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ヤンデレ諜報員小夜  作者: くまたろう
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第九話 軍警察が往く!


第九話 軍警察が往く!


 男の名は朝野大宗あさのたいそう。軍警察南部方面監、総監である。

 明石晩山のかつての同僚でもある。

「……天敵だ。朝型人間は天敵だ……!」

 名前からして完全な朝型人間ではないか! 昼夜逆転生活をこよなく愛する深月にとっては不倶戴天の仇である。

「深月技官……貴官は早起きは苦手か」

 朝野総監の前では大人と子供、思わず後ずさりする深月であった。

「それはよくないな。貴官も毎朝の体操を日課にすれば本官のような体躯に……」

「なるかボケえええええ! 絶対薬物してんだろ! それかゲノム編集‼」

「深月……口癖忘れてる」

 口癖とは忘れるものであろうか? と思うも突っ込まずにはいられない明石であった。

「ところで朝野……何の用だ?」

「何、案ずるな。貴官がお困りのようだから助太刀致そうと思ってな」

 呵呵大笑する朝野。

「今名小夜とかいう小娘を採用したそうだな?」

 今名小夜。

 軍警察の冬の時代、副官からその名前を聞いたとき、朝野はわが耳を疑った。

 かつて自分とともに軍警察で鳴らした明石が、新設部隊に民間人の小娘をスカウトした? そんな馬鹿な、と朝野は歯噛みをしたものだった。

 

 ――血迷ったか、明石……


 自分と同程度に仕事のできる男と買っていたのに。内務大臣の甘言に惑わされ防犯課に移った挙句、小娘にうつつをぬかすとは、見下げはてた男よ。

「フン……」

 かつての同僚に対する失望と軽蔑の色を隠せない朝野であった。

 だが。

「ほう……」

 活動を開始した防犯課の成果を見れば明石の慧眼は一目瞭然。

「ほほう……」

 かつての同僚の腕は鈍ってはいなかったのだ。そのことに喜びの念を隠せない朝野であった。

「面白い。ぜひ手合わせをしたいものだ!」

 それが朝野の願いとなった。



「……とまあそういうわけだ。貴官はあの小娘を失いたくはない。また本官もぜひ手合わせをしたい。利害は一致するというわけだ」

「ありがたい申し出だが……」 

 軍警察には防犯課を嫌っている者が多いはずだ。当たり前だ、自分たちの職域を犯す新設部隊で、権限もより強力なのだから。

「軍警察内部は貴官が思うほど一枚岩ではない。防犯課を嫌う者もいる。本官もかつてはその一人だった。が、認識が変わった」

 武人の心は、磨き抜かれた技の持ち主を見ると、政治に関係なく高鳴るものよ、と笑う。

「少なくとも我が南部方面監はそこまで防犯課を嫌ってはおらん。東部の腑抜けどもと比べれば……」

 そこまで言って朝野総監は言葉を切った。失言だったな、と肩をすくめてみせる。

「どうだ明石。答えを聞こうか」

「む……」

 はっきり言って今名小夜を確保できるとは思えない。軍警察とは色々あってあまり手を借りたくはないのだが、朝野大宗は武人肌の好漢で、後から恩をかぶせるような人物ではない。自分と同じように、面白い才能を見つけたから遊びたいだけである。

「ありがたい。貴官の申し出を受けよう」

「そうこなくては!」

 朝野総監はパンパンと両手を叩く。

 すると、二つの人影が朝野総監の左右に舞い降りた。

「本官が信をおくツワモノどもだ……お前たち!」

「はっ」

 右側の人影が立ち上がる。

 身長は180前後。朝野の前では小さく見えるがかなり高身長の好青年。中世の騎士のような端正な顔立ちをしており、舞台俳優にすらなれそうである。

「軍警察南部方面監副官、日向昇ひゅうがのぼるであります! 以後、お見知りおきを!」

「ぎゃあああああああ!」

 深月が断末魔の悲鳴を上げる。ドラキュラかお前は。

 続いて左の人影。

 短髪の、小柄で神経質そうな少女。全体に色素が薄く、中性的で引っ込み思案な印象を受ける。

 彼女はぼそぼそと蚊の鳴くような声で名前を名乗った。

「同じく副官の早見覚はやみさめる……です」

「てめーはいいから寝てろ! 低血圧っぽいんだから昼まで寝てろ!」

「深月……お前朝が絡むと言葉遣い変わるね……」

 やっぱりドラキュラじゃないか?




 内務省にて防犯課と軍警察南部方面監が手を結んだ頃。


 木枯東風はキャシーに泣きついていた。

「怖かったああ……小夜が私を睨むんだあああ……」

「よしよし。大丈夫よ……」

 なんで脳震盪を起こして病み上がりの身で、大の男の介抱をせねばならんのか。

「木枯くん……」

 富永は事の顛末を振り返る。


 結局東風は応援の到着を待たず、さっさと持ち場を離脱したのである。疾きこと風のごとく、青い顔で逆巻宅から逃げ出してくる三文文士の姿は、百年の恋も冷める有様であった。

「ちょ、木枯君……きゃっ!」

 押しのけること火のごとく!

 その後富永は目を覚ましたキャシーとともに木枯捜査官(捜査官だぞ、捜査官)を捜索しなければならなかった。

「どこに行ったの木枯くーん」

「出てきてくださーい。もう富永さんも怒ってませんからあー」

 静かなること林のごとく!

 諦めて学校に戻ると、校舎の用務室でうずくまっている東風をキャシーが発見した。

「もう……今名さんはここにはいませんから」

「嘘だああああ」

「本当よ。いい加減出てきて課長に報告しなさい……」

 動かざること山のごとし!


 万里血腥ちなまぐさき戦場の風に遺骨をさらしたもののふどもが、怒り狂うような風林火山である。


「情けないったらありゃしない……」

 スプーン並みの器、ウナギ並みの肝っ玉、功名心は強いくせにやたらと臆病である。こいついいところあるのかしらね? 今まで舌先三寸で生きてきたのではなかろうな?



 ともあれ。

「突入は明日だ。応援には軍警察の南部方面監が協力してくれるとのことだ……」

 その晩、明石課長の説明に富永は耳を疑った。

「軍警察が? それはいくらなんでも」

「仕方ないだろう……どうせ俺たちだけじゃ小夜は確保できん」

 確かに。

 特に木枯東風のような臆病者がいる限りは。

「というわけだ。短い間だがよろしくな、防犯課の新兵たちよ!」

 一応訂正いたしますが、私たちは兵士ではございません、朝野大宗総監(縁起でもない名前ね)。多分この人も人の話を聞かないタイプだ(この人「も」と言わねばならぬ切なさよ)

 ところで、軍警察の偉丈夫らに(少女もいるが)腕を掴まれ、捕らわれた宇宙人のように哀れな姿をさらしているあの干物はなんだ。

「早寝早起き……俺は朝が好き、夜更かしは犯罪……ふふふふふ」

 深月技官、言葉遣い変わってません? あと朝が好きとか軟弱なことを言うな。洗脳されたのか、あんた私の同志じゃなかったのか!



 軍警察。

 それは他国で言うところの軍と警察をいっしょくたにしたような巨大な武力装置。

 その編成は監と呼ばれる単位で五つに分けられている。

 東西南北各方面監と首都監である。

 朝野大宗は南部方面監の総監。明石もまた南部方面監の諜報官であった。

「……総監になるのは貴官だと思っていたがな」

「よせよ。俺は情報屋が向いてんだ」

「それで防犯課に移ったか。まあ、軍警察にはしがらみが多いからな」

 なぜこの国では軍と警察がごっちゃになっているのか。

 そこには歴史的な事情がある。

 統一前、この国は(というより地方は)五つの軍閥が争う紛争地帯だった。どの軍閥も己の勢力を拡大しようとつとめ、平和が訪れることはなかった。

 状況が変わったのは外国の侵略があったから。

 その侵略を契機に五つの軍閥は休戦協定を締結、臨時統一政府を作り祖国防衛戦争を戦い抜いた。そこまではよかった。

 問題は戦後である。

 形ばかり統一国家を作るも、軍閥を解体できたわけではない。諸々の政争とクーデターを経て、ついに臨時政府は軍警察という形で軍閥をその内部に宿したまま、新国家を建設することになったのである。

 轟轟たる批判が巻き起こるも、当時は他に手がなかった。

 この国の政治史は、その大部分が政府と軍警察の主導権争いと見て間違いない。

 それから長い年月を経て、軍警察は徐々に権限を縮小され、今では一定の民主化を果たしたと評されている。が、それでもやはり古いしがらみからは逃れられない。

「……どんな具合だ?」

 それとなくかつての同僚に内部情勢を尋ねてみる。

「ん、まあ……相変わらずだな」

 朝野はあまり答えたがらなかった。それもそうか。今は出世して昔のように立場のない身ではない。

 だが明石としてはなんとしても軍警察内部の情報が欲しかった。

 ……そこで。

「朝野よ……久々に一杯どうだ?」

 取り出したるは諜報官の秘密兵器、大吟醸の一升瓶。明らかに仕事に必要なのに、なぜか経費では落とせなかった。これだから経理の連中は!

 数時間後。

「いやあ、実は貴様が移籍した後いろんなことがあってだな!」

「ほうほう」

「風間の奴は相変わらずの日和見よ! まったく、骨のない軟弱者めが……」

 東部方面監総監風間流かざまながる。役人風の30代男性。お茶を濁し続けてうまく軍警察を渡り歩き今や東部方面監のトップ。

 人望は薄く、特に目立った動きはないらしい。

「……天城はもちっと真面目に仕事をしてほしいのう。面倒事はわしらに回しおる……」

「今も検閲してんのか?」

「おうよ! 検閲こそはあやつの生きがい……権限縮小されてもそこだけは譲らなんだ」

 西部方面監総監天城京子あまぎきょうこ。西方風の方言が抜けない町娘。だが明石も認めざるを得ない検閲と思想統制の達人。新人時代から一目置いていたが、総監にまで出世していたとは!

 だが少々気まぐれで問題を起こしやすい。それでもとやかく言われないのは、彼女の実力と、権力争いへの無関心によるものか。

 東部と西部はいい。問題は北部方面監と首都監だ。

「山吹は……気に食わん」

 朝野はつぶやくように言った。

 北部方面監総監山吹渡やまぶきわたる。40代のどことなく陰気な男。実力もさることながら、政治力に長けて厄介極まりなく、明石は嫌いであった。軍警察至上主義者で、往年の軍閥政治の復権を目論んでいるとすら噂される危ない男。

「で、首都監は」

「うーん……今年で小学校を卒業か?」

 首都総監の名は若舟わかふね。絹のような黒髪を床にまで垂らした幼女。立ってるところを見たことがない。少しは大きくなったかね?

「首都総監は、飛行機ごっこがお好きだそうだ」

「ふむ……」

 首都監は相変わらず時代錯誤の古い体質で、旧華族のかい氏一門からしか総監が生まれない。仮にも公職なのだから世襲制を廃止せよとの批判はもっともだが、首都総監などもともと軍閥間の争いを調停するためのお飾りのようなものでしかなかったし、世襲制は慣習であって明文化された法律はないのだからまあいいか、となって現在まで来てしまった。まことに怠惰な首都監の歴史である。

 軍警察内の情勢分析を脳内で行う。

 南部総監朝野は防犯課に好意的。西部総監天城は相変わらずの検閲魔。東部総監風間はおそらく中立。首都総監は小学校をご卒業?(要確認)


 目下危険なのは北部総監山吹渡。

 こいつの動きは注視しておかねば……!


「ありがとう朝野。ところでお前……」

 トントンツー……と床を叩く。


 ――チャックアイテルゾ



 翌朝。

 というよりいまだ曙光も差さぬ朝以前。

 富永常夜は疲労を引きずった体で泥のように布団の中で眠りこけていた。激務の分析官にとっては貴重な時間である。

 けたたましいラッパの音が鳴った。

「起きろ! 朝だ!」

「はっ!」

 あれ、さっき布団に入らなかったっけ?

 寝ぼけ眼をこすりながら富永は起き上がる。

 カーテンを少し開けて外の様子を観察すると。

「まだ夜じゃねえか……!」

 ドンドン、と部屋のドアを叩く音がする。

「誰だコラ……!」

 不機嫌な面持ちで覗き窓に目を押し付けると。

 そこには軍服を着たかわいらしい少女が立っていた。

「早見覚……!」

 名前からして不吉な予感がしていた。夜型の朋友深月技官の仇である。

「おはようございます、富永分析官……気持ちの良い朝ですね」

「あなたはまだ小さいんだからもっと寝ててもいいのよ?」

「私は勝手に目が覚める体質ですので……」

「年寄か!」



 早朝4時半。

 軍警察の朝は早かった。



「深月技官、貴官は体操は嫌いでありますか」

「当然だ、むしろ憎悪している……」

 貴様の名前もな、と言われあっけにとられる日向昇であった。

 南部方面監の一日は朝の体操にて始まる。

 朝野総監の訓戒によれば、この体操は医学上完璧な運動であり、これを毎日行えば平均寿命が15年延び、堂々たる体躯が手に入ることが科学的に実証されている。早見のごときちびっこも本官のように大きくなりたければラジオ体操をやるんだな。

「似非科学だ、嘘をつくな……!」

 やがて富永が少女に引きずられてやってくる。

「……いい、覚ちゃん。人にはそれぞれ適切な睡眠時間というものがあるの。多様性、マイノリティの尊重ってやつよ。学校で習ったでしょう」

「ですが、夜更かしはよくありません」

「いいの。私は平気なの」

「失礼ながら、富永分析官は顔色がすぐれないように見受けられます」

「てめーのせいじゃ!」

 やばい。朝っぱなから体操なんていつぶりかしら。こんな重労働をやってこれから小夜ちゃんを確保できるのか?

「おはようございます、朝野総監」

「おう、おはよう、早見! 日向も!」

「はっ! おはようございます!」

「本日は実に晴朗たる天気だな」

「は、快晴であります!」

「防犯課の連中に軍警察魂を注入してやらねばならんと思ってな」

「は、名案であります!」

 余計なお世話じゃ! 部署違うだろ、セクショナリズムを守れ!

「やっぱり朝野さんもそう思われます? 実は私も、この人たちの生活はちょっと心配で……」

 キャシーは少し眠そうながらも比較的元気であった。もともと夜勤組ではないのだから当然ではあるのだが。

「裏切りやがったなキャシー!」

「富永さんもこの機会に生活習慣を正しましょう。深月さんも」

「結構だ! 更生はビリーだけで十分だ!」

「まあ……深月さんはもっと健康な生活を心がけるべきですよ?」

 キャシーの聖母スキルがよからぬ方面に発揮されつつある。それと深月技官はどうして毎回キャシーの地雷を踏むかなあ?

「……断固抗議します! 私の直属の上司は明石課長です! 貴官の命令に従う義務はありません!」

「ぬ? 本官に物申すとはなかなか骨のある娘じゃのう。上々、上々」

 はっはっはと笑う朝野総監。

「ほれ明石。貴官の参謀がなにか言うておるぞ」

「富永……命令に従え……」

「ちょっとおおおおおおお!」

 直属の上官から言われては仕方がない。ちったあ部下を大切にしろっ!

 元気に跳躍していちにーさんしー……

「陰気に舌打ちしていつかしばく……!」

 下手な術師の動かす安物の操り人形のように気の抜けた体操を続ける富永であった。深月に至っては早見に介抱されている。

「深月技官……まだ始まったばかりですよ」

「限界だ……もう昼だろう」

「頑張ってください。これが終わったら朝食ですよ」

「不要だ! いいから寝かせろ……」

 健康を促進すること間違いなしの体操をやってかえって生気をそがれる富永と深月であった。 

「軍警察……不倶戴天の敵……!」

「同感だ……争いは避けられん……!」

 明石が加われば防犯課ブラック夜勤組が揃う。

「俺は二日酔いなんだよ……なんで朝野はピンピンしてんだ!」

「てめ……昨日飲みやがったのか⁉」

「し、仕事だよ……仕事!」

 これはあながち嘘ではなかった。



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