第二十三話「俺が捻くれているのは、常識だ。」F
ーー6月23日午後4時ーー
あの日、受け取った、紙の切れ端。そして、別の世界とを繋ぐ、遺物。
その裏に隠されていた、とある住所。
俺はそれに従って、『あの日からすでに約束された地』へと向かった。
しかし、その住所に示された、場所には、建物など存在していなかった。
ただ、夏の眩い太陽の光を浴びて、生き物のように、活きが良く、蠢いている、そんな森。
住宅街に現れた、真緑の四角い空間。
全面が木々で囲まれた、その緑の世界からは、金木犀の香りがしていた。風に乗って届いたその香りに、俺の鼻は、ひくっと動き、俺の瞳は、木々の奥に潜む、影をじっと見つめていた。
住宅街に現れた、大きな森。
誰も住んでいない、そんな地点を、その住所は示していた。
けれども、その森の存在に、違和感を感じることはなかった。
さも当たり前のような、これでこそ辻褄が合うのだと、納得できるような、そんな実感がこの胸にはあった。
俺は、記憶を改竄されている。
この世界に連れて来られる前に、誰と出会い、誰と話し、どこに向かったのか。残念ながら一つも覚えていない。
ただ、俺はこの思考の海で必死にもがいて、導き出したであろう予測を糧に今、こうして、ことを運んでいるのだ。
何があったのかはわからない。
けれども、俺に、誰かが意思を託した、そんな気がした。予測など、ただの憶測。
この世界の常識は、不明瞭で、理不尽で、間違っていることの方が多いけれど、今、俺の中にある、俺の中の僕が、見つけ出した憶測は、もっと間違いだらけ。
この世界よりも不正解にまみれた、予測に過ぎない。
そんな予測は、もはや妄想に過ぎない。
けれど、そんな妄想でも、必ず、全てが、間違っているわけじゃない。正しいこともある。
それにこの世界自体、ひどくつまらなくて、間違いだらけ。正しいことなど、正直あるかどうかもわからない。
間違いだらけの世界で生きているのなら、多少間違えていても、帳消しだろ?
それに、君は、世界を無理やり正そうとして、この世界に招いたんだろ?
俺を助けるために、この世界に連れてきたんだろ?
全てを失っても、俺のために、招いたんだろ?
だったら、感謝しなくちゃいけない。
俺は、君に、助けられたらしいから。
だから会いに行くよ。
そんな暗い森で隠れないでよ。
あの時みたいに、仲良くしようよ。
そして俺は君の間違いを正したいんだ。
雑木林で囲まれた閉鎖空間に足を入れて、歩き出す。太陽の姿は木々に遮られた。けれども、不快感は感じなかった。
雨雲だったら嫌だけれど、頭上で枝を伸ばす木々のことは嫌いじゃない。
そして俺は、常識を信じない。今まで、全ての事実をこの目で確かめて、自分で判断してきた。
そして、そんな捻くれた生き方は、これからも続ける。
俺はそんな簡単に変わらない。
だから、更生なんて言葉。その言葉がいかに、無意味かなんて俺だけじゃなくて、君も知ってるだろ。
俺の頭の中をのぞいて、記憶と感情を掘り起こした、君ならさ。
記憶なんてなくても、信条さえあればいい。
信条さえあれば、誰の間違いも、失敗も、この不明瞭な世界でさえも、全て正すことができるのだから。
俺の名前は『能登 正」。
全てを、正そうとする、馬鹿な男の下の名だ。




