第56話 オカシな蜂蜜!大人の事情?
刻々と過ぎていく時間に追われ、ボクは秘密の工房で蜂蜜を使った新商品の開発を進める。
関係無いけど朝からずっと爆睡中のプテレアは、ちゃんと警備の仕事をしているのだろうか?
一般的に蜂蜜を使用した食べ物をアリスとアリシアに聞いてみると、そのまま・パン・飲み物の三つしか出てこなかった。確かにそのまま食べるビックWARビーの蜜は格別の味だし、パンに練りこんでも美味しそうだ。蜂蜜ミルクはもうデザートと呼んで良いほどの美味さだった。
だけど何かが足りてない……購買意欲をくすぐる他に無いモノ?
蜂蜜を使ったお菓子や料理・調味料など色々考えてみる、不意にあちらの世界で見た有名なあるお菓子が頭に思い浮かぶ。全身に痺れが走り確信する――これは売れるはずだと!
結界を小さく張り、可能な限り丸く整えると上部だけ開く様にする。完成した丸型の小さな結界にビックWARビーの蜜を一口分になるくらい丁度に注ぎ込み空中に固定する。開いていた注ぎ口を閉じると用意は万全だ。
結界を生活魔法で作り出した温風に晒すと、水分だけ結界から出て行く様に操作する。こうして蜂蜜の水分値を下げていけば、琥珀色に輝く綺麗な蜂蜜飴が出来上がるはず!
「白い固まりが出来た? 何を間違えたのかな……」
「美味しそう~」
丁度2cmくらいの飴玉サイズの白い結晶が結界の中に残った。これ以上水分は減らないし触ってもベトベトしないので一応蜂蜜の固形化は成功した?
『ビックWARビーの蜜結晶』
ビックWARビーの蜜が何らかの原因で結晶化した物。生成される段階で多量の魔力を帯びている為、食べるとMPが回復する。
:MP回復+5
何かトンでも無い物が出来てしまった。HPやMPが回復するポーション薬の類はこちらの世界には一般的には出回っていないとアウラの手紙に書いてあった。町中探しても多分見つからないだろう。
アウラがくれた謎のポーション原液は凄い物なので、調薬が出来る仲間が見つかるまで大切に保管しておく事にしたくらいだ。これは売っても良いのだろうか?
色々と考えてるうちにボクの手の平から完成品を奪い取っていくアリス、静止の声も間に合わず食べられてしまった。
「そのまま食べるより美味しい~」
アリスはビックWARビーの蜜結晶を口の中で転がしながら微笑む。ボクは怒る気も失せ、アリスを抱っこして頭を撫でると量産体勢に入る為の魔法イメージを構築していく。
瓶からそれぞれの型用の結界へわざわざ蜂蜜を注ぐのは非効率的なので、大きめの結界を作りそこからストロー状に伸ばした細長い結界を型用の結界へと繋げ一気に流し込む。後は蓋をして温風に晒すだけだ。
「温風? 白い結晶……砂糖は熱すると粘度を増しカラメルになる? 琥珀色……そうか!」
「私にも一つください!」
蜜結晶を舐めるアリスを羨ましそうな目で見ていたアリシアも、我慢できなくなったのか蜜結晶を要求してくる。ボクは手元に新たな結界を作り出し、今思いついた事を試してみる事にする。
「温風の温度を上げて白い結晶をこんがりカラメル風にすれば……えっ!?」
結界の中で琥珀色に変色した蜜結晶は中から気泡がブクブクと発生し、4cmほどの気泡を内包する結晶へと変化する。
『ビックWARビーの加熱蜜結晶』
ビックWARビーの蜜が何らかの原因で結晶化した物。生成される段階で多量の魔力を帯びている為、食べるとMPが回復する。
:MP回復+6
見た目がちょっと悪い……MP回復量が増えたという事は、魔法で何かしらの加工を施す事によって魔力を浴びて性能UPする事で確定かな?
ちゃんと冷やして持てる温度まで下げるとアリシアの手に乗せる、若干頬が引きつっているけど原料は同じ物だから味も似たような物だと思う。
アリシアは鉈に浄化をかけ加熱蜜結晶を四等分すると一欠片を口に入れ、もう一欠片取りボクの口に無理やり突っ込んできた。
「見た目は少し悪いけど美味しい! 生のままの蜂蜜と比べると風味が変わってるけど……これはこれで有りかも知れない?」
「見た目の大きさのわりにスカスカですね」
気泡が発生した分だけ体積が増えて、飴と言うよりサクサク食べれる砂糖菓子の様な物になってしまった。次は気泡が発生する前に止めるのと、体積が増えないように結界のサイズも調整してみよう。
再び結界を張り蜂蜜を入れる、今度は水分を飛ばしながら結界のサイズを小さくしていく。
次第に琥珀色の飴球へと姿を変えていく様子を眺め成功を確信する。
『ビックWARビーの加熱蜜結晶』
ビックWARビーの蜜が何らかの原因で結晶化した物。生成される段階で多量の魔力を帯びている為、食べるとMPが回復する。
:MP回復+10
「出来た! 色合いと良い・サイズ・効果どれを取っても一級品の出来だね! 後は味を……」
「それでは味見を!」
あっという間にアリシアが完成品を口に含み、両手を頬に当ててとろけそうな笑顔でその場に座り込む。アリスが『ずるい! 私も!』とアリシアに詰め寄っているけど、珍しい事にアリシアは反応を返さない。
痺れを切らしたアリスは、驚いた事にアリシアの口から直接完成品を奪い取っていく!?
口と口を重ね無理やり舌で完成品を強奪するアリス――良い絵を頂きました!
思わずスマホの撮影機能を眼鏡に提携させて一枚ベストショットを写してしまった。
美し過ぎる……アリシアの真っ白な髪にアリスの銀髪が重なり合い、目を瞑ったアリシアの唇を貪るように完成品を奪っていくアリス。エロスとは違う美の顕現を見る。
「何か元気になってきたよ! 魔力全開で一気に作っちゃうよ!!」
テンションが上がってフルパワーで加熱蜜結晶を量産していく、一度完成させた物なので二度目からは楽々と複数個同時進行で作っていく。出来上がった加熱蜜結晶は有り余る瓶に詰める。
アリスとアリシアが切ってくれた板を敷き詰めた部屋を一つ丸々冷暗庫に改造し、瓶詰めした完成品を次々に即席の棚へ並べると五回目の鐘の音が聞こえてくる。
「そろそろ戻ろうか? 今階段を作るから……アレ? こんな所に階段が!」
「ドヤッ!」
入ってきた滑り台の裏手側に螺旋階段が設置してあった。気が付かなかったけど、これいつから有ったんだろうか?
いつの間にか起きていたプテレアが成し遂げた感を漂わせながらこちらに向かってくる、気のせいか大きくなってる?
「プテレアは出来る子です! そして主殿良い物をありがとうございました!」
満足気なプテレアがお腹を擦りながらお礼を言ってくるけど覚えが無い。先ほど魔力を大量に使ったし漏れた分を吸収したのかもしれない、放置する方向で。
階段を上がっていく三人とプテレアは、今更ながら地下50mから地上へ階段で上がっていく事の辛さを知るのだった。
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地上に戻ったボク達は、丁度戻ってきたルナ達とガルワンの小屋の前で鉢合わせになる。
お帰りの挨拶をして晩御飯一直線の予定だったけどそうも行かなくなった。ルナが抱えている子供はどう見ても黒髪黒瞳……貴族の子供だ。それにルナの背後からこちらをうかがう巨大な白猫が見える。
「カナターいっぱいお土産拾ってきたで! あと新しい嫁も拾ってきたで?」
「こんばんわ、スコールと言います。よろしゅうお願いしますわ。あとうち雄猫ですねん。あっ……忘れてたニャン」
スコールと名乗った大型の白猫が胡散臭い言葉で自己紹介しつつ股の玉を見せてくる……イラッとする、語尾のニャンに殺意さえ覚えるかもしれない。
こちらの殺気を読み取ったのかスコールは足を小鹿の様に振るわせ始めた。
「その猫は捨ててきなさい」
「そんな、酷いニャン!」
ボクがルナを見てそう言うと、ルナは笑顔でスコールの尻尾を鷲掴みし引きずって行こうとする。
「うちは言ったで? 喋ったら玉抜くって……」
「何やて!? 女の子に手出したら玉抜くって話じゃなかったのかニャン!」
顔面を蒼白にして両手を上げ騒ぎ出すスコール、何だろう……イライラする。
「ボス……ごっちゃになってますよ?」
「カナタ、凶暴な魔物が帰らずの森に居ついたみたいだから、お風呂で作戦会議するみたいです!」
どうやら色々問題も拾ってきたようだ。マーガレットさんがジェスチャーで何かこちらに伝えようとしている横でレッティが答えてくれた。
サーベラスが自分の小屋にカルキノスの小さいやつを咥えたまま入っていく……ガルワンにお土産を獲って来たみたいだ。それにしても子カルキノスとか獲って来るなんて危ない事をしてないと良いけど。
小屋からガルワンが子カルキノスを咥えたまま出てくる、ワイルドに丸カブリしているガルワンはスコールを見て動きを止めた。口からこぼれ落ちる子カルキノス。勿体無いと思ったのかサーベラスが拾い食いしている。
スコールもガルワンの視線に気が付いたのか、口を大きく開けて視線が釘付けになっている。
「激マブやん……うちと一緒になってくれへんか?」
「ワオ~ン♪」
「「「「「「ええぇっ!?」」」」」」
急にガルワンにプロポーズしたスコール、ガルワンも満更では無い様子で尻尾を振っている。
あまりの衝撃に皆呆然とし、ルナもスコールの尻尾から手を放し固まっている。サーベラスは目をまん丸にして母親を見ていた。
「うちは認めんで!」
「ワンワン!」
「ワンッ」
ルナとサーベラスが一緒にスコールに食って掛かるが、ガルワンが止めに入る。
「すまんな……今日からうちの事はパパンと呼んでくれても良いからな」
「ガルルルッ!」
スコールが諭す様に言うとサーベラスは牙を剥き吠えて答える。すぐさまガルワンが間に入り、サーベラスの顔に自分の顔を擦りつけ首元を咥えてルナの元へ運んでくる。
ガルワンとスコールは互いに尻尾を絡みつかせ小屋へと入っていった……
呆然とするサーベラスを抱えたルナは果敢にも小屋へと入って行くと、すぐにガルワンに顔で押し出されて外に出てきた。
「ワンッ! クウゥン」
ガルワンがサーベラスを見て一声無くとボクを見てすがる様に泣き、小屋へと戻っていく。まるでサーベラスに『親離れしなさい』と言い、ボクに『この子をよろしくお願いします』と言った様に思えてしまう。
「カナタ……サーベラスも雌やから部屋に連れて行って良い?」
ルナはグッタリして地面を見つめるサーベラスを抱っこしてボクの元へ歩いてくる、どこか寂しげな表情にボクは肯くしかできなかった。
「サーベラスって雌だったんですか……」
誰もが言いたかった事をアンナが言うと、丁度食堂からご飯の準備が終わったとの知らせが来る。
とりあえず貴族の子供は浄化と清掃をかけて綺麗にし、部屋に置いて来る事にした。部屋を覗くとルナとサーベラスが部屋の隅で丸まって眠っていたのでもし起きたら何か反応するだろう。ルナとサーベラスは今日はそっとしておいてあげよう……
晩御飯の時、ビックWARビーの加熱蜜結晶の事を報告しメアリーとレイチェルに販売の委託を頼むと、難しい顔でまずは様子見で知り合いに試供品を渡すくらいで止めておくとの事を言われ、ボクは涙が出そうになる。地下の冷暗庫にはガラス瓶に入った完成品が五〇〇個以上ストックしてある……
明日からまた金策しないといけないと考えていたボクに、追い討ちをかける様に燻製器完成の報告が届いた。お金を立て替えていてくれたレイチェルに代金の金貨1枚を渡し、手持ちのお金は残り9380イクスとなった。
燻製器はラビッツ射的場のすぐ側に設置してあるらしい。オマケに良い匂いの煙が出る木々をカットして隣の小屋においてくれているらしいので、明日朝からでも燻製を作る事を決意する。でも今朝見た時にはラビッツ射的場の側にそんな小屋無かった様な気がする……?
お風呂での作戦会議もルナが落ち込んで眠っている為、明日にする事となりゆっくりとお風呂に入り部屋へと戻ってきた。ルナが拾ってきた子供はまだ眠っているみたいだ。
丁度ボクが眠る場所に転がっていってたので、何と無く隣に座り顔にかかった髪を手で払い寝顔を盗み見る。
「あっう?」
「おはよう? 時間的にはこんばんわ?」
子供が目をあけこちらを凝視してくる、寒いのかカチカチと歯を打ち鳴らし震えている。熱があったりするといけないと思い、オデコに触れて体温を測り一応治療をかける。
「レベル1001!? 痛いのは嫌です……優しくしてください。抵抗はしませんから殺さないで……」
「はい?」
皆周囲で何が起こるのかとこちらを見ている、目の前の子供は何故か着ている物を脱ぎ始め下着すらも取り去っていく……?
こちらの世界では寝巻きなんて物は無い、基本裸か大きめの布の真ん中に穴をあけて頭を突っ込んで出した照る照る坊主スタイルのポンチョを着るかくらいだ。
それにしてもおかしい事が一つある……今ボクのレベルを言い当てた。目を見ていたけど光ってなどいなかったしボクの装備・魔王の花嫁に触れてステータスを確認したなんて事も無い、何かのスキル?
「今の何かのスキル?」
「今の??」
子供は固まり考え事をしている、何故か右手でボクの手を取り自分の胸へ誘いながら……
「何する気なの!?」
「えっ? 準備しないと痛いんじゃ……我慢します」
急に涙目になりまた震えだす子供、とりあえず名前を聞いて事情を話してもらう方が先かもしれない。
「とりあえず自己紹介してどんな状況でルナに拾われたのか教えてもらえるかな? あなたの身の安全は保障するし出来る限りのサポートはするからね? ――あっ! どこかで見た事あると思ったらビックWARビー討伐に参加してた、初めからシングルスターの人じゃない?」
「こ、ここは、安全な場所? それに日本語? 良かった……」
安心して気が緩んだのか、糸が切れたように全身の力を抜いてまた眠ってしまう子供。皆は釣られた様に眠る用意を始める。色々気になる事がいっぱいあるけど、取り合えずこの安心しきった顔で眠る子供を起こすのは気が引けるので今日は休もう。
魔王の首輪を着けてから気にした事が無かったけどボクは今日本語で喋ったみたいだ。貴族語では無く、日本語でだ。もしかしたらこの子は日本人なのかもしれない? 神が追加要員を送ってきた? ステータスを見たら話は早いかもしれないけどそれはマナー違反だ。明日起きてから朝食がてらにでも聞いてみたら良いよね?
そっと部屋の隅を見るとルナとサーベラスが寄り添って眠っている、明日も元気が無かったらどこか遊びに連れて行こうかな? リトルエデン総勢でピクニックもいいかも知れない。
ボクの手を握ってくる子供の頭を撫でて、静かに目を閉じ眠りに就く。




