想う気持ち
「というわけなんだが、頼めるか?」
ラファエルは第一部隊の隊員である一人の男を食事に誘い、事の顛末を告げた。それを聞いた男はグラスになみなみ揺れていた酒を飲み干すと、すぐさま手を上げる。
「あ、すんませーん! ぶどう酒おかわりで!」
「ってお前、話聞いてんのかッ!?」
間髪入れずツッコミを入れるラファエルに男、フランク・ベルツは惚けた顔を向ける。
「え? だってラファエル隊長の奢りって聞いたら飲まなきゃ損じゃないっすか。一瞬でもグラスを空けときたくねえっす」
飄々と軽口を叩く、銀髪の美丈夫。
目を瞑り頭をガシガシと掻いたラファエルは、この掴み所のない男のペースに乗せられないよう努めた。
「あまり飲み過ぎるなよ。いつ招集がかかるか分からん時だ」
「大丈夫すよ、俺酔っ払わないんで」
弾むような口調でそう言うとフランクは置かれたぶどう酒を美味そうに呷る。
しかし、ふざけた男に思えるがその実、冷静で実力もある男だ。フランクに信頼を寄せているラファエルはそれ以上の小言は挟まなかった。
「それで、ビアンカのことね」
「ああ、頼めるか?」
「まあ、引き受けるのは簡単だけどよ、それでいいのかなってのが正直なところだぜ」
フランクはテーブルに置かれた料理を一摘みし口の中に放り込む。
「ビアンカには急務で俺が行けなくなったからフランクと食事に行くよう伝える」
「そこにビアンカの意思は挟まなくていいんすか? あいつは口数が少ないけど、それでも隊長には気を許してると思いますよ?」
ラファエルは憮然とした様子で殆ど減っていないグラスに口付けた。
「いいんだよ。私との仲を深めたってしかたない。私はいつまでもビアンカを軍に留め置くつもりはない。あの子には……女性としての幸せを手に入れて欲しいんだ」
眼鏡の奥の瞳に哀愁の色を漂わせ吐露するラファエル。
「またそこにもビアンカの意思はねえ」
フランクの言葉を無視してラファエルは続けた。
「お前は一見、軽薄そうで不真面目で不誠実にも見える」
「ひでぇな」
「だが一本筋の通った男だと、私はお前を見込んでいる」
「それで、俺をビアンカの婿候補にってことっすか」
フランクは皮肉な笑みを浮かべると残ったぶどう酒を飲み干した。グラスをテーブルに置くと、頭の後ろで手を組み背凭れによし掛かる。
「老婆心が過ぎますよ隊長。ビアンカにはビアンカの人生があるんだ。いずれあいつ自身で幸せは見つけますよ」
「いずれってのはいつだ? 戦いに明け暮れてあの子がズタボロになった後か?」
怒気を含んだラファエルの口調に、フランクは眉を寄せた。
「あの子に戦いの宿命を背負わせたのは私だ。私はその呪縛から一刻も早くあの子を解き放ってあげたいんだ!」
声を荒げたラファエルに周りの客たちが驚き沈黙する。特に何事もないことを知ると客たちは再び談笑を始め、元の喧騒な店内へと戻った。そんな中で真剣さを湛えたフランクの視線がラファエルに向けられる。
「声荒げるなんてらしくないっすよ。酔っ払ったんすか」
「いや、一口しか飲んでいないが……すまない。感情的になってしまった」
「まあ、隊長の言いたいことはわかりましたよ。俺だってビアンカみたいな年端もいかない女性が戦場に立つのは本意じゃない」
「私はカナン王国との戦いが終わればビアンカを戦場に立たせる気はない。彼女にこれ以上……人を殺めさせたくないんだ」
フランクは席を立ち上着を羽織るとラファエルに背を向けた。
「隊長ごちそうさまでした。とりあえず隊長の言いたいことはわかったし、ビアンカを大事に思う気持ちもわかりました。だけどビアンカを幸せにするのが俺である必要はないっすよね?」
言いながらフランクは手をひらひらと振って店のドアに手を掛ける。
「だって隊長も独身じゃないっすか」
バタン。とドアは閉まりフランクは店から出ていった。ラファエルはテーブルの上に置かれたまだだいぶ酒が残っているグラスをじっと凝視した。氷が溶けて結露した水滴がグラスとテーブルを濡らしている。
「私はビアンカの幸せを祈り、幸せとなる支えになるだけだ。私が彼女とともに歩むなど、ありえない」
誰にともなく呟き、溶けた氷で薄くなった酒をチビリと口に含んだ。
直後、勢いよく店のドアが開け放たれ、一人の兵士が店内を見渡す。兵士はラファエルと視線がかち合うと、傍に寄り声を顰めて報告した。
「王より第一部隊に出陣の命令が下されました。カナン王国領で戦う味方の後詰めを致せとの事です」
「わかった。直ぐに第一部隊全員を兵舎に集結させよ」
「はっ!」
半刻後、兵舎に集結した第一部隊員三五〇名は装備を整えカナン王国領への出陣の最終準備に入っていた。
「皆の者、大儀であった。それでは今から出征の目的を明らかにする」
軍装を纏ったラファエルは毅然とした振る舞いで声高に語り掛けた。
「此度の出征は敵と対峙する味方の援護、並びに敵主力撃破が目的となる。この戦いで決定的な打撃を与えればカナン王国は我等に抗する力を失い、降伏勧告にも応じよう。皆! 決して油断する事なく、この戦いを勝ち抜くぞ!」
ラファエルの鼓舞に応える第一部隊の大音声がヴェリア王国内に響き渡る。
その中には当然、唯一の女性隊員ビアンカ・シュミットの姿もあるのだった。