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閑話4 情熱の堕天使


 最近、ベリアル卿が新しいおもちゃを見つけました。

 テトラ・ゾケル、東の国からの旅芸人で、どうやらある人形師のお弟子さんらしいです。

 フラウラの街で人形劇をやっていましたが、今は王室の宮廷道化師を任されている様子。勿論、それはベリアル卿の誘導によるものでした。


 私も一度、彼女に会っています。その時は、死にかけの盗賊を必死に庇っていましたね。

 話を聞くところ、職業柄アウトローな彼らと関係を持ち、その繋がりを尊重しての行為らしいです。もっとも、ベリアル卿はそれを嘘だと見抜いているようですが。


「テトラさん、彼女はどうにも同族の匂いを感じます。私はナルシストですから、かなりの好印象ですね」

「自分でナルシストだと言うのはどうかと思いますが……」


 自室にて、ベリアル卿はテトラさんの事を語ります。

 その話を聞く限り、テトラさんが異世界転生かどうかは不確定な様子。現状はただ面白いだけの人間といった様子ですね。

 ですが、ベリアル卿はそんな彼女すらも利用しました。自身の評価を上げるためには、国王の機嫌を取る必要があったのです。


「本当に彼女はよくやってくれましたよ。まさに感謝の極みです。これで、国王の懸念も解決し、仕事に精が入るというものです」

「仕事……?」


 私が疑問の声を漏らすと、彼は薄気味悪く笑います。


「ええ、聖国の拡大。軍事侵攻ですよ」

「なっ……」

「なにを驚きますか。私は大臣として、聖国が更なる大国になるよう行動しただけにすぎません。至極当然の判断ですよ」


 ぐうの音も出ない正論ですね。カルポス聖国は軍事国家、ここで進軍の手を緩める理由はありません。

 世は弱肉強食なんです。そういう世界という事で割り切るしかないでしょう。ですが、重要なのはこの後でした。


「テトラさんを紹介したことで、私の評価もいっそう高まりました。なので、こちらも王に対し、更なる助言を与えましたよ。モーノ・バストニ、彼の力を利用しない手はない。早急に戦場に出すべきだと」

「……ああ、そっちが本命ですか」


 ベリアル卿は以前、異世界無双がこの世界を破滅に導くと言いました。彼の出した助言はその理想に運ぶための一手だったのです。

 これは冗談ではなく不味いですね。ドラゴン退治で力を大々的に使ってしまったことが災いしましたか。モーノさんも兵士になることなど望んでいないはずです。

 ですが、彼も言いなりにはならないでしょう。大きな力さえあれば、権力など簡単に退けます。


「……彼は国の命令なんて聞かないと思いますよ。例え周りの人を人質にとられても、その力によって王を恐喝するでしょう」

「なるほど……これはあくまでも仮定の話ですが。もし彼が王を恐喝するような手段を取った場合、私はその事実を他の大臣や兵士長たちに確実な報告を行います。そして、こちらも仮定ですが……一冒険者相手に屈してしまった王に対し、一部の者は不信感を抱くかもしれません」


 再びベリアル卿は薄ら笑いを浮かべ、一枚のトランプを取り出します。それはスペードのエースでした。


「そうなれば反逆……革命……などと、少し考えすぎでしょうか?」

「ベリアル卿……貴方という人は!」


 これはやられましたね……

 モーノさんがどの行動を取った場合でも、この世界に血が流れるのは確実。そうなれば、最後に笑うのはベリアル卿という事になってしまいます。

 ですが、彼を止めることも裁くことも出来ません。なぜなら、ベリアル卿はたった一言、王に対してモーノさんの存在を教えただけ。大臣としての仕事を行っただけにすぎません。


 ベリアル卿は聖国が滅んでいいと考えているのでしょうか?

 大臣という隠れ蓑も、思い通りに動かしてきた武器も全てなくなってしまいますよ。そんなリスクを冒してまで、この国の崩壊させる意味はあるのでしょうか。


「貴方はここまで聖国を育てたはず。それが滅んでしまって良いのですか?」

「次期王、ハインリヒ・バシレウス。私は彼に良く思われていないようでして、次の世代になってしまうと少々面倒な部分があります。ならば、滅びという区切りがあっても、私としては一向に構わないところ」


 彼はスペードのエースを机の上に散らばったカードの山に落としました。すると、その一枚を残して他のカードは真っ赤な炎に包まれていきます。

 炎がいくら広がっても、スペードのエースは燃えません。燃えるのはその他大勢だけでした。


「せめて、最後は美しく燃えてほしい……」


 なんという存在なんでしょうか……


 自身は一切手を汚さず、悪事も一切働かない。ただ、最悪な結果になる一言だけを誰かに吹き込む。それだけでこの世界を戦乱に陥れてしまうのです。

 こんな存在、止める方法なんてありませんよ……こちらが悪人になることを覚悟で、強行策に出る以外ないじゃないですか。


 全てはベリアル卿の掌の上……

 いえ、止める方法はあります。それは国民すべての意識を変えることです。


「国民が聖国の拡大を望まなければ、自然と戦乱はなくなります。貴方の理想は叶わない」

「なるほど、それも素晴らしい。貴方がた人は善の存在へと進化しています。だからこそ、更なる戦乱が必用なのですよ」


 ベリアル卿は焦りません。世界が平和になるのなら、それもまた人の『進化』。

 彼が本当に求めているのは結果ではなく、そこまでの過程だったのです。


「世界が悲しみに満ちれば満ちるほど、人はもっと世界を良くしたいと願うはずです。何度も戦争を繰り返し、やがて貴方の世界は戦争や飢餓の被害を減らしてきたではありませんか。この異世界たる場所に、同じ歴史を望んで何が悪いというのです? 犠牲の先には進化という救済が待っているのでは?」


 第二次世界大戦以降、私の世界は急激に発展しました。

 人間の平均寿命は急激に伸び、戦争や飢餓による被害は着実に減っています。ゆっくりですが世界平和に近づいているのかもしれません。


 ベリアル卿の理想。それは私の世界で起きた歴史の再現。


 彼は異世界に世界大戦を起こし、人類を急発展させようとしている。人が好きな彼は、動乱からの進化を自身の目に焼き付けたいのでしょう。

 ベリアル卿は人類全てを毛色の違うネズミとしか思っていません。彼はそのネズミを愛らしく思い、その生態系を深く観察したいと思っている。だからこその混沌です。


「どこかの漫画で読みましたよ。真の悪とは自分が悪だと思っていないと」

「いいえ、私は自身が悪だと考えています。ただ、世界には悪が必要なものだとも考えています。そう、私はこの世界に必要とされているのですよ」


 大いなる主に背いたことで地に落とされた堕天使。必要とされているどころか、神に捨てられているではありませんか。

 いえ、待ってください。ベリアル卿が主に背く……?

 自ら手を汚すことを嫌い、戦いを避ける彼がそんなことをしますか……? この狡猾な男が、惨めな姿で地に落とされたのでしょうか……?

 違う……ベリアル卿がそんな存在とは思えません。


 彼はもっとどす黒い何か……

 例えば、世に存在する『悪』そのもの……


「あ……貴方は異端者です! 世界は貴方なんて望んでいません!」

「異端者? ならば、貴方がた異世界転生者はどうでしょうか? 自らの生まれた世界を否定し、別世界という幻想に逃げた存在。それも、死からの転生という世界のルールに反しての行為です。そんな貴方がたこそ、世の調和を乱す異端者ではありませんか」


 私は口を閉ざしました。言い返すことなど出来るはずがありません。

 机の上に落とされたスペードのエースは、炎に燃えることなく灰の上に残ります。どんな状況に立たされようとも、決してこのカードが傷つくことはありませんでした。

 これはベリアル卿の見せた皮肉。私たち異世界転生者は決してこの世界に調和することはないと……


「転生者だけではありません。貴方がた人は、力を手にすれば世界の美しい形すらも崩壊させる。死者を蘇らせ、過去を捻じ曲げ、実在しないものを作り出す。世の法則を歪めたうえで彼らは決まってこう言う。『大切なものを守りたかった』、『邪悪を決して許せなかった』と……」


 悪魔の言葉は次第に熱を帯びます。それは、いつもとは違う彼の素顔。


「詭弁ですよ。生命は果てるからこそ美しい! 過去は取り返せないこそ唯一絶対だ! その全てを歪めた上でなぜ正義面するかっ! 私から言わせてもらえば、そんな貴方がたこそが天地神明に誓う『悪』だっ……!」


 ベリアル卿の瞳は真紅に燃えていました。優雅に美しく見えて、彼のその本質は燃え上がるような炎。悪に対して絶対の美徳を持つ、情熱に燃える業火だったのです。

 私はこの悪魔を誤解していました。狡猾で冷酷で、人の心を持たない異形。そう思っていました。


 ですが、違います。

 恐らく彼は、悪魔の中でも極めて人に近い思考と感情を持っている。


 だから、強い。

 だから、人に取り入る。


 改めて、その危険性を再認識しました。 



 







 自室に戻った私は、情けなく項垂れます。

 完全な詰み。完全なチェックメイト。現状、ベリアル卿の野望を止める手段はありません。

 モーノさんに彼の存在を伝えることも考えました。ですが、それで事態が改善するとは思いません。知ったところで対処の方法がないのですから。


 なにより、一番情けないのは自らの保身を考えてしまう事。

 モーノさんに私の存在が知られたら、異世界転生者として不利になる。ベリアル卿の野望が実現したとして、私に大きな関係があるとは思えない。

 そんな身勝手な思考が拭い切れないのです。


 加えて、先ほど指摘されたこと……

 異世界転生者こそが調和を乱す異端者。


 私は言い返せなかった。確かにそうだって思ってしまいました……

 異世界なんて怖くない。怖いのは自分の薄汚さ……

 ただ、情けなくて……涙がこぼれて……


 そんな時でした。

 部屋のドアの下から、一枚の紙が差し込まれます。


「これは……」


 綺麗な便箋……間違いありません。これは手紙です。

 すぐに手紙に目を通しました。








 これは喜ぶべき、祝福のお知らせです。

 主は貴方と共におられます。決して恐れることはありません。


 貴方は死からの転生という禁忌を犯しました。

 ですがそれは、貴方が認められたからこその許容なのです。


 誇りを持ちなさい。貴方は選ばれたのです。

 前に踏み出しなさい。未来は輝きに満ちています。


 主の端女。ジブリールより……



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