたよ。」


 「だから泣かないで。」


 彼女は本当に辛かったと思う。俺を助けようと頑張って、けれども、自分の恋心を無碍にはできなくて。自分は愛するの人の近くにはいられない。気づかれちゃうから。だから、遠くから見つめていた。いつも、いつも。


 「ありがとう。まさしくん。」



 「そうだよ、私は霊なんだよ。この森の神社の灯篭の前で、いじめっ子に殺されたレイなんだよ。そして私はもうすぐ成仏するの。」


 「私は自分でも気づいてなかった。いくらあなたが幸せになる結末を迎えても、成仏することはなかった。私の願いは別のことだったの。それでも私は、あなたが幸せになること以外、望みはないって言って、ずっと続けてきた。バカだよね。本当は、あなたに好きだって、言ってもらうことが願いだったのに。」


 「私はもうすぐ、消えちゃうよ。でも嫌じゃない。だって、願いが果たせたんだから。」


 「私は今、本当に幸せだよ。本当にありがとう、まさしくん。能登 正 くん。」


 彼女の体は、次第に薄れ、透けていった。体の節々が結晶のように、散っていくその最期を見て俺はどうすることもできない。


 俺は、彼女が好きだと言ったけど、本当は、好きじゃない。


 過去に出会ったのかは知らないけれど、記憶は消されているし、俺は今、初めて会ったばかりなんだ。それもずっと敵として睨んできた介入者。


 そんな子を本心で好きだって言うことは、俺には不可能だった。真実を追い求める俺は、そんな嘘の動作なんかできなかったからだ。


 彼女が、消えていく中、俺は身動き一つ取れなかった。彼女はそんな俺を見つめて言う。



 「私は、悪いことをしたよ。霊が干渉できる範囲を超えてた。でもそれは、私の不幸な人生を見て、神様が特別にくれた力だったの。だから、私が消えれば、全ては元に戻るよ。記憶も戻るし、元の世界に帰れる。」


 「だから最後に言わせて。」


 彼女は、そう言いつつ、左手を差し出した。俺はその手を握りしめることはできなかった。


 この世界から完全に消失するその最期。彼女は、前に出した腕を、感慨深く、戻して、言った。


 「大好き。」


 










__________________________________________________


 世界は俺を中心に回りだし、地面は酷く打ち鳴らされ、地面は波打った。地の底から、海水が染み出してきた。


 全てのエネルギーがこの俺の体に収束し、全ての色が消え失せた。


 彼女のいない世界は、白と黒の二色だった。


 彼女がこの俺の世界に色をくれていたのだと今更気づいた。


 どうしようもない、手遅れの思い。


 地面を覆う海水はすでに海と化し、頭上には7つの雨雲が立ち込めていた。


 暗い空。囂々と泡立つ、海の波。


 そんな波に浮かぶ、弱々しい小舟。その小舟の上に、俺は座っていた。


 今にも、ひっくり返そうな、ボート。俺は恐怖していた。


 パア。


 そんな週末世界に、光が差し込んだ。太陽の光。この世の真実を知る光。


 七人の雨雲を打ち払って、海面に光を注いでいく。


 もちろん俺にも例外はなく、頬は太陽の眩い光に照らされていた。


 終わりの後に、始まりはある。


 絶望の後に、希望はある。


 その光と共に、声がひとつ。嬉しそうな声色が、聞こえた。


 「今度は、成功だね。」


 


 

 




 

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