52 これは戦いへの布石です
王宮の一室、キンキンと響くターリア姫の声。
私は耳を抑えつつ、彼女を宥めるアロンソさんを見ます。
「裏切り者……! テトラの裏切者ー!」
「姫様、落ち着きなされ。テトラ殿にも事情が……」
「うるちゃい! うるちゃい!」
今日、約束の日から二週間がたちました。結局、私はギリギリまで姫に任期を伝えられず、ご覧の通りのありさまとなってしまいます。
これは完全にやっちまいましたね。中途半端な気遣いは、余計に相手を傷つけるだけという事でしょう。謝って許してくれる雰囲気でもありません。
ターリア姫は完全に暴走しています。どうやら、先日のドラゴン襲撃に興奮しっぱなしのようですね。
「今すぐこの部屋から出せ……! あたちはドラゴンを倒したあの冒険者に会いに行くんだ! 城にいることは分かっているぞ!」
「モーノ殿は国王と謁見中だ! 姫様、我ままばかり言ってはなりませんぞ!」
おっと、ここで初耳の情報です。やっぱりモーノさん、ドラゴンを退治したことで注目が集まってしまいましたか。
まあ、こうなるのは時間の問題でしたね。冒険者としての地位も上がってるみたいですし、実力があれば当然地位の高い人に目を付けられます。
とりあえず、アロンソさんに詳細を聞きましょう。絶対、悪いことが起きると思いますから。
「謁見とは、王はどのような要件があるのでしょうか?」
「大臣殿の提案により、モーノ殿は騎士として徴兵されることに決まった。そのことを国王直々に話されているのだ」
あちゃー、ヤベーことになっちまいましたよ。まあ、当然そうなるんでしょうけど、これはもう止められませんね。
最初から分かっていたことです。人を超えた強大な力を持つ存在を周囲が放っておくはずがありません。それこそが異世界無双最大の弊害ですから。
これから、世界は大きく崩れるでしょう。間接的に、モーノさんの行為が悲しみをもたらすでしょう。
でも、させません。私がそうさせません。
燃え盛ったこの心は絶対に止められませんから。
玉座の間。その扉の前にて、私はモーノさんを待ち伏せします。
この二週間で私は王家に取り入りましたからね。無礼さえなければ、多少なりの自由は利くようになっていました。
私と顔を合わせたモーノさんは驚きません。それどころではないという雰囲気をひしひしと感じます。
ま、前回は助けてもらいましたし、お礼だけでも言いますか。
「この前はありがとうございます。あ、不法侵入じゃありませんよ。今は宮廷道化師として王宮で働いているんです」
「その恰好を見れば分かる。それに、この前は別に助けたわけじゃない。ドラゴン退治のとき、偶然お前がいただけだ」
あーそうですか。偶然ですか。ま、どっちでも良いですけどー。
好意で助けたわけじゃないっていうのなら、こっちも容赦なしに対応しますよ。しっかり釘を刺さないと、貴方は好き勝手やるでしょうからね。
現状、モーノさんがカルポス聖国に協力するのは危険すぎます。なんとしても、それだけは阻止しなくてはなりません。
「戦場に出るつもりですか? 貴方は強すぎます。犯罪者相手にその力を行使するのならば許容範囲でしょう。ですが、戦争には善悪の概念などありません。貴方が出しゃばって無双することは、無益な血が流れることを意味しますよ」
「悪いが俺の知ったことじゃないな。この世界は実力主義、力を持つ者が自由を手にするのは当然の事だ。均衡なんて考える必要はない」
転生者がこの世界を語りますか。京に従うってわけですね。
でも、私はもう従わないって決めました。例え貴方と衝突することになっても、私は全力で邪魔をします。
「そうやって、この先も殺して殺して殺し続けるんでしょうか。屍の山から見る景色はさぞかし絶景でしょうね」
「……俺は兵士にはならないよ」
私が皮肉を言うと、モーノさんは視線を逸らしました。恐らく、何か後ろめたいことがあるんでしょう。
兵士にならずに現状を解決する方法。まあ、あれしかありませんよね。力任せのモーノさんが考えることなんてお見通しです。
「王様を脅して自分の権威を示すつもりですね。貴方は国家転覆でもさせるつもりでしょうか」
「まさか……適当な見解はよせ」
分かりやっす。じゃあ、眼を見て話してくださいよ。
私は国王とも、その娘であるターリア姫とも親交を深めています。貴方の勝手な異世界無双によって、彼らの地位が脅かされるのは困るんですよ。
どうせ、王は戦争ばかりする悪い奴とでも思っているのでしょう。会って話して、その上でそう判断したというのなら、貴方の目は節穴です。
「かっこ悪いですねえ。散々、強大な力を行使した結果がこれですか。言ったでしょう、ここは貴方の盤上じゃない。能力だけで全てを思い通りに出来るとでも思いましたか? 自惚れも甚だしい。身の程を知ったらどうでしょうか」
挑発的な言葉で彼の本心を引き出します。さあ、怒って言い返してください! その方が私もやりやすいですから。
なんて思っていましたが、モーノさんは視線を深く伏せて唇を噛みしめます。そうでした。彼は私の相手をしている余裕がないほど、追いつめられているんでしたね。
私、結構酷いこと言っちゃいましたか……? 力の異世界転生者は強がるように睨みます。
「認めるよ。お前だったら、自殺したあの女は死ななかったかもな。だが、それがどうした。誰もがお前のように、器用に生きれるわけじゃない! 国を敵に回せば、俺が強くても周りの奴が殺される! こうするしかないんだよ!」
私は器用なんかじゃない……ただ、貴方より心が強いだけです。
私だって、貴方の持つ力さえあれば救えた人がいました。ですが、人には得意不得意があって、それは無いものねだりなんですよ。
貴方の力でも、私の心でも問題は解決できない。聖国はどんな手を使ってでも、転生者の力を利用しようとするでしょう。防ぐには本当に国家転覆以外にありません。
モーノさん、まさに八方ふさがりってやつですか。良いですね。解決し甲斐があるってものですよ。
「最後に一ついいですか?」
「なんだよ」
私を無視し、城を後にしようとするモーノさんを呼び止めます。そして、くだらない質問を一つしました。
「服黒いですけど、黒が好きなんですか? 白の方が似合うと思うんですけど」
「……は?」
「別に、言ってみただけです」
彼は変な奴を見るような顔をします。ですが、すぐにその視線を前に戻し、廊下の先へと歩いていきました。
そんな少年に向かって、聞こえないように言葉をこぼします。
「モーノさん、それが貴方の異世界無双ですか?」
皮肉のこもった笑み。誰にも聞こえない疑問。
私は一人、感傷に浸るのでした。
モーノさんが帰った後、私はすぐに玉座の間に入ります。
仕事の任期が終わりましたからね。国王にお別れを言わなくてはなりません。
彼は名残しいといった様子ですが、私がここに残っても意味はないでしょう。ターリアさんを本当に喜ばせるには、外の世界を見せる以外にないんです。
「国王様、私の劇によって姫を楽しませるのも限界でしょう。彼女は外の世界に憧れています。優秀な護衛をつけ、城から連れ出すことが特効薬だと言えましょう」
「なるほど……だが難しいな。優秀な兵士を配属させるべきか……」
王は容易く私の言葉を受け入れます。ここに来てから、何度も彼とお喋りしましたからね。それなりに取り入ってるつもりですよ。
だからこそ、無礼も承知で意見を述べます。なにも、政治に口を出しているわけではありません。あくまでも、宮廷道化師としての発言です。
「ご安心ください。運命の巡り合わせというものがあります。必ず、彼女のぴったりの騎士が、その身を守るために颯爽と登場してくれることでしょう」
「それはお前が演じる劇の話だ。そう上手くも行かんさ」
まあ、当然笑い話にするでしょう。理屈も何もありませんからね。
ですが、この言葉は心に残り続けるはずです。あとから効きますよ……それを狙っての発言なんですから。
「運命はありますよ。主は常に人々の事を考えておられます」
聖国が信仰する主さまをここで出します。すると、国王は途端に真剣な顔つきをしました。
そうでしょう。彼の名前を出したら笑い話にはなりませんよね。それで良いんです。
さって、これは仕込みは完了。あとは実行に移すだけでした。
全ての準備を終え、私は王都を歩きます。
すると、人ごみの向こうから一人の男性が歩いてきました。
「やあ、テトラ。覚悟を感じるステキな顔だね」
「ロバートさん」
冒険者といった風貌の彼。自称天使のヒーラー、ロバート・アニクシィさんでした。
彼は私のことをまじまじと覗き込み、眩しい笑顔を見せます。相も変わらずエロくて気持ち悪い人ですね……
しかも、なんか一人で納得しているみたいです。ほんと、何なんでしょうか。
「凄いな。人は少しの時間でこんなにも成長するんだね。ネビロスくんが没頭するのも分かっちゃうな」
ネビロスくんって、やっぱりご主人様の知り合いじゃないですかー!
はあ、もういいです。今は追及してる余裕ありませんし、大事な戦いが控えてますから。
ですが、振り回されるのも悔しいですね。今度はこっちから言いたいことを言ってやります。
「私、全部分かっちゃったんです。自分の役割とか。この世界に生まれた理由とか。そんなの初めからないって分かっちゃいました」
あれ? 私、なに言ってるんだろ……
そっか、怖かったからロバートさんに話したんですね。なんか、この人と話すと落ち着くんですよ。存在その物がアロマセラピーという感じで、ついつい本音を表に出してしまいます。
やがて、私は震えながらとんでもない事を口にしました。
「ロバートさん、私……死ぬかも」
あー、言っちまいましたね。これには彼も困惑するでしょう。
ですが、私の予想とは違い、ロバートさんは笑顔のままでした。彼は私の手を握り、いつもより少し真剣に答えてくれます。
「大丈夫だよ。キミが本当に正しいことをするのなら、きっとみんなが守ってくれる。誰もキミを死なせたりなんかしないんだ」
私の手を握るロバートさんの両手が光ります。
それは優しくて、温かくて……
天使さまのような光でした。
「はい、心が落ち着くおまじない。キミに幸あれ、テトラ……」
不思議な光と共に、再びロバートさんは姿を消します。それによって、ようやく確信しました。
彼、本当に天使さまだったんですね。人は見かけによらないものですよ。
まったく……




