74 それは誰かの物語です
ある日の朝、今日もボロボロの教会で私は目覚めます。
一応、毛布で体を包んでいましたが、正直くっそ寒いです。こんなところで子供たちが寝泊まりしてるとは……
これは一考の余地があります。自分が楽をするためにも、状況を動かす必要がありました。
子供たちに挨拶をしつつ、教会の外へと出ます。
初めは警戒されてましたが、今は彼らとも親しくなりました。私、図々しいですからねー。
毎日、子供たちはミテラさんの授業を受け、読み書きや魔法の知識を得ています。個人差はありますが、優秀な人材が育っているのは確実でしょう。
その中でも特に優れている存在。それは、葉っぱ飾りを付けた山高帽の少年、ジェイさんでした。
彼は天才です。読み書きも完璧にこなし、知識量も大人顔負け。何より、優れた魔力の持ち主でした。
天才ゆえでしょうか。ジェイさんは子供たちの中でも孤立気味です。
友達は同じく魔力持ちのアステリさんと、やんちゃなトマスさんの二人。どちらも、あちらが一方的にくっついてるだけですけどね。
今日もジェイさんは一人、ぼーっと木を見つめています。
随分と大きな木ですが、それ以外は何もありません。一体なにをしているのか、気になって仕方ねーので話しかけます。
「ジェイさんですよね。なにを見ているんですか?」
「お姉ちゃんには関係ないよ」
「分かってないですねー。関係ない他人事こそ面白いんですよ」
素っ気ないことを言われたので、皮肉で返しました。煙たがっても煙は消えません。当然、私も消えません。
うざいですか? 邪魔くさいですか? ありがとー、最っ高の褒め言葉です!
私がしつこくジェイさんに絡んでいると、どこからかモーノさんが現れます。そして、腕を組んでかっこ付けつつ、私を止めました。
「やめとけテトラ。お前には見えてないだろ」
「……? 何がです?」
「精霊だよ。あの木には精霊が宿ってるんだ」
マジでか。あんなしょっぼい木に精霊がいるんですねー。そりゃー、興味を持たない私には見えませんよ。
とりあえず、目を凝らして見てみますが全くのさっぱりです。一方、チート級の魔力を持つモーノさんにはハッキリと見えていました。
「強い魔力を持った奴ってのは、生まれた頃から精霊や魔界の者が見える。こういう天才児は稀にいるんだよ」
「お兄ちゃんは見えるのー?」
「ああ、魔法を使う冒険者なら普通に見える」
やっぱり魔力によって精霊との距離が変わるんですね。チートを拒否して、なおかつ才能もない私には見えないわけです。
モーノさんは自ら望んでこの力を手にしました。ですが、ジェイさんは生まれ持っての才能、それは望んだものではありません。
彼が周囲から気味悪がられているのは知っています。馴染めないなら、周りに合わせればいいのに。まったく、不器用なものです!
「なんでオイラだけこんなものが見えるのかなー。みんなと同じなら、オイラはここに居なかったのに……」
「お前の才能に気付かない奴はほっておけ。いつか見返してやればいい」
ここに居なかった。つまり、捨てられる事もなかったってことですね。ま、それは貴方の器量が足りなかっただけですよ。
モーノさんは周りなんて気にせず、才能でゴリ押ししろと言ってます。まあ、それも良いですけど私はちょっと違いました。
捨てられなければ、ミテラさんやトマスさんとも出会えなかった。全ては巡り合わせであり、今ある幸福を受け入れるべきって思います。
だって、その方が楽しいじゃないですか!
「ま、精霊だとか関係ねーですよ。人の眼はそれぞれ違いますし、私の見えてるものは二人には見えないでしょうしね」
「お姉ちゃんは別のものが見えるのー?」
そりゃー見えますよ!
頭の中がお花畑の私だけが見える世界が!
「はい! 私にはこの世界が虹色に見えます! 見る角度を変えれば、貴方にもきっと見えるはずですよ!」
両腕を広げ、道化師は豪語します。
そんなおバカな発言に対し、ジェイさんは僅かに笑みを見せました。
あ! 今、私のことを見下しましたね! ひっどいです!
でも、良いです。奴隷の私は見下されることが本分ですから。それで貴方が元気になったのなら、万事オッケーでした。
「お姉ちゃんはトマスみたいだねー。誰が違うとか、なにを持ってるとか、たぶん関係ないんだろうな」
あー、トマスさんはガキ大将ですからね。私のように自由で、頭の中が興奮に満ちているのかもしれません。
ですが、それは危険でもあります。自分と同種の人間なら尚のこと、マイペースすぎて何をしでかすか分かりません。
加えて、ジェイさんは冒険者希望の元気っ子でした。
「トマスの奴、ツァンカリス卿の屋敷で何かを企んでるみたいだ。領主の隠された遺産とか、閉ざされた扉とか……オイラも詳しく知らないけどー」
友達を売れませんよね。それ以上、ジェイさんは何も話しませんでした。
やっぱり、屋敷の前でのひそひそ話に意味はあったようです。現状は実行前ですし、止めようがありません。
悪ガキ三人によるハチャメチャな冒険。こちらもひと悶着ありそうな雰囲気でした。
午後、ツァンカリス卿の屋敷にて、私は道化衣装に着替えます。
無駄に装飾品が付いていて、非常にかさばるこの服。ですが、ちゃんとキトロンの街まで持ってきました。
モーノさんは「俺のアイテムボックスに入れろ。何でも無限に入る」って言ってましたが、意地になってるので拒否しちゃいました。
まだ、自称女神さまと喧嘩中ですしね。使う権利はありませんよ。
見張りとして、隣に付くのは小人のマイアさん。
彼女はとっても話しやすい人です。なので、今朝ジェイさんが話していたことについて聞いてみましょう。
「あの、閉ざされた隠し扉をご存知ですか? 街で遺産の隠し場所と噂になっていますが……」
「隠し扉? 噂が独り歩きしてますね。旦那さまだけ入れるシークレットルームなら知っていますが、中はつまらなかったと同僚が話されてましたよ」
似た話はありますが、ちょっと違うみたいです。ですが、旦那さまだけが知ってるシークレットルームはあるようですね。
この屋敷は質素です。旦那さまの食事も豪勢ではありません。では、領主や鉱山主として儲けたお金はどこに?
や……やっぱり秘密の部屋に隠し財宝があるのでしょうか! って、私もトマスさんみたいになってるー!
そんなおめでたい私に、マイアさんは聞きます。
「お話のネタ作りでしょうか?」
「は……はい、そんなところです」
ほら、嘘つく。しかも意味のない嘘です。
ですが、この嘘が思わぬ方向にマイアさんを動かします。
「物語なら、私も一つ知っています。祖父から聞いた小人のお話です。聞きたいですか?」
「聞きたいです」
速攻で答えます。だって、聞けるものなら聞いたほうがお得ですもの。
マイアさんは少しハニカミつつ、小さな体で声を張り上げます。机の上に立つ彼女は、まるで語り部のようでした。
「ある街に一人の少年がいました。彼はとても貧しく、毎日貴族たちの靴を磨いて生活をしています。彼には夢がありました。いつか立派な靴職人になってみせると……」
両親のいない孤児、捨て子でしょうか? 一人で生きているのは立派なものです。
「少年は手先が器用でした。なので、捨てられたボロの靴を切り分け、その材料で小さな靴を作りました。それが、彼にとっての修行だったのです。当然、粗末で小さな靴は見向きもされません」
しかも勉強熱心、夢を叶えるために必死です。彼に比べれば、孤児院の子供たちは幸せかもしれません。
「ある日のこと、少年が目覚めると小さな靴が消えていました。なんと、一人の小人が靴をかってに使っていたのです。小人は言います。『この靴じゃまだブカブカだ。もっと小さくて綺麗に作ってよ。お礼はするから』と……職人を夢見た少年は嬉しく思い、眠らずに小さな靴を作りました」
小人との出会いによって、少年の運命は大きく変わります。ここで、彼の努力は一気に報われました。
「完成した靴はとても綺麗でした。靴を貰った小人は大変喜び、少年に小さな何かを渡します。なんと、それは金の欠片だったのです。少年は驚きつつも、他の小人たちにも靴を作りました。その度に金は増えていき、やがて少年は店を持ちました」
まさに成り上がり、靴磨きの孤児があっという間に店持ちです。
ですが、店を持っても能力がなければ貧乏に逆戻りでしょう。幸い、少年は努力家で優秀、しかも小人との繋がりも持っています。
「小人と仲良くなった少年は、彼らと共に人間の靴を作ります。それは大変優れた作りで、靴は飛ぶように売れました。月日は経ち、少年は皆から尊敬される立派な大人になりました。お終いです」
大好きな靴作りで仲間を作り、大好きな靴作りで地位を手に入れた。
立派な人です。彼のように私も皆から認められる人になりたいものですよ。
まあ、その少年が実在していたか分かりませんけども。これは単なる物語なんですから。
「それは本当にあったお話ですか?」
「さあ、どうでしょう」
マイアさんはニヤニヤと笑います。な……何ですかその顔は!
ですが、面白いお話は聞けました。心の中に残して置くことにしましょう。
やっぱり、好きなことを仕事に出来るのは素敵でした。
物を作る。
それは少年が夢見た理想の形。
家具、衣服、建築、料理……
種類を上げればきりがありません。そして、ここにも物作りに心を奪われた人がいました。
「この国に必要なものは商業の発展だ! 私は王都でその促進をしていたが、すぐに奴らは潰しにかかった。このような辺境の採掘街に左遷しおって!」
旦那さまの部屋にて、私はその愚痴を聞きます。
戦争は断固反対、商売によって国を変える。彼の志は権力によって押し潰され、この街に縛られました。
よほど優秀な大臣だったのでしょう。採掘街を丸ごと与えてまで、追い出したかったのですね。
老人は血相を変えつつ、私に言葉をぶつけます。
「全てはファウスト家の陰謀だ! 奴らこそが影の支配者だとなぜ気づかんか! 私にはやるべき事がある……この国を変えるため、立ち止まっていてはいられんのだ……」
彼は何かと戦っている……? それは戦争ばかりのこの国を変えるため……?
恐る恐る、私は聞いてみました。
「それは子供たちの未来のためでしょうか?」
「ふん、くだらん。自らの夢のために決まっている」
そ……その歳で夢ですか! なんともファンキーなお爺ちゃんですね!
私が孤児たちを意識したと気づいてか、旦那さまはシスターの名を出します。どうやら、彼はあの教会を毛嫌いしている様子でした。
「ミテラ・トラゴスといったかね。あれはダメだ。優しさと強かさだけで器量というものをまるで持っとらん。自分たちが援助を受ける立場にないことを街の空気で気づかないものかね」
いえ、毛嫌いではなく失望でしょうか……?
それで子供たちを見捨てるつもりでしょうか。領主として、採掘によって親を奪われた子供を守る権利があるでしょう。そこまで非情になれるものですか。
少し、言ってやります。機嫌を損ねないレベルですが。
「そうやって、教会を借金に追い込むつもりでしょうか。彼女たちにお金を返す当てなんて……」
「戯言を吐くな。当てならいくらでもある」
私の意見に対し、旦那さまは真剣な顔をします。
そして、視線を窓の外に移しつつ、はっきりと言い捨てました。
「本当にあの孤児どもが立派な大人になったのならば、その時に負債を返すことが出来ると思わんかね? まあ、私は一切期待していないがね」
それは悪態でもなにもありません。
筋の通った大人の言葉でした。
「ですが、換算までいつになるか」
「私は死なんよ。何年、何十年と待つつもりだ」
私は……いいえ、私たちは何を勘違いしていたのでしょう。
旦那さまは決してお金を与えません。与えるのは可能性だけです。
ケチで非情かもしれません。ですが、見殺しになんてしましたか? 利子もなく、ずっと換算を待ち続けているじゃないですか。
これが長い時を生きた人。
私は強く、感銘を受けるばかりでした。