表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

1話 異形との攻城戦

 《BUOHOOOoooooo!!》



 「クソッたれが!とっとと死にやがれ!!」



 「北西門に破城槌が取り付いてるぞ!火炎瓶と煮え油はまだか!?」



 「南壁、長梯子が迫ってる!長弓隊は南を狙え!!」



 《GYIYAAAAAAAAAaaa!!》



 ザイツェフ辺境伯の居城であり、辺境伯領最大の街でもあるベラヤリカー。


 その名の通り、人類の勢力圏と魔物の勢力圏の境界線である白い川ベラヤリカーのほとりに位置し、2重の城壁と深い水堀、そしていざという時の住民の避難場であり、普段は領主が住まう堅城を有する城塞都市である。


 人口14万人を超えるこの街は、現在壮絶な攻城戦の真っ只中にあった。


 街を守るのは辺境伯直属の黒百合騎士団の第3中隊・第4中隊、騎士と従卒を合わせた400人。そしてベラヤリカーの守備兵6000人と、この非常時に馳せ参じた義勇兵にして予備兵でもある住人が約25000人である。


 それに対し、街を攻めるのは見渡す限りの人に似た異形の軍勢。


 そのほとんどは赤黒い肌にでっぷりとした太鼓腹、そして豚にも似た醜悪な面構えの豚人オークと呼ばれる魔物であった。


 豚人オークとは頻繁に人々を襲い、男は喰らい、女は連れ去って自らの種を殖やす為の借り腹とした後で喰らう“人類の天敵”の一つ。


 ベラヤリカーから徒歩5日の距離にある辺境伯領第2の都市であり、国内最大級の鉱山都市・ジレーザダリーナが小鬼ゴブリン岩鬼トロールを中心とした連合軍の襲撃を受け、救援要請をザイツェフ辺境伯に出したのが6日前。


そしてザイツェフ辺境伯が主力の騎士団といくつもの傭兵団を率い、救援に向かった隙を突いての強襲である。


 ザイツェフ辺境伯はジレーザダリーナへの襲撃が陽動である可能性も考慮し、ベラヤリカーにも相応な戦力を残していたが、まさかこれほどまでの大軍勢が襲ってくるとは予想外であった。


 攻め寄る豚人オーク側の戦力は、ベラヤリカーを守備する戦力のおよそ5倍。通常、城攻めを成功させるには守備側の3倍の戦力が必要とされるが、それを遥かに上回る戦力差である。



 「内壁の北西門が破られました!城下町に豚人オークどもが侵入しています、現在は義勇兵の長槍隊が槍襖を作って足止めをしています!」



 繰り広げられる地獄絵図を一望できる、城の最上階の一室から突き出ている広々としたバルコニー。


 そこで一人の少女が、ベラヤリカーと周辺の地図をテーブルの上に広げ、眉間に皺を寄せていた。


 白磁のように白く艶やかな肌、金糸のように美しく輝く髪、最上級の翠玉エメラルドをも超えるであろう輝きを秘めたその瞳。


 ……そして細長く尖った耳を持った、7~8才ほどの幼くも可憐な美少女である。


 少女の名はアリサ・ベラヤリカー。べラヤリカーの孤児院育ちではあるものの、類まれな美貌と知識と発想力、そして1000年に1人といわれる強力な治癒魔術の使い手ということで準貴族の地位を与えられ、ザイツェフ辺境伯から留守中の名代を任される、『白い賢者』『辺境の美姫』『癒しの聖女』などの二つ名を持った小さな天才。


 そんな彼女の正体は日本人・馬坂うまさか明理紗ありさ――旧姓、白川明理紗。この世界そのものでもある光の精霊王ラーノから、この危険な世界で人々が平和に暮らせる街を作りあげて欲しいという依頼を受け、森妖精エルフとして生まれ変わった転生者だ。


 なお森妖精エルフは成長が遅いために7~8才ほどにしか見えぬ彼女であるが、既に20年以上の年齢を重ねている。


 さらに蛇足ではあるが、10代の後半で結婚するのが一般的なこの世界で、いまだに婚約者の一人も居ない“行き遅れ”でもある。



 「長槍隊にゆっくりと後退するよう伝令!広場に設置した馬防柵バリケードで防ぎつつ、投石とクロスボウで殲滅する!守備兵の短弓部隊は民家屋上から長槍隊の後退を支援!それと北東門守備の兵士の内、5分の1を北西門の援軍に送って。奪回が不可能ならば最悪、北西門は瓦礫で埋めても構わないわ!」



 報告に来た伝令にそう怒鳴り返し、戦場を、そしてその彼方を睨みつける。


 ベラヤリカーの南方、対岸すら見えない大河である白い川ベラヤリカー。長く厳しい冬の寒さによって凍ったその上に豚人オークの軍勢が布陣している。


 その総勢は推定で15万以上。この街の総人口を優に超える大軍勢の本隊には無数の戦旗が翻り、なかでも中央に立つ真紅と空色の一際大きな旗は上位豚人ハイオークの大将軍『隻眼のアーグ』のものである。


 今まで数多の人間を蹂躙し続けた歴戦の将軍の軍勢が、街を守る兵士や指揮を取る少女の心に抗いきれない絶望を植えつける。



 (落ち着け……状況は悪いけど、まだ詰んだわけじゃない。今、一番注意しなきゃいけないのは……)



 「伝令!北西門から、“剣の加護持ち”上位豚人ハイオークが侵入しています!!」



 「エゴロフ中隊長とルイプキン副中隊長に至急向かうように伝えて!二人が今いる場所には、義勇兵の軍役経験者の予備部隊を援軍に!」



 予想しうる状況の中でも最悪に近い報告に、一瞬奥歯を噛み締めてからそう答える。


 “加護持ち”とは、人族・亜人・魔物を問わずに数千体から数万体に一体生まれる特異体質で、通常の個体を遥かに超える身体能力を有している。


 だが、なによりも厄介なのは“特定の武器以外は使えなくなる代わりに、その武器以外では決して傷つかない”という特性である。


 たとえば“斧の加護持ち”の場合、手斧ハンドアックス戦斧バトルアックス大斧グレートアックスといった武器以外では傷つかず、槍斧ハルバードのような複数の要素を持った武器の攻撃も無効化する。


 また異なる種類の“加護持ち”が相対した場合は互いの武器が無効化されるために、素手による格闘戦で決着を着けることになる。


 同じ“加護持ち”同士でもその能力差は大きいため一概には言えないが、最低でもその戦闘力は加護を持たない同種族の1000体分に相当し、中でも別格である“拳の加護持ち”の戦闘力は万の軍勢を蹴散らし、伝説に謳われる英雄の中には数十万の兵士の中を突き進み、そして大将首を討ち取ったという人間も存在する。


 ベラヤリカー……いや、ザイツェフ辺境伯領でも唯一の“拳の加護持ち”であるザイツェフ辺境伯がおらず、その他の加護持ちも大半が彼に付き従っている現在、ベラヤリカーを守る“加護持ち”はわずかに7人。


 その7人に掛かっている負担は、普段の比ではない。


 上位豚人ハイオークを任せた2人のうち、エゴロフ中隊長の“加護”は戦槌だが、ルイプキン副中隊長の“加護”は報告にあった上位豚人ハイオークと同じ剣である。


 一般的な戦闘能力は人間よりも上位豚人ハイオークの方が上であるとはいえ、手練れの2人がかりならばなんとかなるだろう。


 だが、前線からそんな加護持ちが2人も抜けた影響が小さいわけが無い。


 予想通りかろうじて2人が支えていた北西門周辺が豚人オークの群れに、じわりじわりと押されていく


 援軍を送ろうにも、もう片方の北東門側も戦線は膠着しており、また城壁の上は交代でクロスボウを撃ち続け、あるいは城壁の下に向けて熱湯や煮え油を掛け続ける義勇兵で一杯である。


 しかも城下町が戦場に変わりつつある今、城下町の詰所や城から援軍を送るための通路が使いにくくなっている。



 ――押し切られる。



 そんな考えが脳裏をよぎった瞬間、城下町から悲鳴にも似た声が上がった。


 反射的にアリサが視線を向けると、そこでは薄く錆びの浮いた両手剣グレートソードを持ち、どす黒い皮膚と他の豚人オークよりも二回りは大きな体躯を持った上位豚人ハイオークがルイプキン副中隊長を捕まえ、その右腕を食い千切っていた。



 「ルイプキンを離せ!この黒ブタが!!」



 上位豚人ハイオークと戦っていたもう一人、エゴロフ中隊長はそう叫び、背後から飛びつくと首に腕を回し締め上げる。


 いわゆる裸締めチョークスリーパーの体勢で締め上げる彼であったが、不幸なことに対格差がありすぎた。


 エゴロフ中隊長も100kg近い体躯を持つ鍛えあげた偉丈夫であるが、相手は文字通りの人外である。その上位豚人ハイオークは首を絞められた状態でエゴロフ中隊長の体を背負うようにして固定し、そのまま後ろへと倒れこんだ。



 「ガハッ」



 160kgはあろうかという巨体の下敷きになり、血を吐いて動かなくなるエゴロフ。



 「うおおおおぉぉぉ!!」



 だが次の瞬間、相手が倒れこんだ隙を突き、その心臓を狙ってルイプキンが左手一本で小剣ショートソードを突き刺す。しかし――



 「BUOOOOOOOOOooooUu!!」



 上位豚人ハイオークは空気を震わす雄たけびを上げ、固くぶ厚い筋肉の鎧でその刃を受け止めるとルイプキンを殴りつけた。


 90kgを超える彼の体が人形のように吹き飛び、民家の壁に当たって動かなくなる。



 「総員抜剣!二人を救出しろ!……彼らの命は、我ら1000人分の価値がある!!なんとしてでも助け出し、癒しの聖女の下に運ぶのだ!!」



 そんな二人と一匹の戦いを遠巻きに見ていた義勇兵たちが、腰の直剣グラディウスを抜き突撃した。


 まるで戦車を相手に、竹槍で立ち向かうかのような彼らをバルコニーの上から見ながらアリサは現状を整理する。



 ベラヤリカーに存在する2重の城壁のうち外壁は落とされ、城下町に通じる2つの門も片方が破られている。


 敵の数はこちらの5倍。“加護持ち”の総数は不明だが、あの規模の軍勢ならば最低でも20体以上は存在するはず。それに加えて、軍を率いる『隻眼のアーグ』は“拳の加護持ち”だ。


 自軍の“加護持ち”7人のうち2人が重傷を負い、アリサの治癒魔術が必要だろう。彼らの治療には最低でも5時間以上は掛かる。その間の指揮は虎の子である最後の“加護持ち”であり、アリサの護衛隊隊長でもあるローザが取るしかない。


 騎士団・守備兵はほぼ全軍が出撃し、その上で押し込まれている。義勇兵も練度の高い部隊は投入し終え、残っているのは最低限の訓練を終えただけの、素人に毛が生えたような集団だけだ。


 ベラヤリカーの住民は城の大地下道とその前の大広間に避難済み、その大地下道は城の外およそ10キロ先の砦に繋がっていて、それを通じてザイツェフ辺境伯の本隊に救援要請は出してある。


 ならば、



 「全軍に撤退命令を!防衛ラインを城まで下げる!」



 最悪、女子供だけでも城外に逃がす事も視野に入れつつ、そう叫ぶ。


 もはや戦況を好転させる材料は無く、自軍の勝ちの目はほぼ消えている。


 ならば篭城で時間を稼ぎ、ザイツェフ辺境伯の本隊や他の町からの救援を待つしかない。


 この世界に転生し、十数年の時を掛けて作り上げた街を見捨てる事に抵抗はあるが、背に腹は代えられない。


 それに、この十数年で彼女が手に入れた最も価値のあるものは、街を共に作り上げた仲間たちであり、街で笑いながら暮らす住民たちである。


 みんなを守るためならば、その“入れ物”を犠牲にするのも止むを得ない事であった。



 「アリサ様!エゴロフ中隊長とルイプキン副中隊長をお連れしました!」



 そんな事を考えるアリサの元に、自身もその身を血に染めた壮年の兵士たちが二人を担いで駆け込んで来る。



 「お疲れ様、そこに寝かせて。すぐに治療に掛かるわ!それが終わるまでの指揮権は、ローザ護衛隊長に委任します!!」



 治癒魔術と言っても万能ではない。四肢の欠損や内臓破裂のような重傷を癒すにはそれなりの時間が掛かり、治癒が終わった後も戦えるようになるには最低でも一昼夜ほどの時間が必要だ。



 (諦めてたまるもんか……。この『依頼』を果たして、もう一度らいちゃんに会うまで、絶対に諦めるもんか……!)



 転生者、アリサ・ベラヤリカー。彼女に託された依頼とは、この世界で人々が幸せに暮らせる街を作ること。


 そしてその報酬は、この世界で神の座に一席を与えられること。さらに彼女の夫神として、前世の夫・馬坂雷太を迎え入れるというものである。


 せめて治癒魔術を掛け終わるまでは戦況が悪化しないようにと、アリサはそう祈りながら治療を開始した。




人物設定 ①


アリサ・ベラヤリカー


前世の名前は馬坂明理紗。旧姓・白川明理紗。

前世では元大関・白応竜の長女として生まれ、白応竜の親友の息子である馬坂雷太とは赤ん坊のころからの付き合いであった。三兄妹の末っ子であり、兄が二人いる。

白応竜が年寄名跡を取得し白応竜部屋を新設した際、親方の娘は一門の相撲取りの中から婿を取り、優秀な力士を養子縁組をもって後継者とするという伝統を聞き、当時から思いを寄せていた雷太に白応竜部屋を継げるような相撲取りになることを懇願する。

雷太としても、淡い思いを寄せていた相手が他の男と結婚するような事が許せるはずもなく、その願いを快諾。

その後は雷太のマネージャーのような形で学生時代を過ごし、雷太が角界に入った後は白応竜部屋の若女将として働いていたが、ある日原因不明の難病を発症する。

後に新型ウイルスによる感染症と判明するのだが、原因と治療法が確立した時には既に手遅れの状態であった。

集中治療室に移る直前、雷太が持ってきた婚姻届けに泣きながら名前を書くも、その三日後に他界する。


享年19才……であったが、異世界における光の精霊王ラーノの力に非常に高い親和性を明理紗が有していることに気付いたラーノは、自らの世界に平和な街を作ってもらえないかとスカウトする。

その成功報酬、異世界で神の座に一席を与えられ、雷太を呼び寄せることが出来ると聞いた明理紗はその誘いに即決。ベラヤリカーの孤児院でアリサ・ベラヤリカーとして転生する。

転生後は幼いころからあらゆる手段を使って街の発展に干渉し、その実績をもって15才の誕生日に準貴族の位を与えられ、現在ではザイツェフ辺境伯領の事実上のトップとして辣腕を振るっている。


「らいちゃん……やっぱり、わたし死にたくないよ。わたし、らいちゃんと、もっと一緒にいたかった。らいちゃんと結婚して、らいちゃんの子供を産んで、そして一緒に年を取って、らいちゃんがおじいちゃんになっても、わたしがおばあちゃんになっても、ずっと、ずっと一緒にいたかった……。死にたくない。やっぱり、わたし死にたくないよ、らいちゃん……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ