55 ☆ ボスラッシュ到来! ☆
目的の場所もなく、私は王都ポルトカリを駆け抜けます。
私は特定の場所を目指して走ってるわけではありません。全ては今起こっている事件を街中にとどろかせるため。国民に私の存在と姫の危機を知らせるためでした。
どうやら、その目的は達成されたようですね。
前方に見える人々。先ほどの騎士を超える人数が、私を捕まえるために向かってきます。
「あいつだ! 姫様を救出しろ!」
「俺たちの手で姫様を助け出すんだ!」
彼らは鎧に身を包んでなどいません。武器も棍棒などの粗末なもので、とても騎士とは思えないでしょう。
明らかに、あの人数全てが一般の人々。ですが、騎士にも負けず劣らず彼らは意気盛んでした。
「あの人たちは……」
「民兵というべきか。事件を知って皆自発的に武器を握ったのだろう」
当然、私は方向を変えて逃げます。四十人、五十人、とその人数は増えていき、すでに騎士団の人数を大きく上回っていました。
とても戦える数ではありません。加えて、彼らは統率の取れていない烏合の衆。私の言葉に耳を傾けず、姫を巻き込む勢いで襲い掛かってくるでしょう。
そんな場所に、ターリア姫をぶち込むわけにはいきません。
『さて、どうするつもりだ』
「地上を走っていては騎士団さんと挟み撃ちですね。上に逃げましょう」
たまらず私は屋根へと跳び乗ります。ここなら、もう誰も登ってこれないでしょう。既に街中を大きく巻き込みましたし、一つ目の目的は達成されました。
私とターリア姫は下界へと視線を向けます。騒ぎが収まるはずもなく、民兵たちは一層増えている様子。完全に王都は大混乱ですね。
「姫はどこだ……!」
「何としても姫を助け出すんだ……!」
息を荒げ、血相を変えて私たちを探す人々。そこには地位も人種も関係なく、みんなが純粋に姫を助けたいんだと分かります。
良い空気です……私はこんな舞台を望んでいたのかもしれません。
ターリア姫は助けを求めることなく、下界の人々を見つめていました。やがて、その瞳から僅かな雫がこぼれます。
「なんで……なんであたちなんかのために……」
「それは貴方がこの国のプリンセスだからですよ。姫ってのはそういう存在です」
しかめっ面をして、何かを考える少女。彼女は街の人からのそういった目に、息苦しさを感じているようですね。
求めるのは自由。そして、今の自分は族によって連れ出されている。
恐らく、姫はこれをチャンスと思ったのでしょう。その口からとても悲しい言葉が放たれます。
「お前は……あたちを外に連れて行ってくれるのか?」
「それは出来ません。貴方には切り捨ててはならないものがあるはずです」
そんな彼女を私はバッサリと切り捨てました。
ダメです。それだけは絶対にダメです!
「確かに見世物かもしれません。ですが、貴方は国民全員の憧れなんです。貴方から希望を貰っている人がいることを忘れちゃダメなんですよ」
貴方はこの街の……いいえ、この国の希望です。
貴方のおかげで王都の空気は変わったんです。今、必死に姫を取り戻そうとしている彼らを見捨ててはいけません。
だからこそ、私は貴方を連れ出しました。本当に大切なものを気づかせるために!
みんなの心を揺さぶるために!
「人さらいがそれを言うか……貴様、テトラだろ」
「ありゃ、ばれてしまいましたか」
まあ、今までずっと密着してましたし、至近距離で喋りまくってましたから。そりゃー、おバカでも流石に気づくでしょう。
身内が犯罪者になったことに対し、ターリア姫はあまり快く思っていない様子。私に対して失望したのか、逆に心配しているのか、どっちかは分かりませんけど。
ですが、それより彼女にとって重要なのは、私の扱っている能力でした。
「貴様はいったい何者だ。普通の人間は屋根から屋根を跳んだり跳ねたりしないぞ」
「あはは、私はテトラです。テトラ・ゾケルです」
種や仕掛けが分かったら面白くないので、適当にはぐらかします。悪魔の降霊術によって肉体を操作されているなんて、説明しても分からないでしょう。
ターリア姫は「はふう……」とため息をつき、再びジト目でこちらを見つめます。真面な答えは返ってこないと思ったのか、彼女は以外にもすんなり諦めました。
「もういい。それで、そんな仮面で顔を隠してなにをするつもりだ」
「楽しいことですよ。ちょっと、好き勝手させると厄介な人がいましてね。その人を止めなくちゃいけないんです」
そう、私の目的は一番の転生者、モーノ・バストニさんを釣り上げること。あの人、捻くれたことを言っていましたが、女性の危機には敏感だと思うんですよね。
だから、意図しないハーレムが形成されたんです。彼は筋鐘入りのフェミニスト。まず間違いないでしょう。
そんな彼が、プリンセスの危機に駆けつけないわけがない! 会って話して、その上で最高のショーを魅せつけてやります!
「貴方の力が必要です。暴れられると困るんですよ」
「ふう……分かった。協力してやる。ただし、条件があるぜ……!」
ターリア姫と培った友情。決して無駄ではありませんでした。
彼女は笑顔で私への協力を約束します。なにか条件があるようですが、飲めることは飲みますよ。
流石にこの国から脱走させてくれとかは無理ですけどね。だって、このカルポス聖国にはターリア姫が必用なんですから。
いくつもの屋根を飛び移り、私は王都ポルトカリを疾走します。
夜の風は冷たく、周囲を照らすのは月と街の光だけ。ですが、私の身体は減速せず、足を踏み外すことなく走り抜けました。
まるで、宙を駆ける道化師。背中にはターリア姫が乗り、ハイテンションで街の光景を見ています。
「おー……! 凄い! 凄いぞテトラ!」
「喜んでいただいて光栄です」
彼女が提示した条件。それはこの街をもっと駆けてほしいというものでした。
こちらとしては一向に構いません。兵士や民兵さんたちを振り払い、その上でモーノさんを待つことが出来ますからね。
お城の中とは違う表情の姫。彼女はワクワクした様子で、背中から私に抱きつきました。
「これはから、どこに行くつもりだ!」
「右も左も分かりませんよ! とにかく注目を集めればいいんです!」
二人で駆ける楽しい時間。街中の人から追われていますが、私たちにとっては心地いいものです。だって、これは度が過ぎた悪戯なんですから。
そして、いよいよその時が訪れます。今までの戦いはいわば前座。ここからが本当の戦いと言えるでしょう。
ご主人様がいち早くそれを察知します。
『止まれテトラ。どうやら目当ての獲物が釣れたようだ』
足を止める私。不思議そうな顔をするターリア姫。
申し訳ないところですが、二人っきりのダンスはこれで終了みたいです。
私を包囲する三つの影。彼女たちはそれぞれ別の屋根に立ち、こちらの進行方向に立塞がっていました。
前方、目前に見えるのはワーウルフのずきん少女、メイジーさん。
右方、距離を取って様子を見ているのは巨大化する剣士少女、アリシアさん。
左方、ふわふわとした様子で首をかしげている色白少女、スノウさん。
以上、モーノさんの愉快な仲間たち。通称、モーノハーレム。
これはいよいよ、冗談抜きでヤベー状態です。まあ、いつかぶち当たるとは思っていたんですけどね。
彼女たちは強い。今まで軽くあしらってきた騎士たちとはまるで違う。なにせ、チート異世界転生者が育てた才能ある者たちなんですから。
とりあえずまあ、笑顔であいさつでもしましょうか。
「これはこれはご機嫌麗しゅう。美しい貴方がたに見つめてもらうのは、『男』として感激の極みです」
「すぐ分かる嘘をつかない事ね。においで丸分かりなのよ。『女』のテトラ・ゾケルちゃん」
メイジーさんに嗅ぎ分けられます。ま、別にいいですけどー。
さてさて、彼女たちを突破しない限り、モーノさんには合わせてくれない雰囲気です。まさにボスラッシュ到来ですか。こっちは強敵二人を突破してるんですけどね。
この厄介な状況に、ご主人様とターリア姫が意見を求めます。
『ど……どうするつもりだテトラ』
「ど……どうするつもりだテトラ……!」
あーあー、うるせーです。同じことを同時に喋らないでください。
とりあえず、ハンデありだと流石に無理なので、ターリア姫には待機してもらいましょう。
私は彼女をおぶったまま、屋根の上から飛び降ります。そして、裏路地へと入り込み、そこにゆっくりと下しました。
「姫様、戦いに巻き込みたくありません。御一人で待っていてもらいたいのですが……」
「うむ、分かった。ふあー……捕まらないように茨の中で寝ていよう……」
寝ちゃうんですか! まあ、深夜に引っ張り出しましたしね……
睡魔のおかげで駄々をこねられずにすみました。これなら、こちらも周りを気にせずに遊べるというものですよ!
私はすぐにその場から走り出し、裏路地から出ます。そこにはすでに、アリシアさんとメイジーさんの二人が待っていました。
「テトラちゃんどういうこと? まさか、最初から姫様と繋がっていたなんて……」
「あ、すいません。完全に貴方がたを釣りましたー。もっとも、本命はモーノさんなんですけどね」
青いエプロンドレスに青いリボンの少女。彼女は納得できない、腑に落ちないと言った顔で思考します。
戦闘するにも気が進まないって様子ですか。まあ、さらわれた姫様と犯人がグルだったって聞けば、そんな顔にもなりますよね。
ですが、アリシアさんと違ってメイジーさんは喧嘩腰です。もっとも、彼女も私に対して疑いを抱いてるようですが。
「それで、この街を大混乱に陥れたってわけ? わっけ分かんない! 貴方の行動は全く理解できないわ!」
「はなから理解なんて求めていませんから」
私の目の前には二人、ですがその後方でスノウさんが待機しているのが分かります。恐らく、彼女は魔法職。それも遠距離タイプと見て間違いないでしょう。
一人ずつ襲い掛かるはずもなし、纏めて相手をする以外の道はありません。
「来ますか? 三人同時に……」
仮面の下で薄ら笑いを浮かべる私。
瞬間、戦いの火ぶたが切って落とされました。
「狂ったお茶会にご招待! マキシマム!」
アリシアさんがポケットから出したのは、さくっと焼き上げられたクッキー。それを口に含み、飲み込むのと同時に彼女の体が肥大化します。
あの巨大化魔法、ドーピングだったんですか! なんともワンダーなクッキーです!
アリシアさんは剣で叩き潰すことを恐れてか、別の攻撃方法を取ります。巨大な右手を振り上げ、虫を掴むように私を狙ってきました。
「ウサギさん、大人しく捕まって!」
「べー! です!」
仮面の下で見えない舌を出し、巨大少女の右手に飛び乗ります。彼女の攻撃はかなり単調、純粋で真っ直ぐな性格なんでしょう。
最高の相性ですね。私は乗った右手を走り、腕を伝って体の方へと上っていきます。驚いたアリシアさんは、体を動かして振り払おうとしました。
「くっ……くすぐったいよー!」
「アリシア! なに遊んでるのよ!」
滑稽なダンスを踊るように動き、彼女は私を振り落とします。同時に、地上へと着地したこちらに向かって、メイジーさんが狙いを定めました。
「グルル……ワオーン! 月が味方するのは道化師だけだと思わない事ね!」
彼女の姿が一瞬にして狼少女へと変わります。相変わらず可愛いワンコですが、愛でている場合ではないでしょう。
アリシアさんと違って、メイジーさんはひねくれています。さっきのように簡単には読めないでしょうね。
一瞬にして間合いを詰め、鋭い爪を立てる狼。私はその攻撃をナイフによって受け止めました。
月は彼女の味方ですか、まったく怖い狼に狙われたものですよ!
アリシア「ワンダーランドは夢の世界? それとも現実? 今日の自分は昨日の自分になれないの?」
テトラ「可愛い少女から放たれる哲学! 何とも狂ったお茶会ですか」