SS 夜に舞う天使?(カナタの居ない四日間)
夜の帳が下りた頃、スラム街の片隅にある小さなボロ小屋で、二人身を寄せ合って震える子供が居た。
何故か鍵が開いているボロ屋がいたる所にあり、何故か鎧を着て槍を持ち定時巡回する領主の兵隊が居るスラム街。
「おねえちゃん。お父さんどこ行ったのかな?」
「さぁ、私達を見捨てたのよきっと……」
何故か一回目の鐘と五回目の鐘が鳴るとご飯を配ってくれる古い教会があり、何故か酔っ払いや浮浪者が居ないスラム街。
「今日歩いてた兵隊さんお父さんに似てたね……」
「……多分気のせいよ、お母さんとお父さんは私達を捨てたのよ」
何故かギルドのお手伝いに行くとボロ小屋は綺麗に掃除され、ラビッツの毛皮もふかふかの物に取り替えられているスラム街。
「ねぇ、おねえちゃん。最近噂になっているお耳と尻尾の天使様って知ってる?」
「楽園へ……と言ってスラム街の子供を誘拐する悪い人の事でしょ?」
何故か身寄りの居ないスラム街出身者でも冒険者ギルドに登録できるし、武器防具も貸してくれるラーズグリーズ領のスラム街。
「違うんだよ? 私見たの、綺麗な天使様と同じ服を着たアンナちゃんが、大きなお屋敷の庭へ入って行くところを」
「幸せそうだった? 笑顔で居た? それが本当なら……」
何故か子供が多く大人が殆ど居ない、大人になると皆どこかへ消えてしまうスラム街。
音も無くボロ屋小の扉が開いていく……扉を見つめる二人。
「楽園へ……行きたくは無いですか? あなた達を自由な世界へ連れて行ったる……行ってあげるわ」
その声は扉からではなく二人の背後、いつの間にか中に入って来ていた、黒いマントに白い服の者からの問いかけだった。
「あなたダアレ?」
「妹には手出しさせないよ! ろくでもない流れの冒険者なんかには渡さない!」
黒いマントが地面に広がる、いつの間にかマントの上に置かれていたのは、ラビッツの焼いた肉と食欲を誘うフルーツのジュース。
「食べて良いの?」
「ダメ! 毒が入っているかもしれないよ……」
黒いマントを脱いだ白い服の者には暗がりでは見にくいが、耳と尻尾が付いていた。
「選びなさい、二人で楽園へ向かうのか……姉妹別々に生きて行くのかを」
「おねえちゃんこれ美味しいよ?」
「ばか! 毒が入って……私の分も置いといてね」
妹が笑顔でラビッツの焼き肉を頬張る姿を見て諦めたのか、侵入者から視線をそらし考え事をする姉。
「時間が無い……運命に流されるのか、自分達で未来を掴み取るのか。決めるのはあんた達……あなた達や!」
「お話しの中に出て来る、白馬の王子様は居ない……私は妹の為だったらどんな事にだって耐えてみせる!」
「おねえちゃんが耐えるなら私も耐えるよ? いつまでも一緒だよおねえちゃん!」
「答えは決まったようですね、うちに……私に掴まってください」
白い服の者は二人を抱えると真夜中のスラム街を疾風の如く走り抜ける、目指すは大きなお屋敷の隣に建っている古ぼけた屋敷。
途中、槍を持った兵を一人引っ掛けて転ばせたけど後ろも見ず走り抜ける。
屋敷の裏手の壁の一部が崩れており、そこから中に進入した三人は、物置部屋に置いてある古ぼけたベットの下にある隠し扉へと入っていく。
「おねえちゃんくらいよ、怖いよ」
「光よ、これで明るくなったでしょ?」
姉は生活魔法の光を浮かべ妹の頭を撫でる。
扉の中には地下へと続く螺旋階段があり、不気味な闇が階段を覆い隠していた。
「もうすぐ付くよ?」
階段を下りた場所には空の牢屋が四つ並んでおり一番奥の壁には真新しい木の板が立てかけてある。
板をどけるとそこに現れたのは……穴だった。
「この先が楽園です」
「でも穴の中にラビッツ生えてるよ?」
「明日の朝ご飯んや……です」
「あなた無理してない? 喋るたびに口の周りがヒクヒクしてるよ?」
白い服の者はそれ以上何も言わず穴へと入っていく、生えたラビッツを捻りながら。
「おねえちゃん、何が待ち受けていても二人一緒に頑張ろうね?」
「あなたの為なら私は、例え身を売っても……」
暗い穴の中、妹が姉の頬を叩く音が響く。
「おねえちゃん! イデア=イクス様の教えを守らないとダメなの! 『汝、神より与えられし生続く限り、己の潔癖を証明し続けよ、運命の相手が現れるその時まで。』なの!」
「でも……」
「でも、はも、無いの! 運命の相手を見つけるの!」
二人が付いて来ていない事に気が付いたのか、戻ってきた白い服の者は、言い合う二人を小脇に抱えまた穴の奥へと進んでいく。
「運命の相手ならもうおる……もう居ます。攫われた運命の相手をいつかうちら……皆で取り戻す為に」
「天使様は何でそんなにカミカミなの?」
「しっ、それは聞いちゃダメな事だと私は思うの」
無言になった白い服の者は穴の出口へ向けて黙々と歩く、暗い穴の奥には明かりに照らされる通路が見えた。
「ボス! おかえりなさい、今日はラビッツ一〇匹狩れました! 侵入者は無しです」
「あれ? アンナちゃん……だよね? 綺麗……」
「あなた達も来たの? ここは楽園よ!」
「後は任せます、水場のお湯は全て張りなおしておきますので、全員分かれて入ってくださいね? 飲み水の入っている方は入らないようにするんやで……するんですよ?」
「ボス……それまだやってるんですか? もう良いんじゃないかと思うんですが」
己をボスと呼ぶ者の声を聞き、悔し涙を流しながら去って行く白い服の者、部屋に沈黙が訪れる。
「まぁ、ここは入り口だからもう少し奥に行こう? バリケードと防護柵があるからこの端通ってね?」
「アンナちゃん凄く綺麗……私達も綺麗になれるかな?」
「私は別に……あなたさえ綺麗になれたら嬉しいよ」
「おねえちゃん! 私の幸せの為と言うなら、優しくて、お金持ちで、強い人を見つけて一緒に結婚しようね?」
「プッ、フフッ、大丈夫! 綺麗になれるし、優しくて、お金持ちで、強い人がボスの主様らしいからね! 私も大人になったらお嫁さんにしてもらうんだ~」
笑いながら話すアンナに連れられて三人でバリケードと防護柵を越えると、黒鉄杉の木で出来た壁が前方に現れる、脇に付いている扉を開けると中は左右に小部屋がある長い通路が見えてくる。
「いっぱい部屋があるね~」
「一人一部屋貰えるんだよ? ラビッツの毛皮もいっぱい使って良いし、何よりここは安全でご飯も美味しいよ!」
「そんなにしてもらって……私達はどんな事させられるの?」
怯えた表情を見せる二人にアンナと呼ばれた子供は笑顔で答えた。
「私達の群れを作るってボスが言ってたよ! 毎日訓練してラビッツ狩ってお金を貯めるんだって」
二人はクエスチョンを浮かべ考えるが、明日から始まる新しい日々の事を思い浮かべ、不安と期待で胸がいっぱいになったので、些細な事は気にしない事にした。
通路を進むと十字路が現れ、左右に分かれた先に少し大きめの部屋が見えてくる。
「さぁ、こっちが水場だよ! 盾が吊ってある方が女の子で、剣が吊ってある方が男の子用だから間違わないでね? 中には三つ特大木の宝箱があるけど、手前の綺麗な水が入った特大木の宝箱が飲み水用だから入らないようにね、このつい立の向こうにある二つの特大木の宝箱が湯浴み用だよ! ボスは生活魔法で温かい水を出せるんだよ!」
「このお湯で体を拭うの?」
「私が拭ってあげる、服はこっちの棚で良い?」
服を脱ぎ棚に置き、一緒に持ってきた元服だった布切れを、お湯につけて体を拭おうとする二人。
「入って良いんだよ? 驚いた? 私ここに来て生まれて初めて沢山のお湯に入ったよ!」
「「ええっ!?」」
恐る恐る足から湯に入る二人を眺めアンナはもう一つの湯に入る。
「おねえちゃん! 私聞いた事ある、はぁ」
「私も聞いた事ある、ふぅ」
「貴族様は大きなタライにいっぱいお湯を入れて、好きな時にお湯に入れるって聞いた事あるよ! ふぃにゃ」
「私これからやって行けそうな気がしてきたよ、ふぃ」
「明日からは私がビシビシ鍛えるから、二人ともボスの主様が戻ってくるまでに一人前にならないとね~」
三人はお互いの体をヌル蔦でゴシゴシと擦り、肌を磨く。
ボスの主様にそれぞれの思いを馳せながら、先程までの自分を汚れと一緒に落とす様に。
「「楽園はここに在ったんだね!」」
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夜明けが近づき段々とスラム街に光が差し込み始める頃、薄暗いボロ小屋に兵士二人の怒声が響く。
「やられたぜ!」
「昨日今日とこれで何人目だ?」
「知るかよ! なんでスラム街の子供なんだ……男か女かもわからない薄汚いガキを攫って何の特がある。オレ達の仕事を増やすんじゃないぜ、まったく」
「オイ! そんな事言ってると領主様に殺されるぞ!」
「どうせスラム街の子供が何人消えようが私兵は動かねえよ! それよりもう帰って酒でも飲んで寝ようぜ」
「そうだな……一般市民ならいざ知らず、スラム街の子供なら別にオレ達が働かなくても良いよな」
二人の兵士はボロ小屋を後にする、この事はのちに領主の元へ報告され、連続誘拐事件になると思われたが……領主の『自分達で選んだ事だろう』との一声で誰も何も分からないまま、騒ぎにすらならず事件は終わりを見る事となる。




