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3話 業務連絡、シリアスさん至急本編にお戻りください

 「申し訳ございません。本来ならばアリサ様が応対するべきなのですが……、なにやら“オトメゴコロ”とやらの問題らしく……」



 豚人オークの軍勢を撃退したその翌日。服を着替え、城の客室でコーヒーカップを片手にくつろぐ大男――馬坂雷太に頭を下げるローザ。


 ローザが彼に助けられたあの後、飛び込んできたアリサは『みぎゃああああああああぁぁ!?』などと、16年もの付き合いになるローザが初めて聞く、女性として発してはならぬ声をあげて逃げ出したのだ。


 絶体絶命の危機を助けてもらった恩人に対して逃げるとは何事だと、ローザを始めとしたベラヤリカーに残された重鎮一同が引っ張り出そうとしたのだが、“オトメゴコロ”の問題と主張する彼女は頑として彼に会おうとしない。


 そんなこんなで文官たちが戦後の処理を慌しく行う中、書類仕事が苦手なローザが雷太についておよそ半日。外はすっかり夜の帳に包まれている。



 「普段はこんな非常識な事など間違ってもしない、極めて理知的で有能な方なのです」



 「ああ、仕事中の明理紗ありさが真面目なことはよく知ってる。しかし、乙女心ねぇ……。明理紗にそんなものがあったとは思わなかったな。乙女心じゃなくて漢心オトメゴコロの間違いじゃないのか?」



 だが特に気分を害した訳でもなく、むしろ面白がるように雷太は答え、コーヒーカップの中身を一口飲んで目を細める。



 「……懐かしい味だな。よく、おばちゃんの味をここまで再現できたもんだ。……これもあるし、久しぶりに明理紗の『みぎゃー!』が聞けたんだ、いくらでも待つよ」



 彼の持つコーヒーカップに注がれているのは、これもアリサが作り上げた“タンポポコーヒー”という、ベラヤリカーの特産品だ。


 材料は栽培が容易……というか、どこにでも生えているタンポポ。製法も、灰汁抜きをして刻んだ根っこを天日で干し、焙煎して煮出すだけの簡単なもの。


 だが、ほんのわずかな火加減や干し方、前処理の差でまったく味が変わり、この味が出せるのはベラヤリカーでもアリサの指導を受けた、ごく一部の店や職人だけである。


 その味を懐かしいと言い、アリサに対して親しげな様子を見せる彼に、ローザは首をかしげる。



 「ライタ様はアリサ様とずいぶんと親しいように見受けられますが……どのような関係か、お伺いしてもよろしいですか?」



 「……ちょっと説明しにくいな。詳しい話は明理紗から聞いてくれ、アイツなら上手く説明してくれると思う」



 「…………そうですか」



 色々と聞きたい事はあるものの、そう言われては問いただすことなど出来るはずもない。


 観念し、ローザは自分が着ている衣装を一瞥すると、小さくため息をついた。


 今ローザが着ているのは、アリサが『らいちゃんの所に行くなら、これを着てって!らいちゃんってば、この格好が大好きだったから!!』と押し付けられた一着である。


 それは黒いレースやフリルに飾られた、いわゆるゴシック&ロリータ風のミニスカメイド服。


 アリサが彼の好みを知っている以上、ライタからの一方的な関係ではなく、アリサの方から見てもそれなり以上に親しい仲なのは間違いない。


 が、抵抗空しく無理矢理この格好をさせられたローザを前に、『大丈夫!黒セ○バーみたいで可愛いよ!!』などと言い放ったアリサに対し、言いたいことが山ほどあるのも確かである。


 …………たとえば、黒○イバーってなんやねん、とか。


 そもそもアリサと16年もの間、姉妹のように過ごしていたローザがライタという人間のことを知らないのだ。アリサの20才という年齢を考慮しても、どこで彼と友人となったのか見当も付かない。


 そして、何故ゴスロリメイドなのか。何よりも、何故アリサはローザにぴったりのゴスロリメイド服を持っていたのか。


 現状の訳の分からなさに思わず現実から逃げたくなるが、脳内ではアリサが『戦おうよ!現実と!!』などと無駄にいい笑顔で親指を立てサムズアップしており、その幻影が彼女の現実逃避を許さなかった。



 「でもさ、お嬢ちゃんも災難だな。その格好って明理紗の趣味だろ?昔、ドヤ顔で可愛いでしょ、なんて言われたのを否定できなかったから、アイツすっかり調子に乗っちまってなぁ……」



 「なにやってんだアリサ姉ー!!」



 ライタの言葉に、思わず普段被っている猫を投げ捨てて叫ぶローザ。


 知らなかった方が良かった情報を知らされ、


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 こんな感じに打ちひしがれる彼女の所に使いの人間が来たのは、その直後のことであった。



 「失礼致します、ライタ様。アリサ様が、改めてお礼を申し上げたいと……おい、ローザ。なんつー格好してるんだお前。パンツ見えてるぞ」



 「うるさい、ちょっと黙ってて」



 ノックをして部屋に入ってきたルイプキン副中隊長……、黒百合騎士団の第4中隊の副長でもある“剣の加護持ち”。そしてローザの幼馴染みにして兄貴分の呆れたような声に、八つ当たり気味にそう返してから深呼吸をして立ち上がる。



 「……で?まさかアリサ姉ってば、お礼を言いたいからこっちに来いって言ってるの?街の恩人に対して、ずいぶんな扱いじゃない」



 「んー。別に、そんな細かいことを気にはせんよ」



 「ライタ様はそうおっしゃいますが、普段はこのような失礼なことは厳禁だと、他ならぬアリサ様がおっしゃっているのです。個人的な友人だからといって、特別扱いするのは筋違いでしょう」



 「本人がいいって言ってるんだから問題ないって。そもそも遠慮するような仲でも無いし、明理紗のことだ。どーせ何か、悪戯でも企んでるんだろ」

 


 言うが早いか、ライタは部屋を出て歩き出す。


 そして彼を一人で行かせる訳にもいかず、ローザとルイプキンはすぐさまその後を追う。



 「えーと、明理紗が昨日いた、あの部屋でいいんだよな」



 「はい、そう伺っております……我が主のご無礼、どうかお許し下さい。そして昨日は私たちの部下を助けていただいた事、重ねてお礼を申し上げます」



 「あー、もうエゴロフ中隊長からお礼の言葉は貰ってる。明理紗の事も気にすんなって。あんたらもアイツの部下だけあって、本当に頑固だな……」



 ちなみに昨日の戦いの折、雷太はローザを助ける前に、上位豚人ハイオーク5匹を含む城下町に攻め入った“加護持ち”の豚人オーク18匹を一人で片づけており、孤軍奮闘していた黒百合騎士団の第4中隊の面々は、そのほとんどが無事に救出されていた。


 そして3人で歩くこと数分。領主であるザイツェフ辺境伯の執務室に隣接した一室に到着する。



 「失礼致します。ライタ様をお連れしました」



 「ええ、入って」



 アリサの言葉を受けて部屋へと入る一同。


 その言い方にローザは額に浮かべた青筋を太くし、文句の一つでも言ってやろうと部屋の主を探し――、そして思わず、見惚れてしまった。




 月明かりが照らすバルコニーの上でたたずむ一人の少女。


 普段は着付けに掛かる時間がもったいないと、飾り気の無いワンピースしか着ない彼女が身に纏うのは、王都でしか買えない最上の布地をふんだんに使ったドレス。


 だが、その豪奢なドレスも少女の美しさの引き立て役にしかならず、主役の座を彼女自身に譲っていた。


 頭の上には小ぶりなティアラが乗せられている。


 小人ドワーフの熟練工の手によるものであろう、白銀に輝き繊細な模様が刻まれたそれは金糸のような髪と絶妙な調和を見せ、いろどりを添えていた。


 化粧など滅多にしない彼女の唇に、薄く紅が差されている。


 たったそれだけの事で彼女の可憐さに華やかさが加わり、その美貌を完璧なものに変えていた。


 そこに居たのは、優しく、賢いが、少しズボラで、どこかズレている、ローザの愛すべき姉貴分のアリサではなかった。


 そこに居たのは、誰よりも美しく、何よりも可憐なベラヤリカーの美姫、『白の賢者』あるいは『癒しの聖女』と称えられるアリサ・ベラヤリカーその人であったのだ。




 「ようこそいらっしゃいました。わたくしはザイツェフ辺境伯よりベラヤリカーの名代を仰せつかっている、アリサ・ベラヤリカーと申します。街の窮地を救っていただいたこと、深く感謝いたします」



 彼女の言葉をローザとルイプキンは心ここにあらずといった感じで、そして雷太は『なに言ってんだ、コイツ』と言わんばかりの顔で聞いている。



 「このような美しい夜に、お礼を申し上げることのできる幸運を感謝せねばなりませんね。――ああ、気付きませんでした。今夜は、こんなにも……」



 「…………月が綺麗だ?」



 アリサの言葉に合わせ、生前に明理紗が好きだった某同人ゲームの台詞を口にする雷太。


 その言葉を聞いたアリサは軽やかに微笑み、ぽてぽてと彼に向けて歩いて来る。


 さらに、ていっという掛け声を上げてジャンプ、彼の体にしがみついてよじ登り、肩の上にちょこん、と座って口を開いた。



 「じゃあ、殺すね。やっちゃえ――」



 「……馬坂バーサーカー?」



 「……………………」



 「……………………」



 しばしの間、一同に広がる沈黙。


 だが、その沈黙は長くは続かず――、



 「やっぱり、らいちゃんだー!!」



 「人を丸一日待たせて、やりたかったのがコレか!?」



 「なによー、悪い?20年ぶりの再会よ!なにか小ネタの一つでも挟まなきゃ、わたしの芸人魂オトメゴコロが許さないわ!!」



 「ちょっと待て、明理紗よ。お前、今なにに“オトメゴコロ”ってルビを振った!?」



 「むー、それをわたしの口から言わせる気?……ああ、わかった。らいちゃんはこっちの方が良かったんだ…………『お前は本当にらいちゃんかー、本物なら、これが出来るはずですー。ス○リングマンにやられた、ウ○フマンの真似―』」



 「死ぬわ!!」



 雷太の肩に座ったまま抱きついて、嬉しそうに、そして心の底から幸せそうに話すアリサと、なんだかんだ言いながらも目を潤ませ、楽しそうに話す雷太。


 そんな2人の様子をハニワのような顔で見つめ、思わず思考停止していたローザとルイプキンが我を取り戻したのは、その数分後の事であった。






 「えーと、アリサ姉……アリサ姉ってば!」



 「ん?ちょっと、なによローザ。久しぶりの夫婦水入らずの会話を邪魔するなんて、馬に蹴られても文句は言えないわよ?……行け、らいちゃん!スモウキックだ!!」



 「待てや明理紗。誰が馬だ、誰が」



 「そんなの一人しかいないじゃない。名前もそうだけど、なにより、らいちゃんのって馬並みだし」



 「まあ、そりゃあそうだが……いや、それはともかく、俺に蹴りを使えっつーのか?“蹴返し”も“二枚蹴り”も、かれこれ10年は使ってないぞ?……そもそもこの20年、誰かさんとの『100回優勝できる力士になる』『誰にも文句を言わせない横綱相撲で勝ち続ける』って約束を守り続けた結果、応用が効かない相撲になってるんだが」



 「だーいじょーぶ!昔、師匠に散々やられた柔道式の足技も、父さんから仕込まれた足技も、体で覚えた技ってのは、簡単には忘れないもんだよ。さあ、“内掛け”からの“押し倒し”、カモンッ!!」



 「いくら中身がお前だからって、こんな幼女ガチペドを押し倒せるか!外聞が悪すぎるし、なにより反応するべきものが、ぴくりとも反応しねえ……って、ちょいとストップ。ローザとルイプキンの2人が付いてこれてない」



 「えー!?ぶーぶー」



 と、不満げな顔をするアリサをどうにかして宥め、詳しい事情の説明を始めることが出来たのは、その十数分後。


 さらに、今までの隠し事を全て白状させられ、にわかには信じがたいそれらを2人に納得させられたのは、夜も白み始めてからの事になる。





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