76 心の世界転生者、始動開始です!
心が燃える……
楽しい気持ちが溢れて仕方がありません。
時々、自分が自分ではなくなるような感覚を受けます。楽しくて楽しくて、どうしようもなく気持ちが高鳴って、何でも出来るような気になってしまうんですよね。
実際のところ、私は自分の作った能力『流星のコッペリア』を全く理解していません。それどころか、あの時の記憶はとても曖昧で、テンションに任せていた部分があります。
今も同じ、歯止めが効かないほどに私の心は燃える。
そして、再び街を混沌に巻き込んでいく……
ある日の朝、私は教会の礼拝堂に子供たちを呼びました。
やんちゃなトマスさん、精霊が見れるジェイさん、銀の瞳を持つアステリさん。他数十名、全てシスターミテラさんが引き取った孤児たちです。
皆さん、また私が人形劇を行うと思っているでしょう。ですが、今日はそれをする予定はありません。
今こそ勝負の時!
孤児院、領主、街の人……全て、私の舞台に巻き込んでやります!
「はいはい、みなさーん! 注目です!」
両腕を広げ、自分へと注目を集めました。
誰も無視したりしません。当然です。そのために私はずっと彼らに劇を披露し、何度も何度も会話を続けたんですから。
だいぶ心は繋がっています。それをさらに! さらに強固に繋ぐ!
繋ぐ!
「これから、この教会を大掃除しましょう! 掃除、洗濯、壊れた部分の補修! 住みやすいように、見栄えが良いように! 住んでる場所に恩返しをするんです!」
「えー!」
驚く子供たち、でしょうねー。突然この姉ちゃんは何を言ってるんだってなりますよねー。
でも、知らねーです。悪いですけど、気分を乗せてその場の勢いで動かします。私は心の異世界転生者なんですから、誘導はお手の物なんですよ。
要は勢いです。道具を用意し、背中を押せば人は流されるものなんですから。
「汚れは病気の元です! ぼろ布でも何でもいいのできっちり拭き掃除をしましょう! 隙間風を無視していては風邪をひいてしまいます! 壁を埋めて、完全にシャットアウトしましょう!」
私はコツコツ作り揃えていた箒や布きれを用意します。箒はまだしも、この世界での布は貴重品。普通なら、そのお金で食料を買うのが妥当でしょう。
ですが、私は異世界転生者。衛生面の軽視が何を引き起こすのか、こっちの歴史で知ってるんですよねー。
加えて、旦那様の言っていた人目を気にするという事。じっくり考えた結果、私はあの意見に懸けてみたいと思いました。
なので、私は自分の使命より大掃除を優先します。
この日のために、私はあらゆる準備をしてきたんですから!
「皆で楽しくやりましょう。言いだしっぺの私が率先します! 変わらない毎日を続けるより、こういう大きなイベントがあったほうが楽しいじゃないですか!」
「確かに退屈だよな。良いじゃん、お前らやってやれよ!」
狙い通り、リーダー格であるトマスさんが食いつきました。
彼自身はやる気がなさそうですけどね。まあ、これで他が付いてくるのなら万々歳ですよ。
アステリさんは不思議そうな顔をしつつ、箒を手に取ります。一人が動いたことにより、それに誘発されて他も動き出しました。
子供たちは箒の使い方も知らないのか、最初の内は真面な掃除にはなりません。ですが、私は手出し口出しをしませんでした。
私が動いていれば、彼らは勝手に学んでいくでしょう。友達同士で会話し、ふざけ合いながらも進めてくれれば良いんです。適当でいいんですよ。
私は布きれで石の壁を磨きつつ、子供たちに言います。
「手が空いた人は壁の隙間を埋めてください。こっちに粘土質の土を用意しましたから」
西洋において、子供が掃除や補修をするという文化はありません。掃除は清掃員、使用人の仕事というイメージがあるからです。
掃除とは仏教圏での修行。だからこそ、日本の学校では一斉清掃があります。
日本の文化が正しいとは言いません。ですが、共同生活をする孤児院において、子供たちが動かないというのは如何なものですか?
人は平等なんかじゃありません。
孤児になったのなら、それ相応の苦汁を舐めるのは当然です。
私の行動を見ていた眼鏡っ娘、シスターのジルさん。彼女は教会内に置いた粘土に触れ、眉毛をシャキーンっとつり上げました。
瞬間、突然土は光に包まれ、まるで生き物のように動きだします。そして、それらは教会の壁に付着し、少しずつですが隙間を埋めていきました。
これは魔法ですか……こんなに便利なことが出来るなら、もっと早くやってほしいものです!
「い……今のは……」
「錬金術……って言うらしいね。初めて試したけど、物質を再構成する程度なら僕にもできるみたいだ」
左手に本を開き、勉強しながら試している様子。どうやら、まだまだ研究段階みたいです。
私の心と同じように、ジルさんの心も燃えていました。
彼女はかけていた眼鏡をピンッと指ではじき、頭の上に載せます。これは眼鏡が邪魔って事ですかね? なんだかマジになったような雰囲気を感じました。
「僕も手伝うよ。いや、手伝わしてくれ。何だか分からないけど……君のやることはとても重要なように感じるんだ」
メイジーさんはジルさんを疑っていますが、私には人を騙すような方には見えません。
ですが、この違和感は何なんでしょうか……騙してはいませんが、何かが偽られているような感覚を受けます。まさか、彼女自身も自分が分からない……?
思考を巡らせる私を尻目に、ジルさんは粘土を錬成して壁を埋めていきます。それはあまりにも完璧な操作で、とても初心者の動きには見えません。
まさか、初めから錬金術の心得があった……?
ですが、それならなぜ今使ったのでしょう。これだけ扱えるのなら、経験者と感づかれてしまうじゃないですか!
疑問が疑問を呼び、頭の中がパンクしそうになった時でした。
どこからともなく、私の隣にシスターのミテラさんが立ちます。彼女の手には箒が握られ、掃除を手伝っている様子。何か、思う事があるようですね。
「私は間違っていたのかもしれません。神の元では人は平等。なので、子供たちには何一つ心配のない普通の子供として育つべきだと考えていました。ですが、それは甘えだったのですね……」
両親に先立たれ、両親に捨てられ、収入を得る手段のない子供たち。普通であるはずがないのです。何一つ心配のない生活なんて絶対に手に入らないでしょう。
幸せになれないわけではありません。ただ、他の子供より二倍、三倍と努力する必要があるのは事実。それは、自らの運命を呪うべきところです。
私はミテラさんを肯定しました。彼女の考えは理想。理想は大事にしたいですよね。
「間違っていませんよ。ただ、現実というものはどこまでも残酷です。神の下で平等であっても、人の元では平等ではありません。悲しいことですけどね」
「そうですね……私たちは変わらなければならないのかもしれません」
ジルさんは錬金術を使い、清掃道具をさらに高性能へと作り変えます。それを面白がり、子供たちはさらに張り切って教会を綺麗にしていきました。
私とミテラさんも一緒になって清掃を続けます。ピカピカに、キラキラに、見る見るうちに美しくなる教会。まるで息を吹き返したように、寂れた礼拝堂は輝いていました。
今なら言えます。私はミテラさんに話さなければなりません。
この孤児院を……街を変える一つの提案を!
「ミテラさん。私はツァンカリス卿の元で働き、彼にある提案を出しました。それは、この孤児院の未来に関わることです」
既に旦那様の心は掴んでいます。ミテラさんが首を縦に振れば、すぐにでも行動に移せますよ。
ですが、この試みには子供たちの教養が試されます。ミテラさん、貴方が本当に子供たちを清く正しく育てたのなら、尻込みする理由はないでしょう。
物を盗まない。街の人たちと仲良くする。自分の仕事に責任を持つ。
さて、彼らに出来ますか?
「私の提案、それは子供たちに仕事を与えることです。勿論、重労働ではありませんよ。最初は街に花壇を作り、そこに花を植えるという簡単なお仕事です」
花を植える。まあ、くだらないと思えるかもしれませんね。
ですが、これは私の世界では一般的に行われているお役所仕事です。人の目に留まる活動をすることにより、役所のメンツを立てるのに有効。加えて、ちゃんと働いてますよアピールにもなります。
ここ、キトロンの街は採掘街。岩と土ばかりだから、景観を良くする意味も見いだせるでしょう。ちゃんと街のために使ってますし、無駄な税金を使ってるとも言わせません。
「子供たちが働いて給料をもらうなら、支援金の必要もなくなります。それに対しても文句を言われる筋合いもないでしょう。街の人たちからの見方も変わるはずです」
「はっ……! だから清掃をしたのですか!」
ご名答。あとは子供たちをお風呂の中にぶち込んで、衣服を綺麗にすれば私の目的達成です。
そこから先は知らねーですよ。ようは子供たち次第。彼らを信じる以外にありませんねー。
ミテラさんは考えます。本当に子供たちに仕事を任せていいのか、彼らは悪事を働かないのか。
もし、街の人たちに迷惑をかければ評価は地に落ちます。給料どころか支援金も打ち切られてしまうでしょう。
ですが、仕事を受けなければ現状を維持できる。
賭けに出るか、受け身に出るか。答えは……
「テトラさん、仕事を受けさせてください。私がしっかり見ています!」
「ベリーグッド! じゃあ、私から彼らに説明します!」
あははー! やっぱり楽しいですねー!
だから私は人が好きなんです! 心の星がキラキラと輝きます!
完全にトリップしてしまいましたねー。おどけたステップを刻み、華麗な一回転を披露します。
まるで、気のふれた道化師。再び両腕を大きく広げ、子供たちに向かって叫びました。
「みなさーん! 今、この孤児院はお金がなくて困っています! これでは食べ物が買えませんし、真面な衣服も手に入りません! なんと忌々しき事態でしょう!」
彼らは私に注目します。
物語の語り部はこのテトラ・ゾケル! 既に舞台は完成しました!
「なので、皆さんに働いてほしいのです! 街にお花を植えるお仕事です! 出来ますか? 出来ますよね? 出来るでしょーう!」
ちょっと強引でしたかねー。ま、断られたのならそれでいいですよ。私には関係ねーですから。
ですが、すぐにその提案に対して誰かが答えます。子供たちの中でも孤立気味な彼。ここで声を上げたのはあまりにも意外でした。
「やるよお姉ちゃん。おいら、お花とか好きだから」
精霊が見えるおませな少年、ジェイさん。彼は植物が好きだからこそ、花を植える提案に対してすぐに反応しました。
運命を感じたのでしょうか。彼はキラキラと瞳を輝かせ、珍しく興奮したご様子です。
まあ、それも仕方ないですよね。まさに趣味を仕事にしようとしているんですから。
街は変われます。子供たちが変えます。
機は熟しました。
「流れ変わったな」
偶然、この場面でモーノさんたちがダンジョンから帰ってきます。
私が行動すると分かっていたのでしょうか。彼はニヒルな笑みを見せ、ボソリと言葉をこぼしました。