53 ☆ これより異世界無双を開始します! ☆
命の尊さを学びました。
近づく死を前にして、必死に生きようとした彼女から。
感謝される喜びを学びました。
人道を捨ててでも、己の職を全うする彼から。
幸せを噛みしめることを学びました。
悪魔に恋し、大切なものを壊してしまった彼女から。
自分の能力と向き合う事を学びました。
才能に限界を感じ、他者に当たってばかりいた彼から。
生命の神秘と生誕の感動を学びました。
夫を失い、それでもお腹の子供を守り続けた彼女から。
人にはそれぞれの意思があると学びました。
別の人種を憎み、盗賊行為を行ってしまった彼から。
犯した罪を背負っていくことを学びました。
仲間を皆殺しにされ、ただ一人地獄から生還した彼から。
夢に向かって突き進む事を学びました。
お城に閉じ込められ、外の世界に憧れる彼女から。
自然と調和することの大切さを学びました。
わが子を思って人と戦い、志半ばに果てた彼女から。
出会えて良かったと心から思います。
自分の事だから分かるんですよね。もし、この人たちに会わなかったら、私の心は邪悪に染まっていたでしょう。
だって、私の本質は自分さえ楽しければそれで良いという『悪』の存在なんですから。
いまだになぜ私が転生者として選ばれたのかは分かりません。
特別な力で特別じゃない人をあしらう、『無双』というものも好きではありません。
私が異世界無双を本当に好きになれるとしたら……
それは……
絶対に正しいと自信を持って言える時。
三日月の輝く丑三つ時。
王都ポルトカリを囲う壁。その上に私とご主人様は立っていました。
夜の風は冷たいですが、僅かに灯る王都の光は温かく感じます。ランプの炎が街の至る所を照らし、私の世界では見ることの出来ない夜景を描いていました。
心が熱い……興奮が収まりません。
私はポケットの中から一枚の干し肉を取り出し、それにかぶりつきます。とても硬くて、ほのかに苦くて、お世辞にも美味しいとは言えません。
その突然の行動に対し、ご主人様が疑問を浮かべます。
「テトラ、何を食べている?」
「あのドラゴンの干し肉ですよ。うん、不味いです」
「不味いのならなぜ食べる?」
「街でドラゴンを解体してる人に聞いたんですよ。ドラゴンってのは角や骨は装備になって、皮は鎧になって、肉は食料になる。捨てるところなんて何一つないんだって」
そう、だから高く売れる。命を懸けてでも追い求める価値があるんです。
冒険者たちはそれを『ロマン』と呼んでいるらしいですね。ロマン……ワクワクする響きじゃないですか、あんなにも夢中になる理由が少し分かったかもしれません。
色々な角度から物事を見たいものです。
それぞれがステキな世界なんですから……
「だから、自然に感謝して血肉にしようと思いましてね。はい、ごちそうさまです」
風に髪をなびかせながら、私は両手を合わせます。
肉を食べて一緒に戦おうって、発想がサイコパスですよねー。ま、自覚があるから良いんですけど。
この世界で色々なことがあって、色々な人と出会って分かったことが一つ。私は頭のネジが外れているところがあるみたいです。
今から行おうとしているのはその最たる例。普通の人なら思いつかない、思いついてもやらない。そんな頭のおかしい行動でした。
「テトラ、本当にやるのだな」
「当然です。怖気づきましたか?」
ご主人様がめっちゃ心配しています。彼は私が破滅に向かっていることを知りません。だって、話してないから当然ですよねー。
奥底にある思考を感じ取ったのか、ご主人様は複雑な表情を浮かべます。私の覚悟を喜んでいますが、その未来を危惧してもいる。そんな表情でした。
「正直に言おう。私はお前の笑顔が怖い。今から行う事は国家反逆。もう、後には引けないだろう。それを前にしてなぜお前は笑っていられる?」
「なぜって、ワクワクしているからに決まってるじゃないですか! これからこの王都が私たちの演じる舞台になるんですよ! 最っ高のショーが幕を開けるんです!」
星の模様が入った二股帽子。先の尖ったブーツのような靴。しましま模様の靴下。そして、色鮮やかな魅せることを目的とした衣装。どこからどう見ても、今の私は道化師です。
人を楽しませる道化は自分が楽しんでこそ。だから、私は最っ高の笑顔で最っ高の舞台を演出します!
私とは対照的に、悲しい顔をするご主人様。そんな顔をするの、やめてくださいよ……
最後になるかもしれませんし、ずっと黙っていたことを正直に話します。ご主人様も自分が悪魔だと明かしましたし、これでお愛子様ですね。
「ご主人様、黙っていてすいません。私は異世界転生者、こことは別の世界からこの世界に転生していきました」
「なるほどな。確かに、この世界の住民が持つ知識とは違う分野の知識を持ち、なおかつ価値観にもずれがあることも頷ける。恐らく、お前の生きた場所はあまりにも平和だったのだろう」
見抜かれましたか。そう、私の生きた日本は呆れるほどに平和です。
「だが、それ故に恐怖もあるはずだ。お前を動かすのは覚悟か? 意思か? 優しさか?」
覚悟があるから強い人がいる。意志が本物だから強い人がいる。優しいから強い人がいる。ですが、私はそのどれもがしっくりきません。
物事を真剣に取り組むのは性に合わないんですよねー。私は呆れるほどに気まぐれでマイペースです。だから、そんな私を動かすのはもっと抽象的なもの。
「いいえ、私を動かすのは諧謔! つまりユーモア! 面白ければそれでよし!」
「違いない。行くぞテトラ。私たちの異世界無双を見せようではないか」
私の答えを聞くと、ご主人様は笑ってくれました。
彼も覚悟を決めたという事でしょうか……?
追い詰められたモーノさんを見た時、私の行動は決まりました。
それは戦いの道。今まで散々、私が否定し続けた道……
これまでの道のりで積み上げた伏線。
その全てが繋がる……
『大丈夫です! 生意気なモーノさんは私がいつかぎゃふんと言わせます!』
ヴァルジさんに言った言葉が……
『お願いします……モーノさんを助けてあげてください!』
マーシュさんからの頼みが……
『お兄たまはずるい……自分だけカエルに変身して城から抜け出すなんて!』
外の世界に憧れるターリア姫が……
繋がる……
繋がる!
「四番テトラ。これより異世界無双を開始します!」
機は熟しました。
星と涙の模様が入ったマスクをかぶり、私は王都を見渡します。そして、勢いよく走りだし、高い高い城壁から飛び降りました。
空中で両腕を広げます。真っ逆さまに落ちていますが、怖くなんてありません。むしろ、空を切る感覚は気持ちが良いくらいです。
笑顔のまま、道化師は石造りの道に着地しました。
すると、偶然見ていたスラムのおじさんがこちらを指さします。驚きのあまり、今にも腰を抜かしそうですね。
「お……お嬢ちゃん……! どどど……どこから……!」
「城壁から飛び降りました。オジサマとのステキな出会いに感謝です!」
震える彼の手を掴み、その甲に軽くキスをします。
気分が高鳴っているからでしょうか? 仮面で素顔を隠しているからでしょうか? なんだかいつもの自分より晴々して、解放された気分です!
オジサマはいっそう驚き、その場に尻餅をつきました。彼はガチガチと歯を震わせながら、私に聞きます。
「お……お嬢ちゃんは魔法使いか何かかい……!?」
「いいえ、私はただの道化人形です!」
そう、私はご主人様が操る道化人形。人形と違うところは、そこに意思があるところ。
私の意思にしたがって、ご主人様は私を動かします。無数の糸に引っ張られ、道化人形は民家の屋根へと飛び上がりました。
仮面の下で笑い続ける私。まだまだ、これからですよ!
「ご主人様、真正面から行きますよ。どうせ最後は街中に知れ渡りますから」
『承知した。月と星が輝く夜道、心の限り楽しもうではないか』
王都の屋根を飛び移り、お城までまっすぐ突き進みます。
身体が軽い……屋根と屋根を飛び移るとき、空を飛んでいるかのような感覚でした。
月と星の光は私をお城へと導いています。まるで、「進めテトラ! 進めテトラ!」と口々に言っているかのようです。
世界が味方してる……
不思議な感覚……なんだろこれ……
民家よりも遥かに高いお城の屋根。いくつもの錬と塔がありますが、それらを飛び移って目的の場所へと向かいます。
両腕を広げ、遊ぶように飛び跳ねる道化人形。やがて、ひときわ高い塔へと足を踏み入れました。
そこは、茨に守られた眠り姫の部屋。私の物語におけるヒロインとなる彼女。
名はターリア・バシレウス。私の友達です。
「だれ……?」
「悪い悪い道化師……ですかね」
窓からの侵入。私はまぬかれざる客。
仮面で顔を隠し、誰も私を分からない。
ベッドから起きたターリア姫は、眠気眼でこちらを観察します。彼女を守る茨たちは混乱し、ふにゃふにゃと揺らめいていました。
寝起きで状況が分からない姫。ですが、すぐに自分が立たされた状況を理解し、その顔に焦りの表情を浮かべます。
「て……敵……!」
『来るぞテトラ』
瞬間でした。
揺らめく茨の蔓は真っ直ぐに伸び、半分は姫を覆い隠し、もう半分は鞭となって襲い掛かります。とても、幼い少女が放つ攻撃とは思えません。
だけど、読める……
読める!
私は心の異世界転生者。ターリア姫の恐怖心、侵入者に対する敵意。その全てが手に取るように分かります。
笑顔を崩さないまま、一本目の鞭を右に避け、二本目の鞭をしゃがんで回避します。そして、その場から跳び、姫のベッドへと飛び込みました。
彼女を守る茨たちは危機を察知し、一斉にこちらへと襲い掛かります。まるで意思を持った蛇のようですね。仇名す敵を食いちぎろうと、なまめかしく蠢いています。
「寝るの……邪魔しないで……」
「今夜はちょっと夜更かししましょう。ステキなショーを魅せてあげますから!」
攻撃は直線的。なら、こちらは曲線的にいきましょう!
姫の眠るベッドを囲うカーテン。それを掴み、ターザンロープのように使って回転します。茨たちは回転する私を追い、その場でグルグル巻きになっていきました。
攻撃に茨を使ったことにより、姫を守る植物の壁が薄くなります。私はカーテンを放し、その勢いのまま彼女に突っ込んでいきます。
「こ……来ないで……!」
ターリア姫は残る茨を集めます。そして、糸車の針のように尖らせ、私の喉元を狙いました。
ですが、既に相手の動きは予測済み。すぐに私はカシムさんから託されたナイフを取り出し、茨をさくっと切り裂いていきました。
「はわ……」
「一人目……突破!」
ご主人様の操作は良好! 右腕で姫を抱きかかえ、華麗にベッド上からさらいます。
片腕でがっちりと固定し、これで彼女は逃げられません。魔力を使い切ったのか、植物魔法による攻撃も放たれる気配はありませんでした。
この一戦による騒ぎを聞き、一人の兵士が部屋の扉を開けます。
おっと、ちょうど良かったですね。これで人を呼ぶ手間も、説明する手間も省けるというものです。
「ひ……姫! いったいなにが……!」
そりゃー驚くでしょうね。謎の仮面が大切なお姫様を抱えているんですから。
では、彼に現実を教えてあげましょう。今起こっていることが夢ではなく、本当に起こっているショーだという事を……
「カルポス聖国が姫君、ターリア・バシレウス。これより貰い受けます」
「何だと……!?」
見る見るうちに青ざめる兵士さん。そんな彼を尻目に、私は姫を抱えたまま窓から飛び降ります。
ありゃりゃ、結構あっさりいきましたねー。姫の誘拐。
窓から落下する間、彼女は目を丸くして一言も声を発しません。一方、私は気まぐれ笑顔のまんま、上機嫌でハイテンションです!
やがて、先ほどまで姫が眠っていた塔から、誰かの叫び声が聞こえます。
「侵入者だ……! 姫が……姫がさらわれたぞォォォ!」
この声が響くとき、すでに私は塔の真下へと着地していました。
さって、このままお城の外へとGO!GO!です! お城は大混乱、街中は大騒ぎ!
はい、全部ぜーんぶ計画通りです!
(無双まで)長かった。