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51 人類は皆道化でしょうか


 人は英知を持つ生物です。


 その知能故に、私たちは他の生物に勝利し、食物連鎖の頂点へと立ちました。

 凶暴な猛獣、あるいは獰猛なモンスター。人はそれらを恐怖の対象として処分の対象とします。では、立場が逆の場合はどうでしょう?


 シニカルに見ましょう。モンスターの立場で考えましょう。

 その上で、本当に私たちは正しい行為をしているという確証がありますか? 胸を張って自分たち人こそが絶対的な正義といえますか?

 恐らく、そこまで言い切れる人はそうそう居ないでしょう。


 ですがまあ、だからといって人類への脅威を放置していいわけじゃありません。だから、私の国では彼らを守りつつ、自分たちの生活を守るルールがあります。

 それは人間の傲慢ではありますが、環境を守るための努力と言えましょう。ストッパーの利かないこの世界とはまるで違います。 


 そんな別世界の知識を持ってこの世界に転生した私。

 そりゃー、納得できない事なんて腐るほどありますよ……









 今、私はお姫さま抱っこのまま飛行しています。


 ご主人様の腕の中、ふと空を見上げます。日はすっかり沈み、そこには満天の星空が輝いていました。

 街の光が弱く、空気が澄んでいるから星が綺麗なんですね。やっぱり、どうしてもこの世界を嫌いになれませんよ。


 風が気持ちいいです……悪魔に連れられ、ドラゴンの居住へ向かっているとはとても思えません。

 当然ですけど、悪魔という響きに良いイメージはありませんが。ご主人様は悪い人なんでしょうか……? 怖いですけど、やっぱり聞いてみます。


「悪魔って悪い存在なんでしょうか……」

「悪魔もそれぞれだ。仏の道では邪なる神を悪魔と呼び、聖書では主に背いた堕天使を悪魔と呼ぶ。他の宗教に滅ぼされた神も悪魔扱いされるだろう」


 女神バアル……彼女は聖アウトリス教に邪神呼ばわりされていましたね。全ては人の受け取り方次第という事でしょうか。

 私たち人間は、人知を超越した存在を神と呼びます。また、日本ではあらゆる自然に神が宿るとされ、西洋では主さまという絶対神が存在していると考えられていますね。

 そう、神様は星の数存在しています。恐らく、悪魔と名乗るご主人様も一種の神様だったのでしょう。


「ご主人様は元々神様だったんですか?」

「今でも私は魔神のつもりだ。神というものは存在ではない。人が信じ、その心に宿す信仰こそが神。それが悪魔であろうと、モンスターであろうと、あるいは人間であろうと、心から信じれは神となりえる。断じて、偽りの存在ではない」


 突然ですが、空飛ぶスパゲッティーモンスター教をご存知でしょうか?

 これは、「本当に神が人それぞれの心の中にあるのなら、空飛ぶスパゲッティーモンスターだって神だろ? 尊重しろよバカども」っていう心無いど正論です。

 まあ、私のような道化気質の捻くれ者は、喜んで空飛ぶスパゲッティーモンスターだって祭り上げちゃいますけどね。熱心な宗教家には腹の立つ話なのかもしれません。


 夜空を羽ばたきながら、ご主人様は神を語ります。それは先ほど戦ったドラゴンとも関係のある話しでした。


「かつてこの地は、竜を崇め竜と共に生きてきた。その雄々しくも美しい姿は自然界の王と称され、人々は彼らを神として崇め奉った」


 ドラゴンが神ですか……昔の人にはそう映ったのかもしれません。

 第一印象、怖いとかそんなのじゃなくて、私はあの竜をカッコいいと思いました。それは人を襲うドラゴンのイメージを別世界から来た私は持っていなかったからです。

 この世界で起きた竜との衝突が、恐怖のイメージを作り上げたのでしょう。どうやら、ご主人様はそのことを言いたいようです。


「だが、時がたつにつれて信仰は失われ、やがて竜は単なる害獣となる。加えて、その角は武器の材料となり、その皮は防具となり、その肉と血は薬となった」

「なんの話ですか……?」


 話の本筋が見えてきません。つまり、彼は何を言いたいのでしょうか。

 よく分からないまま、私たちは目的の山まで近づきます。ここには私の追い求めていた真実があるはず。そう思って、わざわざここまで来たんですから。

 ご主人様は険しい表情をしつつ、翼を畳んでいきます。いよいよ、着地するみたいですね。


「しかと見ろ。これが人間の自由によって行きつく先だ」


 私とご主人様は山頂へと足をつけます。そこに広がっていたのは、私の想像とはかけ離れた光景でした。

 抉れた地面に崩れた岩壁。焼け焦げた草花になぎ倒された木々。そして、極めつけに骨となったドラゴンの亡骸。ここで何らかの戦闘があったと推測できます。

 一度や二度ではなく、つい先日起きたものでもありませんね。恐らく、頻繁にこのような戦闘が起こっていたんでしょう。まったく状況が分かりません。


「なんですかこれは……いったい何が……」

「言っただろう、ここは天然のダンジョンだ。冒険者はこぞってこの山に挑み、成功者は大きな富を手にする。特に価値の高いものは、高い効力を持ったドラゴンの『部位』だ」


 部位……ようやく、私はご主人様が言いたいことを理解しました。

 そう、ドラゴンは高く売れます。ドラゴン自体がダンジョンを攻略した者が得る利益だったのです。

 私の心は暗雲に包まれました。ですが、それでもご主人様の後に続き、竜の居住を突き進んでいきます。どうやら、まだ何かあるみたいですね。


「さあ、テトラよ。これがお前の望んだ真実だ」


 石のでこぼこ道を進み、やがて巨大な岩壁にたどり着きます。生物が隠れるにはもってこいの岩陰。そこで、もぞもぞと動く何かを私は見つけてしまいました。


「きゅう! きゅう!」

「う……あ……」


 それは、ただ一匹残された小さなドラゴン。まだ人の事を知らないのか、無邪気にもこちらに口を開けてエサを求めています。

 高価なドラゴンの部位……低地へ降り立った雌の竜……そして、取り残されたドラゴンの子供……


 繋がってはいけないものが繋がってしまいました。


 こんな理不尽な話があってたまりますか……私は落胆し、その場に膝を落とします。

 ですが、ご主人様は冷徹に事実を語るばかり。私に手を差し伸べることはありませんでした。

 

「冒険者が竜の住処を荒らし、居場所を追われた竜は人里へと降り立つ。死んだあの竜、恐らくは子の食料を求めていたのだろう」

「なんですかそれ……全部……全部身から出た錆じゃないですか……!」


 高地に立てば、帰らない母を呼び続ける子竜。下界に下りれば、ドラゴンへの勝利に歓喜する街。

 どこの世界でもそうですよ。勝者は持ち上げられ、敗北者は苦汁を味わうんです。これがこの世の真理。至極当然の事でした。

 私は作り笑いをしつつ、脱力した体を無理やり立たせます。そして、優しくドラゴンの子供に歩み寄っていきました。


「ごめんなさい……貴方のお母さんはもう帰ってこないんです……でも、大丈夫です! 私が貴方を育てます! そうですよ! これから一緒に暮らしましょう!」

「テトラよ……それは人間の傲りだ」


 ご主人様の指摘、それは紛れもない事実です。

 私が近づいた瞬間でした。子竜は母以外の存在を警戒し、その小さな翼を広げます。


「きゅう! きゅう!」

「あ……」


 懸命に翼を羽ばたかせ、ドラゴンはその場から走り出しました。

 恐らく、彼にとって初めての試みでしょう。何度も飛び跳ねつつ助走をつけていきます。やがて、小さなドラゴンは大空へと飛び去っていきました。


 遥か遠く、雲の向こうへと消えていく竜。私はそれを呆然と見つめる事しか出来ません。

 ただ悔しくて仕方ありません。八つ当たりをするかのように、ご主人様を問いただしました。


「ご主人様は知っててモーノさんを止めなかったんですか……」

「止めてどうする。街民が食い殺されるのを嬉々と見ていれば良かったか?」


 ぐうの音も出ない正論です。本当にどうにも出来なかったのです。


 それこそ、チート異世界転生者であるモーノさんの実力をもってしても……


「あっちが立てばこっちが立たない。人類とはまさに道化の極みではないか。そのような愚かな存在を目にし、まだお前は人が好きと言い張るのか?」


 突然、ご主人様は私を見下すように問いただします。その赤い瞳はまさに悪魔が持つに相応しいものでしょう。

 初めて、彼に対して恐怖の感情を抱きました。いつもは惚けて、理解不能なことばかり言っていますが、ご主人様は間違いなく悪魔だったのです。

 でも……それでも、私は大口を叩きますよ。だって、それが私のアイデンティティーですから。


「確かにそうかもしれません……でも、変わりますよ。人は変わります! 私はこの世界でたくさんの優しさに救われたんです! たくさんの勇気を貰ったんです! それを前にして、愚かだなんてとても言えません!」


 目前の悪魔に向かって、私は強く言い放ちます。


「だから、胸を張って言います。それでも私は人が好きだって!」


 私の言葉を聞いた瞬間、ご主人様の顔がほころびます。

 そして、今まで見たこともない優しい顔で微笑みました。


「そうか……テトラよ。その言葉を期待していたぞ」

「あー! ご主人様、また私を試しましたね!」


 まーた、私の意思を確かめましたか! まったく、何をたくらんでいるか知りませんけど、疑い深いものですね!

 私は絶対にご主人様の期待に応えます! 確認なんて必要なし! 大絶賛請け合いです!

 心が晴れてきました。そうですよ! 私はこの世界で何をすべきか、答えは以前から出ています。あとは実行に移すだけの話ですよ。

 ご主人様は問います。どうやら、彼にも私の動向は分からないようですね。


「テトラ、戦うのか……?」

「そうですね。異世界転生者の無双によって、世界が歪んで誰かが悲しむのかもしれない。だから、私がその代償を支払うんです」


 たぶん、もう直接対決は避けられない。

 運命の鐘が鳴りました。決定的な切っ掛けがあれば、すぐに舞台が幕を開けるでしょう。


「私の世界では、一人の人間が奴隷を解放すると宣言しただけで、世界は大きく変わりました。彼のような偉人にはなれないかもしれない……でも! それでも私は心に訴えかけます!」


 心臓が鼓動します。

 心が燃え盛ります。


 今、このテトラ・ゾケルは戦いを覚悟しました。


「だって、私は心の異世界転生者ですから!」



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