44.近衛騎士団長の祈り
すみません久しぶりの投稿ですm(__)m
深夜、漸く筆を置いたリュスタークが寝室に消えるのを見送って、セヴェリは扉番を交代して7階にある自室へと戻る。深夜の廊下は不気味なほどに静かだ。6階を出れば絨毯もなく、カツカツと軍靴を響かせながら静かな階段を登る。
主人であるリュスタークが不規則な生活を送るため、セヴェリとアークは王族の住まう南棟の7階に、仮眠室と称する自室を与えられていた。もちろんセヴェリは訓練所のある軍事棟に、アークは官僚の住まう官僚棟にそれぞれ部屋を持ってはいたが、そちらに戻るのはせいぜいが休暇の外出の折に荷物をまとめに行くくらいだ。
アーク不在の間、自室に戻ることも出来なかったリュスタークは、漸くここの所自室で休むことができるようになったようだった。キリをつけたはずの書類を何故か持ち帰り、自室に戻った後もしばらく机に向かっているにしても、である。
往復で1時間半前後かかる執務室への往復時間を、仮眠室での休息に当てなくても住む程度には仕事が減ったのか、減らしたのだろう。
それが婚約者の顔が見たいという、これまでのリュスタークからしてみれば随分と可愛らしい理由だったとしても。
セヴェリは、毎朝執務室に行く前に婚約者の部屋を訪れるリュスタークを思い出して、くすりと笑みを漏らした。
当初どうなることかと見守っていた二人は、日を追うごとにその距離を縮めているようだった。タハティ公爵に口止めをされた時にはもどかしい思いもしたが、緩やかに歩み寄る二人を見ていれば、これで良かったのだとも思えた。
ずっと見守ってきた主人が漸く幸せになれるのだと思えたその矢先、明らかに態度の急変したその婚約者の態度に、セヴェリ自身も戸惑いを隠せなかった。リュスタークに指示されるまでもなくその理由を調べようと手を尽くしはしたが、結局それは徒労に終わり、主人の憂いを払うことはできなかった。
その上、急展開を見せた事件の調査と後始末に手を取られ、話をする時間を作ることさえできなくなる始末。日々苛立ちの募るリュスタークの取り調べが厳しくなったのは、ヤルヴァ子爵令息には災難であったが、それに恐れをなし軽くなった口は、探査方には僥倖であった。進む取り調べに更に忙しさが加速したのは、これも自業自得と言うべきか?
セヴェリは苛立ちを募らせていたリュスタークの孤独に想いを馳せる。
リュスタークは、現在の王室の仲の良さが奇跡と思えるほど、放置された子供だった。
あの頃―――
セヴェリ・リク・ペルトニエミが近衛に配属されたのは15の時だった。
それから半年の見習いを経て国王陛下の近衛騎士団に配属されたのは、実力というよりは伯父が陛下の近衛団長を務めていた為だろう。その伯父に近衛の何たるかを叩き込まれていた時、イスファン国に慶事が起こる。実に、15年ぶりの、王子の誕生だった。
そして凶事も。
後にセヴェリの主人になるリュスターク・ラ・クレメンテスは、実に愛らしかった。金の巻き毛に空色の瞳。無邪気に笑う様が、周囲の者を惹きつけて止まない、そんな赤ん坊だった。その、家族以外は―――
リュスタークの不幸は、生後3日で母親を失ったことだろう。
王と王妃は王族には珍しく仲の良い夫婦だった。王妃を失った王の悲しみは如何許りか。
しばらく、仕事に逃げた王に顧みられる事の無いままに、リュスタークは日々成長していく。
王太子が丁度仕事に慣れ、重要な仕事に関わり始めた頃だった事。次兄が丁度出仕を始め、環境に慣れることと仕事に忙殺されていた事。それ等が重なった事もリュスタークの不運だったのだろう。親にも兄弟にも顧みられることの無いままに育ったリュスタークは、親兄弟を知らぬままに日々を重ねていっていた。
子供が子供らしく在れる年月はとても短い。
リュスタークはそれが殊に短かったようにセヴェリには見えた。
親の、家族の愛情を求めて一足飛びに大人にならざるを得なかった子供。それがリュスタークだった。
城の者達は確かにリュスタークを大切にはしたが、其れはあくまで臣下としてのそれで、家族の、親が子に与える無条件の愛情ではなかった。漸く王が我が子を振り返った時には、既に三年の年月が流れており、おずおずと伸ばされた手がきちんとリュスターク本人の心に届いたのは更に年月が経った後だった。
その、無条件の好意を、最初にリュスタークが受け取ったのが幼い日の出会いの時だった。
リュスタークが3歳の折にリュスターク付きの近衛を拝命し、大抵その傍らにあったセヴェリだったが、砦への追従からは外れていた為、残念ながらその出会いや積み重ねた時間を知ることはできない。だが、戻り、少女の事を話すリュスタークの顔には、久しく見なかった子供らしい笑顔が戻っていた。父王から貰ったという祖父の形見の指輪を少女に渡したとの話には、流石にそれを大切にしていた事を知っていた面々は一様に驚いていたが、随分と明るくなったリュスタークの様子に、何処か胸を撫で下ろしてもいた。
欲しがりながらも手を伸ばす術の分からなかった愛情に、漸く手を伸ばせたのもこの後だった。
ここからの4年はセヴェリにとっても早かった。
老齢のエサイアスが砦への行程で撒かれてしまったため、常にその傍らに侍ることになったのも、これまで以上に努力をするリュスタークとの絆が深くなったのもこの頃だ。
成人して2年。漸く国境の砦への要員に紛れることができたリュスタークは、久々に少女に会える喜びに浮かれていた。それがすぐに驚愕と焦燥に変わるとも知らずに―――
『覚えていてくれてるだろうか…』
到着後、休みもせずに訪れた茂みには久しく人の訪れた様子もなく、少しの落胆と共にロズウィルの方角を見やるリュスタークの呟きには、微かな不安が滲んでいた。
不安はすぐに的中する事になる。
訪れたロズウィルには少女の足跡すら残されていなかったのだ。
幸い幾度か一緒に遊んだという子供達を見つけることはできたが、その内の何もその後の少女の行方を知らなかった。
いつの間にか姿を現さなくなったという少女が、その後現れることはなかったという。
不審に思わなかったのかと問えば、彼らはよくあることだと笑う。
ロズウィルはそこそこ大きな国境都市だ。親の商売について回る子供は決して少なくない。
見知らぬ子供が仲間に入るのも、いつの間にか居なくなることも、さして珍しいことではなかった。
落胆の内の役目を終え、王城に戻ったリュスタークは、その後度々城を出奔するようになる。一月程もすれば何食わぬ顔で戻るのだが、その間一切音信不通となる為、近しい者の心配は一方ならぬものがあった。
任される仕事量が増えていったのはこの頃からだ。
ここ一月余りの殺人的な忙しさはさて置き、元々リュスタークの仕事量は決して少なくはない。
本人は軍属と言って憚らないが、実際のところは無位無冠だ。特にどの軍に席があるわけでもなく、どこの省に席があるわけでもない。盗賊が出たと聞けば剣を取り、官僚の仕事を回されればそれすら熟す。小競り合いや睨み合いに駆り出されるにしても、将軍の傍らにはあったが何れの命令系統にも組み込まれず、状況に応じて数人から2〜300人ほどの手勢を借り受けての遊撃が主な活躍の場であった。一兵卒から一官僚。中間管理職や参謀の真似事まで、何でも熟すが何者にもならない。
その仕事の仕方は、王族でありながらも気まぐれに姿を消し、放蕩者を自認するリュスターク自身の一種の謝罪の様なものだったのかもしれない。
徐々に増えていった仕事量は、仕事を完遂してから出奔する事に早くにシグルドが気づいたからだ。与えられた仕事が多岐に渡るのは、苦手な分野が当たればそれだけ王城に留めておけるとの意思が働いていたから。残念ながらどれも熟してしまったリュスタークの使い勝手の良さに、結果、増えた仕事が減らないという事態に陥ったわけではあるが。
きっと明日になればまた書類の山が執務室に積まれているのであろう。
アークの戻った翌日、久しくリュスタークの眉宇に漂っていた暗い苛立ちが、漸く晴れたかのように見えた。
問題が解決したわけではなさそうだったが、リュスタークはその婚約者との時間を取るべくせっせと仕事に邁進している。
セヴェリはリュスタークの想いの成就を願いながら、潜り込んだベットの中で静かに目を閉じた。
願わくば、抱えた秘密が早く秘密でなくなるよう、祈りながら―――
立てた計画通りに二人が動いてくれず色々と辻褄合わせに手間取りました。orz
立てた計画が大雑把過ぎたのが敗因なのですが…
もう少しで完結の予定です。
もうしばらくお付き合いくださいませm(__)m




