21.指輪の欠片
自室に戻ったリュスタークの机には、今日も今日とて未処理の書類が山積みで……
「一度くらい、仕事の乗ってない机を見てみたいものだな」
部屋に戻ったリュスタークは、呟きながら一番上の書類を引き寄せた。
軍部に身を置き、その実無役の第三王子の公務など、本来たかが知れていたハズだった。実際訓練こそ仕事の時期とて確かにあったのだ。
「同感ですね」
「将軍職も拝命した事だし、徐々に返せないものかな」
訓練と称して城を飛び出すリュスタークを城に縛るため、徐々に増えた仕事だったが、婚約が決まって以降も、婚約者が城に着いてからも、一向に減る気配はなかった。否、予想通り、顧問と大将軍からの仕事が明らかに増えていた。
「ベルガ川の件でさらに増えてますしね」
「新人二人は使えそうか?」
「まだ様子見ですが、一人は明らかに無理ですね。内務には向いてません。視察の前には移動させるつもりです」
リュスタークは眉根を寄せる。
「そうか。入れ替えの目星はついてるのか?」
「まだですが、先日工務からの書類にいいのがあったので、あったってみようかと」
「任せる。二人で足りなければ言ってくれ。交渉する」
「はい。でもまぁ、とりあえずは二人が確定してからで」
「だな」
リュスタークは軽く笑って次の山に手を伸ばす。
数枚の紙が束ねられたそれは、会議の報告書だった。しばらく、書類を繰る音とペンの滑る音だけが部屋を支配する。
どれほどの時が経ったのか、ギッという椅子の軋む音にアークが顔を上げれば、椅子の背に仰け反るようにして、目頭を揉む主がいた。
「気分転換に紅茶でも淹れましょうか?」
「そうだな…いや、たまには私が淹れよう」
頼みかけ、リュスタークは思いついたようにいそいそと席を立った。
「え?…や…待っ俺が淹れますから!!」
アークが慌てて後を追う。
「遠慮するな。今日は濃いのが飲みたい気分だし」
「濃く淹れますし!主のあれは紅茶とは言いません!!」
「失礼な。茶葉に湯を注げば紅茶だろう」
「紅茶に失礼です!」
アークはすでに紅茶の葉を入れられたカップを取り上げる。
そう、マグカップを―――
王城では、侍女かアークの淹れたきちんとした紅茶を飲んでいるリュスタークだったが、自分で入れる時はティーカップではなく少し大きめのマグカップに直接茶葉を入れて湯を注ぐ。
―――あれは紅茶ではない!
アークは強く思う。
湯を注いだ後軽く混ぜ、茶葉が落ち着いたのを見計らって上澄みを飲むそれは、すでに紅茶とは別物の味がした。
一度うっかり飲まされて以来、リュスタークには絶対淹れさせないと誓ったアークだった。
「ほら、座っててくださいよ」
不満気な主を追い立て手早く準備する。
「で?」
窓辺に立つリュスタークに紅茶を渡しながら先を促す。
「うん?」
「リディアンリーネ嬢とはどうなんです?」
「ぶっ…!……おま、…直裁な…」
思わず吹き出しそうになった口元を押さえて、恨みがましい目でアークを見やる。
「いえ、協力は惜しみませんよ?」
「それはどうも」
「信じてませんね?」
「いや?すでに協力してもらってるし」
口角を上げるリュスタークにアークは居住まいを正した。
「殿下」
「どうした」
真摯な表情のアークに、リュスタークは笑みを消す。
「一度きり、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「……言え」
訝しげに眉を寄せ、先を促す。
「リディアンリーネ嬢の事はどうされるのですか」
「大切にしようと思っている」
「ロスガルドの…」
「ロスガルドの姫でも令嬢でも…リンでないなら私には誰でも同じだ」
「殿下」
「誤解するな?誰でも同じだが、誰でも大切にしたいと思えるわけではない」
ふと、右手を見下ろせば、昼間抱き寄せたリディアンリーネの温みが蘇る。
「健気で一生懸命で素直な彼女が、婚約者で良かったと思ってるよ。…私の唯一だ。ちゃんと大切にする」
リュスタークは机に歩み寄り、その抽斗から白い布を取り出すとアークに渡した。
「殿下?」
「アークが心配しているのはそれだろ?…処分していい。……もう、探さない」
布を開くと中から小さな葉が出てくる。
あの日見つけた少女の足跡―――
「殿下!」
「お前さっきからそればっかりだな」
揶揄するリュスタークはどこか苦しげで、それでもくすりと小さく笑った。
「最後にちゃんと探せた。それでいい。もう…探さない」
思いに鍵をかけるように繰り返す。
「最後までお味方できず申し訳なく―――」
「それも、もういい。お前は間違ってない。最後のあがきに付き合わせて悪かった」
思い切るように目を閉じ、再び開いた目には人の悪い笑みが浮かんでる。
「私のことより、お前はどうなんだ?」
「は?」
「肋にヒビで、誠意は延期なんだろ?」
「はぁ、まぁ」
「他の誠意を見せておいた方がいいんじゃないのか?」
「まぁ、そうなんですが」
「仕事もひと段落してるし、会いに行ってこいよ」
「こんな時間じゃ夜這いですよ」
「なんだ?侍女の一人も懐柔してないのか?」
「誠意を見せる時間じゃないでしょう」
「…じゃぁ、もう一案」
ピンと弾かれた何かを空中でキャッチすれば透明な緑色の石。
「特別給与。小さいけど指輪くらいにはなるだろう?」
「これは?」
「エメラルド。内包物が入ってないから、エメラルドだと思われなかったみたいだな。ベリル程度の値段で出てた。それで指輪でも仕立てれば?」
早く行けとばかりに追い立てるように追い出す。
「店はもう閉まってますから!」
追い出されながら気遣わしげな視線をよこすアークを、しっしとばかりに手を振り追い出すと、リュスタークは静かに扉を閉ざす。
小さく硬質な音を立てて閉まった扉の向こうで、リュスタークは一人それに背を預け、天を仰いでいた―――




