75 街の空気がヤベーことになってました
一日が終わり、日はすっかりと沈みました。
教会の外にて、私とモーノさんは互いに状況報告を行います。私の方は旦那様から聞いた話について、モーノさんはハイドさんの調査結果が主ですね。
まあ、状況は進んでると思いますよ。とりあえず、彼に頼んだジルさんの監視報告を聞きます。
「あれからジルさんは?」
「特に怪しい動きは見られなかったな。料理が得意で研究熱心。真面目に先生をしている芯の強い女だよ」
魔王に滅ぼされたミテラ国から逃げて来たらしいですが……本当にただの戦争難民だったのでしょうかね。
流石に滅んだ故郷のことは聞けませんし、香水を落としてメイジーさんに嗅がれろ! なんて口が裂けても言えません。現状怪しくないのならそれで良いでしょう。
ですが、同じシスターのミテラさん。こちらは目に見えて怪しいです。
私はお金を出す代わりに教会に泊めてほしいと頼みました。ですが、それに対してミテラさんは困惑の表情を見せてます。お金に困っているのに関わらずですよ。
モーノさんも彼女を怪しく思ったのか、ちゃーんとその捜査も進めていました。
「後、シスターミテラの隠し事は分かった。十中八九、あいつは転生者ハイドから孤児支援を受けている。だからこそ、その調査を快く思っていないんだろう」
なるほど、これには納得です。
ハイドさんに助けられている以上、その彼に迫る脅威は振り払いたいですよね。恐らく、私たちを王都からの刺客だと思っているのでしょう。
ですが、それが本当なら一つの事実が発覚しますね。二番の異世界転生者であるハイドさん。彼は子供たちの味方という事です。
「ハイドさんが子供たちを助けてることになりますよね? 良い人じゃないですか」
「まあ、そうなるな。加えて過度な支援を与えず、最低限の幸せを恵んでいる。中々の強かさだよ」
ただ甘やかすだけではなく、斜め上の視点を決め込んでいるのでしょうか? いったい、彼の望みは何なんでしょうかねー。
ここ、キトロンの街に突如現れた怪人ハイドさん。彼は優れた錬金術師で、転生者としての知識によってあらゆる商品を開発しています。
商品の取引は部下のホムンクルスが行い、人々の前にはその姿を表しません。そんな彼の能力をモーノさんは調査済みでした。
「結論から言う。二番の異世界転生者ハイド、奴は生産チートだ」
いえ、そう言われてもピンときません。
「生産ですか……何でも作っちゃうとか?」
「まあ、そんなところだ。先日、俺たちは奴の部下であるホムンクルスの後をつけた。その結果、奴らの根城を見つけたんだが……」
うわ、くっそ有能。チートくんが仲間だと話の進みが早いですねー。
ですが、そうトントン拍子に何でも解決ってわけじゃなさそうです。聞くところ、ハイドさんは筋鐘入りの引き籠り体質って感じでした。
「あいつは旧採掘場の洞窟に潜み、中を丸ごとダンジョンに錬成しやがった。結果、俺たちは街を拠点にダンジョン攻略をする羽目になっている」
「うへー、心でも力でもない別のいやらしさを感じますね……」
ハイドさんもめんどくせー感じの人っぽいですね。でも、心なしかモーノさんは喜んだ様子です。
これは完全にダンジョン攻略をエンジョイして捜査が止まっちゃってますね……テンションが上がると遊びだしてしまうのは彼の悪い癖です。
まあ、こっちも脱線しちゃってますからお愛子様でしょう。私も今はトマスさんの悪巧みと旦那様の秘密について集中してますしねー。
これはまだまだ解決まで時間がかかりそうです。
それにしても、生産チートですか……
マイアさんからは靴職人の話を聞きましたし、旦那様は商業の発展を目指していますし、私はある大きなテーマに直面しているのかもしれません。
この世界の技術は中世ヨーロッパレベル。ですが、所々それよりも発展している部分があります。
その一つが、色鮮やかな衣服の数々です。
「生産といえば、この世界の衣服って何かとっても進化していませんか? とても中世とは思えないほど可愛いのが沢山あります」
「あくまでもここは異世界であり、俺たちの世界での中世とは違う。中世をベースとしたゲームの世界に近く、特に意味なんてないんだよ」
うーん……原因あっての結果だと思うんですけどね……
ゲーム世界に近いで片づけていては詳細は不明のままですよ。明らかに服だけおかしいんですって!
ガラス、貴族の家は窓ガラスで平民の家は木の扉。やっと透明なワイングラスが作れたレベル。
金属、鉄鉱石を溶かして色々なものが作れます。ですが、丈夫な鋼類は作れません。
紙、やっと量産体制にこぎつけました。ですが濁っていますし、まっ白いのは無理でーす。
時計、物好きな貴族が権力を示すために時計塔を作ってます。時間は大事! ですが、私の世界の時間とは仕組みが違ってます。
船、大きな海を超渡ってます。でも、世界一周は無理。羅針盤はハイドさんが作るまで安定していませんでした。
火薬、火を灯して明りにすることは出来ます。武器にするにはもうちょっと研究が必用ですかねー。
以上、全て纏めるとこの世界は中世後期。中世も終了間近で、歴史が大きく変わろうとしているうねりの時代です。
あ、全部私の知識じゃないですよ。ご主人様やモーノさんと色々話して、その上でこれらを結論付けたんです。
まあ、いろいろ考えてもここは異世界。モーノさんの言うように、私の世界とは違うんですからどうしようもありません。
とりあえず、今は考えないことにしました。
朝だー! 今日も一日が始まりますよー。
私、テトラはキトロンの街。トロッコが突っ走る採掘街を歩いています。
やることがあるので、今日は子供たちと戯れる気はありません。そろそろ、本気でこの街に挑まないといけませんからねー。
さてさて、突然ですが新コーナー。質問、街の人二十人に聞いてみました!
わー! パフパフパフ! さあ、調査開始です!
質問その一、孤児院の子供たちをどう思いますか?
「正直、あまりあいつらには近づきたくないよ。物を盗まれたり、病気を移されそうだ」
「可愛そうだとは思うけど、こっちもギリギリなのよね。だから関わらないようにしているわ」
「支援金を増やすという話しも出ているが、俺たちの金を使ってほしくないな。こっちには何の得もないからな」
質問その二、領主のツァンカリス卿をどう思いますか?
「この街を発展させたとは聞いてるけど、今は口うるさい爺さんだな。面倒だから無視が一番だよ」
「自分のことばかりで、性格も悪いから好きじゃないわ。領主なら私たちの生活を楽にしてほしいわね」
「ケチで偉そうな老害だよ。とにかく金にがめつくて、あんなに偉くなれた理由が分からない」
質問その三、怪人ハイドをどう思いますか?
「最高だと思うよ。あいつの発明のおかげでこの街は間違いなく潤ってる。領主になってもらいたいね」
「孤児や難民を儲けたお金で救ってるらしいわ。怪人というより、この街にとっては英雄だと思うわ」
「ハイドこそが歴史の道しるべだな。あいつが王になれば、間違いなくこの国は急発展するだろう」
最悪じゃあないですか!
どうしてこんなになるまで放っておいたのでしょう。街の空気はギスギスのサバサバです!
うー……やべー雰囲気です。街の人たちの評価はハイドさんへと向かっていました。
英雄となったモーノさんとはわけが違います。ハイドさんは人々に技術を与える生産チート。評価されればされるほど、人々は新たな技術を求めますよ。
まさか、こんな感じで彼の発明は羅針盤からカップラーメンにまで発展してしまったのでしょうか?
歯止めが効かない……? ハイドさん本人はこの歪みに気づいているのでしょうか……
午後、お仕事なので今日も旦那様のお話を聞きます。
機嫌が良いのか、今日の彼は愚痴を話しません。代わりに放たれるのは自慢と説教。彼が気持ちよく語っているので、こっちも清々しい気分です!
老人はかっこよく決まったスーツを見せつけ、自慢の髭をぴんと弾きました。
「見て分かると思うが、私は身なりには人一倍気を使っている。他に金を使う気はないが、これだけは妥協せずに浪費しているつもりだ」
彼は杖を持ち、その先端を自らの足元に向けます。そこにはピカピカに磨かれた黒い靴が輝いていました。
「特に靴だ。男たる者、靴に金を懸けなくてどうする。確かに価値観は人それぞれだが、他者の目に留まるものは最低限意識するのが当然。それが社会人だとは思わんかね?」
「おっしゃる通りです」
当然、彼の言葉を肯定します。旦那様は自分の服や靴に拘っていて、これだけは使用人たちに触らせません。
服は自分で保管していますし、靴も自分で磨いています。出かけるときはオシャレを欠かさず、杖も帽子も妥協がありません。当然、香水は確実に使用し、とにかく見栄を張って自分を良く見せています。
そう、これこそが彼の根本にある最大の拘りでした。
「だからこそ、私はあの孤児院に衣服の個人支援をした。しかし、あのシスターはそれを売って食料にしたと聞く。何ともけしからん話だ! 食料の蓄えなど、現状を打開する気のない表れだ! 身なりを整え、周囲からの目を気にしなければ誰も手を差し伸べたりはしない!」
私は呆然とします。
え……個人支援……? 旦那様、そんなことしてたんですか?
徐々に偽りの仮面が剥がれ、老人は本当の自分を語ります。同時に、彼とある物語の主人公が重なりました。
「私はそうやって、今の地位を手にしたのだからな!」
部屋の空気が制止します。
旦那様は自分の言ったことに気づき、その表情に焦りを浮かべました。
私は小悪魔的な表情を浮かべ、白々しーく聞きます。むふふ、何だかニヤニヤしてきちゃいますね。
「匿名の孤児支援でしょうか?」
「……ふん」
「若いころはかなり苦労したご様子ですね」
「……ふん」
ツンデレめ。この歳の老人なんてこんなものですよねー。
意地と見栄を張って、周りからクソジジイ扱い。誰にも見えないところで良いことをしたって、それはただの自己満足にしかなりませんよ。
しっかり街と向き合わないと! それが領主としてのお仕事です!
「街での評判が悪いのはご存知でしょうか? 周囲から認めてもらえてこその領主でしょう」
「直接金を渡しても奴らはつけあがる。だからこそ、私は経済的な活動で街を支えておる」
「ですが、それは目に見えません。ではでは、目に見える活動をされてはいかがでしょう」
だーいぶ彼とも仲良くなりましたし、ここらで宮廷道化師としての本業発揮です。
底辺の奴隷だからこそ、無礼な発言で意見が出来る。それが王であろうと大臣であろうと関係はありません。
要は認めてもらえれば許される。だから、私はずっと心を繋げるために戦っていました。
ありゃりゃー、気づいていませんかねー?
こちとら、もうとっくに戦闘開始してんですけど。
「お花を植えましょう! 街の景観を良くするんです。花ならお金もそんなにかかりません」
「誰が植えるというのだ。ここは魔石を掘って一攫千金を狙う街だ。こんなくだらない仕事など誰が引き受ける」
うわー、これはど正論。ですが、私はにんまりと笑います。
誰が引き受けるって、そりゃーねえ? ちょうどいい人たちがいるじゃないですか?
やっぱり、子供は元気が一番ですよねー。
ヤベー奴、動く。




