2話 再会
「よし、終わった……。ローザ、戦況は!?」
出来うる限り速く、しかし細心の注意を払った治癒を掛け終えたアリサは屋内に駆け込み、自らの護衛隊長でもある“槍の加護持ち”、ローザに声を掛けた。
だが、そんな彼女はアリサの問いに沈痛な顔で首を横に振る。
「城下町はほぼ占拠されています、現在は城門前の馬防柵に取り付いた豚人を相手に戦闘中。そして騎士団の第4中隊が撤退命令を聞かず、城下町に取り残された形になっています」
「……彼らってば、なにをやってるのよ。“遠話の呪符”は使える?すぐに話を付けるわ」
アリサの言葉に腰からぶら下げた“遠話の呪符”に魔力を通し、手渡すローザ。“遠話の呪符”とはアリサが開発し、全軍の小隊長以上に配られているトランシーバーとほぼ同等の機能を有する魔術具である。
《こちら司令部、第4中隊応答しなさい》
《こちら第4中隊!その声はアリサ様ですね!中隊長たちは生きてますか!?》
《一命は取り留めたわ、ただ戦線復帰には時間が掛かりそうだから、さっさと戻ってきなさい。死に掛けて復活したら部下が全滅してたなんて、2人が悲惨すぎるわよ》
《心配していただけるのはありがたいんですが、残念なことに“斧の加護持ち”が目の前にいましてね。ここで撤退したら城門が破られます。俺らはここで死にますよ》
《ふざけるのもいい加減にしなさい!義勇兵と護衛隊で城門付近の敵は片付けるから、なんとしてでも戻りなさい、命令よ!!》
《ははっ、そう言っていただけるだけで十分です……。おう、お前ら!そんな訳だからな、ここが俺らの死に場所だ!あの薄汚ねえブタどもを、一匹でも多くブチ殺してから死ぬぞ!!》
その言葉の後ろで『応!!』という威勢のいい声が共に聞こえ、通話が途切れる。
アリサは返事をしなくなった“遠話の呪符”を握り締めると、城内の部隊に馬防柵の増築を指示しようとして…………爆風に吹き飛ばされた。
「アリサ様!!くっ、何があった!?」
吹き飛ばされ、気を失ったアリサを抱き上げながらローザが叫ぶ。
爆風の元、吹き飛ばされたバルコニーの先に見えるのは、数匹の宙を舞う翼を持った大蜥蜴。そしてその背の上に括り付けられた足場に陣取る豚人の部隊であった。
「飛竜騎士!?馬鹿な!」
ローザが驚愕の声を上げるのも無理はない。
飛竜を手懐け、その背に乗る飛竜騎士は人類側にも存在している。だが、豚人のような魔物の中に存在するなどと聞いた事がない。
しかも乗り手である個体は、その手にアリサが開発した“だいなまいと”を持ち、飛竜の背中に乗った部隊はその足場から吊るされたロープを使って城内に侵入している。
「護衛隊は至急迎撃に向かえ!義勇兵の第5大隊は地下の大広間前に馬防柵を構築!第6大隊は城門に行きなさい、内側から破られるわ!!」
ローザは気を失ったアリサを女官に預け、矢継ぎ早に指示を出すと自らも槍を構える。
その視線が捉えるのは、飛竜背から飛び降りた、“剣の加護持ち”上位豚人と豚人たちの軍勢である。
「はあっ!!」
気合と共に突き出された長槍が喉笛を貫き、最後の豚人が崩れ落ちる。
「もう時間稼ぎは大丈夫!そのデカブツの相手はわたしに任せて、城門に向かいなさい!」
城内に降下した豚人の部隊を一掃し、唯一残った上位豚人を睨みつける。
護衛隊――アリサの護衛の為に選抜された凄腕の女騎士の一個中隊を相手にして一方的に攻め続けたその個体は、ローザの背丈ほどもありそうな大剣をずっと振り回しているというのに、まるで疲労の色を見せていない。
そして、嵐のような斬撃をしのぎ続けた護衛隊はもはや限界である。また、この戦況で無駄遣いできる戦力は存在しない。
ここは壊滅する前に撤退させ、後詰めに回すべきだろう。
「はああああああぁっ!!」
そんな事を考えながら槍を腰溜めに構え、突進する。
馬鹿正直な突撃をするローザに向けて当然のように大剣が振り下ろされ――、大剣は塵となり崩れ落ちた。
「!?」
これが“加護持ち”に違う武器で攻撃を加えた結果である。
いかなる名剣・魔剣であろうとも、それが“剣”というカテゴリーに分類される以上、剣以外の“加護持ち”の前ではまったくの無力だ。
上位豚人から感じられる一瞬の困惑。だが、すぐに目の前の女騎士が“加護持ち”であると気付いたのだろう、すぐさま殴りかかる。
「ふぅっ!」
しかし、ローザはその一瞬の隙を見逃さず、槍を捨て、懐に潜り込んで肝臓打ちを放った。
アリサが『蝶のように舞い、蜂のように刺すという言葉を体現した』と称する、ローザの拳闘術。
その鋭い打撃が、まさに蜂の大群を思わせる勢いで上位豚人の急所に突き刺さる。
肝臓打ち、みぞおち打ち、そして腎臓打ち。
軽やかなフットワークと共に、フェイントを交えながら放たれるそれらの打撃は、並みの豚人であれば一撃で死に至らしめるだけの威力を持っている。
だが、
「BUOOOOAHHAAAAUu!!」
どす黒い肌を持つこの上位豚人はローザの打撃をものともせず、雄叫びを上げて暴れまわる。
いかにローザの拳が鋭いキレを持っていようとも、体格が違う、骨格が違う、そして何よりも体重が違いすぎる。
190cmを超える身長に、160kg以上はあろうかという巨体。
身長でおよそ40cm、体重にいたっては3倍以上も上回る“加護持ち”を相手に素手で挑むというのは、無謀以外の何者でもない。
加えて、相手は身体能力で人間を遥かに凌ぐ上位豚人だ。それを殴り殺すなど、縫い針でヒグマを刺し殺すに等しい行為である。
しかし、それをやらねばアリサが、部下が、そして守るべき民が蹂躙され、虐殺される。
それだけはさせてなるものかと、ただその思いだけでローザは己の拳を振るい続ける。
……どれほどの時間が過ぎただろう。
ぶぅん、と音を立てて迫り来る拳を掻い潜る。さらに、その動きのままに何十発目になるかも分からない渾身のみぞおち打ち。
ローザの会心の一打に、今まで彼女の拳を何百発と喰らおうとも微動だにしなかった怪物が、初めてその動きを止めた。
(もらった!)
その一瞬を逃さず、ローザは下から拳を振り上げる。
狙うのは上位豚人の顎。一度体を大きく屈め、そこから全身のバネを使って伸び上がるようにして放つ“かもしかの拳”。
ガツン、と鈍い音と共にローザの拳が振りぬかれ、上位豚人の頭が跳ね上がる。
――だが、拳を振りぬいたとほぼ同時に、その袖を掴まれた。
「BURURuu」
ふらつき膝を付きながらも、上位豚人の左手はローザの右袖を掴み、その握力に任せて握りこむ。
「くっ!」
たった一撃を入れる為に深入りした自分の不覚を罵りながら、ローザは残った左腕で殴りつける。
だが“殴る”という行為はただ腕だけで打つものではない。膝のバネ、腰の回転、背中の筋肉、それらが生み出す力を余すところなく拳に伝えて、初めて“殴る”という行為が成立するのである。
片腕を掴まれ、動きを制限され、手打ちになった打撃などが、この怪物に効くはずがない。
懸命の抵抗を嘲笑うかのように、上位豚人は嗜虐的で好色的な笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がり、
…………投げつけられた肉の塊に吹き飛ばされた。
「え?」
思わずここが戦場であることも忘れ、引き千切られた袖を見ながら間の抜けた声を上げるローザ。
彼女が驚きのままに視線を向けたその先に、一人の大男が立っていた。
上半身は裸、下半身はズタボロに破れたズボンを穿いているその男の身長は200cmを超えている。
肩幅は広くがっちりとした胴回り、首も太く、腕回りなどはローザのウエストよりも太いだろう。
そしてその3倍以上は有るだろう太ももについては言うまでもない。そんな筋骨隆々たる固太りな肉体の持ち主である。
髪の色はくすんだ蜂蜜色、その瞳は淡い青色。ザイツェフ辺境伯領に多く見られる、彫りの深い顔立ちの40才ほどの男性だ。
この見知らぬ男性は誰なのか、そして何故ここにいるのか。そんな疑問が渦巻き、思わずローザの動きが止まる。
だが、ローザが止まっている間も状況は動き続けていた。
「BURAAAAAAAAA!!」
先ほど肉の塊――地面に転がっていた豚人の死体を投げつけられ、吹き飛ばされた上位豚人が死体の腰に残っていた小剣を大男に投げつける……が、小剣は、大男に触れると同時に塵へと変わった。
「“加護持ち”!?」
ローザは目の前の光景に再び驚きの声を上げる。
ザイツェフ辺境伯領の……いや、国内に存在する“加護持ち”については全員の顔と名前を覚えている。
だというのに、このような男は見たことも聞いたこともない。
「BUOOOOAHHAAAAUu!!」
ローザの困惑を知るはずも無く、上位豚人はこの大男こそ最大の難敵と判断したのだろう。彼に向けて走りこむ。
そして、それを見た大男は迎撃の構えをとった。
しゃがみこんで地面に片手を突き、そのまま前方に体重を掛ける。
前のめりになった状態のまま真っ直ぐに相手を見据え、呼吸を合わせ、残る片手を地面に突いてから突進。その勢いのままL字型に曲げ、前に突き出した前腕を上位豚人の顎に向け、アッパー気味にかち上げる。
さらに、かち上げられ、のけぞった体勢になった上位豚人の顔面に向け、大砲のような掌底突き。
鋭いが軽いローザの拳とは違う、超重量級の一撃に上位豚人は思わず膝を付く。
そしてその瞬間を狙い、大男は獲物を捕獲した。
膝を付いた上位豚人の腰に手を回し、上から体重を掛けながら締め付ける“鯖折り”。
いわゆる熊の抱擁にも似た形であるが、ただ腕力に任せて締め上げる熊の抱擁に対し、この鯖折りという技は、腕力に加え己の体重も使って締め上げる。
そしてその数秒後。
ばきり、と鈍い音を立てて、上位豚人の背骨がヘシ折れた。
「…………うそ」
悲鳴すら上げれずに息絶えた上位豚人を、信じられないような目で見つめるローザ。
無理もない事である。エゴロフ中隊長とルイプキン副中隊長に重傷を負わせ、ローザ自身も倒される寸前であった怪物が手も足も出せずに殺されたのだ。
この相手は、ローザの16年の生涯の中でも間違いなく最強と言い切れる難敵だった。
そんな敵を一蹴できる男が、ザイツェフ辺境伯以外に存在するとは想像すらできず、目の前の光景を理解することができない。
だが彼女も若干16歳の少女とはいえ、その年で『白の賢者』の護衛隊長を任せられた才媛である。
呆然としていたのは、わずかに数秒。その数秒で自らのやらねばならないことを思い出す。
「……いずこかの名高き戦士とお見受けします。私は『白の賢者』アリサ様の護衛隊長を務める“槍の加護持ち”、ローザと申します。この度は我らを助けていただいた事、深く感謝いたします。お名前を尋ねてもよろしいでしょうか?……また、不躾な願いではありますが、どうかその力をお貸し頂きたい。お礼は、私にできる事なら何でも致します」
ローザは自らの危機を救ってくれた大男の前に片膝を付き、頭を垂れてそう告げる。
まずは救ってもらった礼を。そして、次にその並外れた武力による助力を請う。
おそらく、目の前の男はザイツェフ辺境伯や『隻眼のアーグ』と同じ“拳の加護持ち”だ。彼の力があれば、この窮地を凌ぐことができるかもしれない。
素性のわからない人間に運命を託すことへの不安。そして、どのような対価を要求されるかという恐怖もあるが、豚人に蹂躙され、陵辱されるよりはマシだろう。それに、もし彼が悪人であるというのなら、彼女など助けずに火事場泥棒でもしていたはずだ。
この大男ならば、きっと助けてくれる。そんな期待を込めて視線を向けるローザ。
だが大男の返事は、そんなローザの期待とは異なるものであった。
「あー、力を貸すって言っても、もう意味無いぞ」
「え……?まさか!?」
彼の言葉を聞き、おもわずアリサが指揮を執っていた部屋に駆け込む。
まさか、自分が戦っているうちに城が落ちてしまったのかと、戦況に致命的な変化が起きたのかと、そんな不安が心をよぎる。
そしてバルコニーに出たローザが見たものは、壊滅し、悲鳴をあげながら逃げ惑う、
――豚人の軍勢であった。
「え…………?」
再び理解できない光景を目の当たりにし、固まるローザ。そしてそんな彼女に、飄々とした声が掛けられる。
「あいつらの大将……アーグつったかな?あの隻眼の黒豚。アレを倒したら見ての通りよ。あっという間に烏合の衆になったからな。あとは指揮官らしき連中を各個撃破して終わり。もう残敵の掃討に入ってるから、やることなんてないだろ」
その言葉を呆然と聞くしかないローザ。
この大男は、あの絶望的な戦況をたった一人で覆したというのだ。それはまさに、伝説に語られる英雄の所業である。
「あなたは……一体…………」
かろうじて声を絞り出すローザの耳に、聞きなれた声が届いたのはそのときだった。
「ローザ!?ローザ、どこに居るの!?聞こえたなら、返事をしなさい!!」
自らの護衛対象であり、敬愛する恩人であり、孤児院で共に育った姉でもある、アリサの慌てたような声。
年に一度聞くか聞かないかというアリサのその声に、思わずローザの注意がそちらに向く。
「ローザ!!良かった!無事だったん……」
だが、嵐のような勢いで走りこんできたアリサは、驚愕の表情のまま動きを止める。
その視線の先にいるのは、件の大男。
「…………らいちゃん?」
自らの目が信じられないと言わんばかりに大きく目を見開いて、アリサはそう呟いた。
人物設定 ②
馬坂雷太
元アメリカ海兵隊の父と日本人の母の間に生まれたハーフだが、その母も日本に帰化していた元ロシア系アメリカ人であり、父はポーランド移民系のアメリカ人だったので、遺伝子的には完璧なスラヴ人。四人兄弟の長男、他に妹が一人と弟が二人。
身長・206cm 体重・192kg(全盛時)
背筋力・407kg(全盛時)握力・右129kg、左138kg(全盛時)
得意技は、突き、押し、喉輪、右四つ、掬い投げ。また怪力と長身を生かした吊りもしばしば見せており、綱取りを決めた時の吊り出しは、未だに好角家たちの間で語り継がれている。
幕内優勝 100回 十両優勝 1回 金星3個 金星配給 9個
生涯戦歴 1714勝 92敗 76休 (126場所)
幕内戦歴 1692勝 92敗 76休 (124場所)
『馬坂』の苗字は、帰化時に彼の母方の祖父が通いこんでいた、馬刺し専門店から。
筆者の中では、彼の外見イメージは、206cmに身長が伸び、30kg筋肉が増えた琴○州関。
日本食にハマり、鍋料理屋に通いこんでいた雷太の父が、当時ちゃんこ番の若手力士で味の研究の為に同じ店に通いこんでいた、明理紗の父・白応竜と友人になったことで家族ぐるみの付き合いが始まり、雷太と明理紗は赤ん坊のころからの付き合いである。
白応竜が引退して白応竜部屋を興した際、親方の娘は部屋の力士を婿に迎え、優れた力士を養子にして後継者とする、という伝統を聞いた明理紗が『わたしは、らいちゃんのお嫁さんになるのー!』と、雷太に力士になり、白応竜部屋を継いでくれるように頼み、彼は二つ返事で了承する。
……なお余談ではあるが、当時は既に9歳年上の白応竜の長男、白蛟竜(後の白霊亀)が幕内昇進を決めており、白応竜部屋は彼が継ぐことがほぼ決定していた。
子供のころから並はずれた体格と身体能力を持ち、小学生横綱からアマチュア横綱までのタイトルを総ナメにした後で角界入り。
その後も無敗で番付を駆け上がり、新入幕初優勝。また角界入りしてから約一年で横綱昇進という、怪物ぶりを全国に見せつける。
……それまではまさに順調満帆な彼の人生であったが、彼が20才の時に明理紗が病床に倒れ、その数か月後に命を落とす。
明理紗が集中治療室に入る直前に婚姻届けに記入し、彼女と結婚。二人が夫婦であったのは、わずか3日間であった。
最愛の彼女を失った直後は自殺も考えたが、彼女の遺した手紙に『約束して。あの世で自慢したいから、100回は優勝できる力士になって欲しい。もちろん、だれも文句を付けれないような横綱相撲で』とあったことから、それだけを支えにして相撲を取り続けていた。
その『約束』を果たし、心が折れ、魂が朽ちようとしていた直前、このまま死なせるのは惜しいとラーノがスカウトする。
“拳の加護”などという、元から自分が持っていたわけでも、鍛え上げて手に入れたわけでもない、『他から与えられた力』に本能的な嫌悪感を持っているため“加護”による肉体の強化は“拳の加護もち”の中では比較的少ない。
…………それでも総合的な戦闘力なら、転移先の世界でも3本の指に入るのだが。
「なに?すぐにバツ1にするだけだって?だからどーしたよ。俺は明理紗以外を嫁にする気なんてないからな。俺に生涯独身でいろっていうのか、それとも一度は結婚したっていうことにするのか……。一応、結婚指輪は用意してあるから、婚姻届けにハンコを押すか押さないか、今ここで決めてくれ」




