第62話 宴会好きの冒険者!ルナオリジナル?
程よく日も落ち、辺りが薄暗くなった夕時にリトルエデン本拠地事務所前で盛大な宴会が開催されようとしていた。
そう、盛大な宴会だよ……どう見ても見習い冒険者や新人達以外の人も居る。仮設されたテーブルにはロッズ&マリアン亭から随時料理が運ばれてくる、そして中央にセットされたかまどには金網がセットされており、モウモウの肉を食べたい人は自分で焼いて食べるスタイルみたいだ。
かまどの前に居るオルランドが木のジョッキで煽っているのはただの水では無いだろう。顔を赤く染めた酔っ払いがこちらに手を振っている。
「ヨー【絶壁】楽しんでるゼッ!」
「何で居るんですか?」
「今日はありがとよ! こんな盛大な宴会さすが【絶壁】だと言わざる終えないぜ!」
「何で……皆居るの!?」
「マーガレットが冒険者ギルドで宴会を開くって言ってたからな~今回の緊急依頼の立役者? 功労者? まぁ、どっちでも良いか。オレとしては参加せざる終えないってわけよ!」
全て理解した。この酔っ払いが町中に言って回ったに違い無い、水でも飲んで少し落ち着こうか。
オルランドを放置して飲み物を探す……こちらに向かって大きく手を振っている人が居る?
「カナタ~こっち~こっち~! アレやってよ~水が凍るやつ~?」
アンジェリカが甘えた声でボクを呼んでいる、大きなタライの中には水が目いっぱいに張ってある。
水が凍ると言えば同じかもしれないけど、厳密には気化熱を利用して他の物を凍らせるのと――水を直接凍らせるのでは訳が違う……まぁ最近調子が良いしゴリ押しで氷だって作れるんだけどね!
「ついでにクラッシュしときますね~」
「ありがとよ~エロイ知識が必要になったらいつでも訪ねてくるんだよ~ロズマリーの隣部屋だからね!」
タライからせり出すように凍った水を結界で分断する、この調子だと空間把握も問題なくおこなえそうだ。
両手で卑猥な動きをしつつ御礼を言ってくるアンジェリカには困ったモノだよ……うちの子達に変な事を教えない様に注意しとかないと――
「カナタ! うちオリジナルを飲んでや! こっちやで!」
「あ、ちょっとルナ――」
全力で走って来たルナに引っ張られて事務所横の食堂に連れて行かれる、中も解放している様子で何故か女性の客が多く集まっていた。見知らぬ主婦さん達は多分、主婦連盟の会員の人だと思う。
プテレアが先ほど乾燥させた蔓と交換で色々調味料を仕入れて居るのを目撃する。どう見ても麦味噌っぽい茶色いペースト状の物が入った瓶が見えてテンションが上がっていく! 後で分けてもらおう……
ボクを引っ張ってきたルナは、尻尾をフリフリさせながら一番奥のテーブルに置いてあるタライへと歩いて行き、コルク蓋付きの細長い瓶を一本取り出し持って来てくれた。
「冷たい、そのタライに入っている氷水は皆で作ったの? それにこのミルクは?」
「アンナとレッティが氷を作ったんやで! うちは水を出した。このミルクはうちオリジナルやで! 早く飲んでや!」
「ふむふむ、ルナのオリジナルミルク? それならボクはこの芋飴で勝負だよ!」
右手を高らかに上げ宣言するボク、芋飴の入った瓶を皆ぽかーんとした表情で見つめている。
アレ? 反応が少ない……蜂蜜と勘違いされてるのかな?
ルナだけが『何でや……うちのと違う』と呟いて視線を迷わせている。
黒鉄杉で作ったハシを配り、二本のハシで練り合わせる用にくるくると芋飴をまとわせると配っていく。初め、蜂蜜と勘違いしてたであろう皆の表情には驚きの色が溢れている。
「ネチャネチャ凄いね……それに優しい甘さ? ずっと舐めていたくなる! カナタ、明日から販売ルートに乗せれるけど今どれくらいあるの?」
「これと同じ200g瓶が一四個残ってるから後で渡すね、値段はカナタ芋10kgくらい使ったからそれなりで良いかも? 痛いっ!?」
いきなりメアリーに耳を引っ張られて壁際へと連れて行かれる、何か悪い事したっけ?
「将来のお客様が居るのに原価が分かる様な事言っちゃダメ! いくらカナタでも怒るよ? チュッチュ」
メアリーにチュッチュされながら説教を受ける。そうだよね今のはボクが悪かった。
横からルナが羨ましそうにこちらを見ている、尻尾フリフリで今にも飛び掛ってきそうだ。
「とりあえず飲んでや! 会心の出来やと思ってるんやけど……」
急かすルナの気迫に押されコルク蓋を取り中身を一口、二口と飲んでいく。
「これは……! カナタ芋の風味豊かな甘さがモウモウの濃厚なミルクと調和して口の中でオーケストラを奏でている! 美味しいです」
「おーけすとら? うちとメアリーで作ってんで? 今もメアリーが量産中や!」
メアリーの姿が見えないと思ったら、自室でカナタ芋ミルクを作って居るみたいだ。
それにしても美味しい、お風呂上りにも飲みたい……露天風呂の脱衣所に【空気調和】を使用した小型のドリンクサーバー的な部屋を作るしかない!
「うん、これは売れるよ! ロッズ&マリアン亭のお風呂にも置いて良いかもしれない」
「メアリーも言ってたで。うちとメアリーで売り上げは半分子や! カナタミルクは蜂蜜ミルクを超えるかもしれん」
「ブボッ!?」
な、なんだってー!? 思わず息する方にカナタミルクが入った……
「息する方に入ったんか!? カナタ、しっかりしてや?」
ルナが心配そうに背中を擦ってくれる、でも吹いた本当の理由はそれじゃない……
「その商品名は止めない? ほら、何か外聞が悪いと言うか――恥ずかしいと言うか……」
「売れるで?」
ルナの自信気な顔を見て商品名を変える事は難しいと悟る。そうだよね……ボクの思い過ごし? 自意識過剰だよね!
コツンと瓶がテーブルに置かれた音が妙に気になり視界を部屋の端に向けると、マーガレットとアヤカがこちらを見ている。
テーブルには空の瓶が八本ほど並べてあり、今まさに新しい瓶を開けたマーガレットが瓶の口をベロンベロンと舐めながら中身を飲み干していく、アヤカはそんなマーガレットと小声でおしゃべりしつつ暗い笑みを浮かべていた……
「ルナ、何かあったら守ってね?」
「? うちはカナタの味方やで!」
「ありがと! ご飯食べに行こうか~」
この場は危なそうなので移動しよう……ボクの後ろを守る様に付いて来るルナが心強い。
中央で焼かれているモウモウの肉の味を見に行く事にする。燻製に向いている様なら明日からモウモウの燻製も用意しないといけない。
食堂を出て視線を中央に設置してあるかまどへ移すと、視界に入ったモノは戦場と化したかまどであった……何を言っているか分からないと思うけどボクも何故か分からない! どうしてこうなった!?
遠くからじっくり眺めてみると……肉を焼き食べる者達が肉焼き場所を確保する為にガン飛ばし合い、時には焼けた肉を横から奪い合う、なんとも言いずらい光景が広がっている。
ボクはスマホから原料となる石や岩の出すと結界で分断し、生活魔法で形成しそっとかまどを追加した。するとどこからとも無く用意された火が点いた炭の塊と金網(多分グロウさんが用意してくれた物だろう)が素早くかまどにセットされて、モウモウの肉を載せたお皿と木製のトングっぽい何かを渡される、渡してくれたのはスプラッタ事件の被害者――もとい見習い冒険者とあのルナが昼ご飯を食べさせていた新人冒険者だった。
「ふむ? ふむふむ、将来大きくなると思うよ?」
「キャッ!? ありがとうございます!」
新人冒険者は昼間見た時は男の子だったはずだ……現在、ところどころに銀髪が混じる綺麗な白髪をショートに切りそろえ、白いワンピースの様なチュニックに同じく白いスパッツの様なズボンを装備した女の子になっている。思わず胸をフワリと柔らかく包むように触って性別を確認してしまったほどだ。
ルナの前だという事を忘れていたボクは、咄嗟に振り返る。するとそこにはドヤ顔をしたルナが握り拳に親指を立ててこちらを見ていた。
「ドヤッ!」
「意味がわからないよ!?」
「すいませんっ! 私フェリと言います……嫁にはなれませんけどよろしくお願いします!」
「なんやて!?」
何故かルナが驚愕の表情を浮かべフェリを見つめていた。大方嫁にしようと企んでいたに違いない。これ以上増やす予定が有った事にビックリだよ!?
「うん、よろしくね? ルナに誘われたの? 行く所が無かったら――部屋はいっぱいあるし、暫くここに居ても良いからね?」
「ありがとうございます! 王都の冒険者ギルドに登録しているので……そちらに向う用事が有った時に一緒に連れて行って欲しいです、お礼は王都冒険者ギルドで緊急依頼の報酬を受け取ったら必ず」
「行く用事が出来た時で良いのなら全然問題無いよ? むしろ今すぐじゃなくて良いのかな……まぁお礼とか要らないから、衣食住の分くらい働いてもらえれば問題無いよ」
「何から何までありがとうございます……」
何か泣きそうになっていたフェリを丁度通りかかったプテレアに頼んで部屋へ案内してもらう、プテレアが必要と有ればいくらでも部屋を作れるみたいなので、臨時の客間くらい問題無いだろう。
周りは早く早くとボクが肉を焼くのを待っている、どうやらボクが食べ始めないとこのかまどは使用できないみたいだ。お預けをしておくつもりも無いので木のトング? で肉をつかみ金網に広げ焼肉を開始する。
「思った以上に赤身だね、サシが殆どと言うかまったく入って無い」
「普通のモウモウの肉ですよ? サシって何ですか?」
あちらの世界で食べたサシの入った牛肉は、人間の都合で色々な手を加えられた牛の肉だと言う事は知っていた。けどここまで違うのはこの魔物が牛ではなくモウモウだと言う事なのだろうか?
見た感じ凶暴になった牛そのままなんだけど……
「あぁ! 焼き過ぎちゃダメですよ! もう食べれますから!! 私に任せてください!」
肉をひっくり返すのに手間取っていると焼肉奉行アンナが登場した。何も言わなくても勝手に肉が焼かれタレの入ったお皿に置かれていく。
「このタレはなかなか美味しい、それに懐かしい気がする? この風味はニンニクか!」
「そのタレはマーガレットが持って来てくれたんですよ? 大好評です! 普段焼肉には塩かコショウですからね~」
ふむふむ、このタレの作り方をマーガレットから聞いておこう。醤油ベースにニンニクと……これはゴマ油? なかなかボクの舌にあった味に仕上がっている。
ボクは肉を食べながらアンナが『コショウは高いですけど……』と呟くのを聞き逃さなかった。定番のコショウ貿易で一攫千金を狙えるかもしれない、プテレアに植物の苗さえ渡せばスプライトを利用した量産計画が組める。
「モウモウの肉も燻製にしよう! リトルエデン割り当ての肉ってどれくらいあるのかな? 誰か分かる?」
悲しい事に一切の事務を取り仕切っているメアリーが居ないと、報酬の内容も分からない始末……適材適所って良い言葉だよね!
「私達はお肉がここで食べれると分かっていたので、痛むのが怖いしお金で報酬を貰いましたけど――大銀貨一枚でした!」
大事そうに腰に付けているポーチを撫でる見習い冒険者に、先輩方は笑顔になり『計画して使うんだぞ!』とか『オススメはガーネット&グロウの店だぜ?』と声をかけている。
その中、そんな大事そうにポーチを撫でていたらそこにお金が入ってるのがモロバレで危なくないのかな? と思ってしまうボクはあちらの世界生まれだからなのだろうか?
ずっとかまどを占拠するのも悪いので、程々食べた所で移動する。メアリーの顔を見てからベヒモス袋を作っておかないといけない。
「何か呼ばれた気がしたよ!」
メアリーの自室に向おうと考えていたボクをメアリーが迎えに来てくれた……妙に感が鋭いと言うか、うちのクラン員は変な才能でも開花したのでは無いだろうか?
「探してましたよ~。カナタ」
メアリーの後を追ってきたレイチェルは何故か両手を前に出し微笑んでいる……嫌な予感しかしない。
そっと両手を合わせて手合わせ遊びしてみる事にする。
「せっせっせーのよいよいよい~」
「はい? おちゃらかおちゃらかおちゃらかほい!」
何故かレイチェルが続きを歌いながら手を返してくれる!?
「あっち向いてほいっ! 私の勝ちです~」
「負けちゃったよ~」
「一部の方がお酒を樽で買ってきたので追加資金をお願いします!」
あ……うん、分かってたよ? 大人気のアプシードルの樽が積み上げられていたのは見なかった事にしたいよ……
「あのですね……先ほどのお金が今持ってる全財産な訳で、明後日――いや明日になら燻製を売りに行くので払えると思うんですよ?」
ボクが言い訳を言いつつお金の事に悩んでいると、メアリーが小首を傾げてこちらを見ている。どういう事? レイチェルも不思議なモノを見たって感じの顔をしている。
「カナタはルナから聞いて無いの? リトルエデンはクラン員各自の口座をプテレアと私とレイチェルの管理で作っているから、地下の秘密部屋に行ってプテレアに催促すれば共用クエストで得た報酬を何時でも引き出せるし――お金も預けれるよ?」
「えっ? 何それ初めて聞いたよ……もしかして結構貯まってる?」
「カナタは一番の功労者なのでかなりの額が貯まっていると思います。蜂蜜ミルクの売り上げだけでも、ロッズ&マリアン亭と半分子してその半分をクランで、二割調理者、二割販売員、残り一割がカナタで分配してますね」
メアリーが口座の話しをしてくれた。そんな事まで思いついたのかと驚愕するも、よく考えてみたらギルドにもお金を預ける事が出来るのでそれのクランバージョンだと思えば普通かな? それにしてもルナはそんな事一言も言ってなかったよ……
蜂蜜ミルクの売り上げの事をレイチェルが丁寧に説明してくれる、もしかしたらボクの口座はお金で溢れているとかあるかもしれない!
「蜂蜜ミルクって一本いくらで売ってるんだっけ? 銅貨1枚くらい?」
「現在は銅貨2枚ですね~宿の温泉に入ったお客さんはお風呂上りに必ず飲むくらい人気ですから、飛ぶ様に売れてますよ?」
「それなら大丈夫かな? ボクの口座から引き落としてて良いよ~」
これで一安心だ。明日から売りに出す燻製の売り上げも半分はスマホ、半分は口座に入れておけばいつ何があっても困らないと思う。気軽にレイチェルに引き落としを頼むと以外な反応が返ってきた。
「ダメです、本人以外はお金を引き出せない様になっています。カナタも一緒に来てくださいね~」
「クラン盟主のボクが良いって言ってもダメ?」
「皆からキスの嵐ですね!」
ボクの失敗の罰則はキスと言う事になっている、減るモノじゃないしチュッチュするのは嫌いじゃないけど――周りからの視線が痛い、特に男冒険者から嫉妬の視線が酷い……
「まぁベヒモス袋を作る予定だったし一緒に行こうか? あとレイチェル、用事があるからアヤカも呼んできて」
「はい~先に向っててくださいね」
「了解!」
何と無く敬礼してみると、隣に居たルナがボクの顔を見て納得したような表情を見せる。何かあったのかな?
「フリーシアンは賢いな~」
「何かあったの?」
ルナは頭を左右に振り『何でもないよ?』と言っていたけどあの感じだと何か有ったみたいだね。左腕に抱き付き尻尾でお尻をサワサワしてくるルナに首を傾げながら秘密基地(皆適当に呼んでいる)へと向う事にした。歩き始めるとメアリーも右腕に抱き付き尻尾で太ももをサワサワしてくる? 尻尾でサワサワするのが最近の流行なのかな?




