第35話 怒涛の日々スタート!
柔らかなベットに横になってまどろむ、大分眠っていたようでゆっくりと意識が戻ってくる。
ん~むにゃむにゃ、何か手触りの良いものがある。
「あっ、くぅ」
ボクどうしたんだっけ?愛さんと話してる途中でカーナさんがボクを眠らせ……
それにしてもこの柔らかくて、すべすべしていて、良い匂いのするものは何かな?
撫でると程よい弾力に温かみがあって絹のような手触りで、まるで……
「むぐむぐ」
「そんな! はぁう」
口当たりも良く、噛むとビクビクとふるえている、もうこのまま眠ってしまっても良いよね。
「がまん……がまんしないと。ゴクリッ」
「ん…あぐあぐ」
「がま…ん、しなくても良いかな? ちょっと撫でるくらいなら、ちょっと触るくらいなら、ちょっとくらいペロペロして良いよね?」
良い匂いのする手が頭を撫でてくれる、次第に手は下りてゆきボクの服に手をかけて脱がしていく……
「あっん、ルナ駄目だよ、ペロペロしちゃ……ん? ここどこ?」
「やぁ! 目が覚めたかい? ルナって誰? 私嫉妬しちゃうよ!」
目を開けるとボクの胸元をまさぐる愛さんと目が合う。
「キャーーーッ!」
悲鳴を上げて右手を思いっきり振り抜く、見事に愛さんの右頬を捉えたボクの手の平から鈍い音が響く。
「ギャーーーッ!」
「カナタ!? 大丈夫かい? 誰か! アウラを呼んできて!」
愛さんの頬を打ったボクの右手は骨折したみたいだ……無意識によっぽどの力を込めたのか、白い骨がはみ出てしまってベットシーツを真っ赤に染めている。鉄面皮とか言うレベルじゃないよ!
「何事です!」
「アウラ、カナタの治療を血が止まらないんだよ!」
手を押さえてうずくまるボク、覆い被さる様に伸しかかる愛さん、それを入り口から見る大柄で緑のワンピース風ドレスを着て蔦を袖からはみ出させている女性。アウラさん?シーツは鮮血に染まり泣いているボク……ギルティ・オワ・ノットギルティ?
「一万二千一年前、愛あなたに生み出され、今まで尽くしてきましたが……」
ギルティ!室温が下がったと思うくらい凍りつく声で喋るアウラさん、これはボクが弁解しないとアウトかもしれない。
「うっぐ、愛さんが、ひっぐ、愛さんが」
痛みで言葉が出ませんでした……火に油だよ!
「ちょっと待つんだよ! アウラ、きみは完全に誤解している!」
「犯罪者はいつもそう言うんですよ? カナタ大丈夫?」
壊れ物を優しく両手で包み上げる様にボクを抱えるアウラさん。凄く良い匂いがする、心が落ち着くミルクのような香りが。
「あなたを支える為ならと……側室が増える事には目を瞑っていましたが。いえ、それでも一〇七人は多すぎかなって思ったんですよ? それでも紳士な心と節度を持って全員幸せにしてくれるのならと……」
アウラさんはボクの下腹部に手を当てると回復魔法?みたいなスキルを行使してくれている……でもボクの怪我は右手なんだけど?少し位置が遠いからか回復が遅い。
「アウラ、私の事を信じて!」
「その濡れそぼった尻尾の先は何ですか……? まだこんなに小さな体の子を、初花も迎えていない子を……恥を知りなさい!」
「カナタ愛してるよー……」
アウラさんが手を振るうと触手!?いや、植物の蔦が伸びて愛さんを窓の外へと放り出す……
笑顔で落ちていった感じを見る限り多分ほっといても大丈夫だろう。
尻尾の先が濡れているのはボクが口に含んだからだと思います、やっちゃったね!
手の痛みが引いてきたので愛さんの弁解をしてあげないと。
「あのう? 愛さんに無理やりされたわけじゃ「もう良いのです」無いです!?」
「責任はキチンと取らせるので……今は何も喋らなくても良いのですよ? さぁカナタ、広間に移りましょう皆が待っています」
喋ろうとしたら顔を胸に押し付けられて撫でられる。……もう良いんじゃないだろうか?
温かくて良い匂いに包まれながら運ばれるボクはカーナさんとの話し合いはどうなったのか考えるのだった。
――∵――∴――∵――∴――∵――
どうやら夜は明けていたようで朝日が眩しい、抱っこされながら見える大自然に目が行く。
ここは雲よりも高い山の上に立てられた城の一番天辺みたいで、見える町並みは全て真っ白、建物も地面も植物さえも白一色だ。
視界の端に厚い雲が見える、渓谷と言うのだろうか切り立った崖や大きな谷、ナイアガラもビックリな滝も見えて、肌を冷やす雪解けの風を運んでくる。
アウラさんが今歩いているのは先ほどの部屋を出て、天空を直接隣のドーム状の建物まで繋いだ様な凄まじい回廊だ。手すりに手をついて思いっきりジャンプしたらこの通路から落ちるんじゃないだろうか……考えるだけでガクブルです!
「ここどこですか?」
「人間の言葉では魔王領『夢魔の楽園』と呼ばれているところですよ? 切り立った崖に凍りつく大気、風と水と土の精霊の力が濃い場所なので人間が辿り着くのは容易では無いでしょうね」
今ボクを抱っこしているのはアウラさんの手では無く、背中から伸びた蔦である。柔らかくて丈夫そうな蔦は優しくボクを包み込んでいる。
『原初精霊アウラ』
「自己紹介は必要ですね、名前は今カナタが見た通りなのでアウラと呼んでください」
簡易鑑定は余裕でばれたみたいだ。
「原初精霊って何ですか? あと精霊もボクが居た世界には多分存在しなかった者なので」
「精霊とはこの世界の自然全てに宿る意思みたいな者です、今吸っている空気にも、それこそそこに落ちている石にも精霊は宿っていますよ? 力が弱いので対話はできませんがいつでも隣に居る者だと思ってください。原初精霊は愛が生み出した火・水・風そして土の私、四精霊で全ての精霊は私達の子供と言えるでしょうね」
ゲームとかに出てくるやつと同じなので覚えやすい、光や闇とか毒とか無とか時とかは居ないのだろうか?
「これからどこに行って何をするんですか? ボクは無理やりつれてこられたので町に戻らないと……皆が心配しています」
「カナタあなたは愛が皆に告げた最後の嫁です、大歓迎されるでしょうね? これ以上増えないと言う事が決定したのですから……」
そういえばさっき一〇七人嫁が居るとか言っていたような……ハーレムとか言うレベルじゃない!裏山死ねば良いのに。
おっと、つい感情が漏れそうになったよ、でもボクまだ結婚するとか言ってないんだけどね。
「記憶が無いのでしたね、今は嘘でも結婚すると言っておいた方が良いと思いますよ? カナタみたいな可愛い子なら自分の妹にしたがる子も多いでしょうから……」
「妹分……お姉ちゃんって呼ぶんですか?」
「……この魔王領『夢魔の楽園』には男は存在しません。物理的に全て愛が排除してしまうので。つまり妹になるとどうなるか、わかりますよね? それはもう可愛がってくれるんじゃないかしら……おっぱいが大きくなるかもしれませんね」
早めに帰らないと取り返しの付かない事になるかもしれない、カーナさんが最後の言葉に反応したような気がしたけど……ボクには帰りを待っている人達が居る!
つまりここは愛さんが作り上げた百合の楽園と言う事か!
愛さんは魔王で実力・権力・財力・容姿・嫁からの尊敬、全て持っているとか……転生?転送異世界ものの王道を突き進んだ偉人だったみたいだ。
尊敬できる先輩には敬意を表しないといけないかもしれない、記憶が戻るまでは一応結婚したと言う事にしておいて、記憶が戻ったらその時考えれば良いよね!
「穏便に行く方向でお願いします。記憶の無い今のボクには判断しかねる状況なので」
「先ほど盗み聞……先ほどお話しを聞いた限りでは、四日後に結婚式が行なわれ、その後には町に帰れると思います」
「今すっごく言いなおしましたね? 怒りませんから……聞いてたのはアウラさんだけですか?」
すっごく笑顔なアウラさん、まぁ普通そうなるよね?どんな人が一万二千一年も待っていた人なのか気になるよね。
「今城に居る全員です、一〇七名じゃありませんけどね……一万二千一年もの流れを共にしたのは私だけですから」
それはそうだよね……それだけ長生きなら先に亡くなって行く嫁を見送る事も何度もあるかもしれない。
「すいません……悲しい事を思い出させてしまったみたいですね」
「いえ? 一〇六名は一緒に魔法で聞いていましたよ? 居なかった一名は愛想つかして実家である城の外の町に一日だけ戻っていて、さっき戻ってきたところなので」
「なんでやねん! 皆長生きしすぎじゃないの!」
「その指輪のおかげです、私は素で長生きですが他の者は色々な種族の者が居ますから」
この指輪は長生きできるマジックアイテムみたいだ。
「魔王の花嫁、正式なレリック名は『神々の黄昏』という物で、装備者全員が登録された主が死なない限り死ぬ事がなくなります、発動させる条件は四日後の結婚式の場で本人から聞いてくださいね?」
おぉっと、長生きなんていうレベルじゃなかった。レリックとか出てきたけどマジックアイテムの上位版かな?名前と効果が半端無いよ!マリアさん世界に二個しかないとか言ってたのに一〇六個も一気に見つかっちゃったよ……
話しながら歩いていると目的の広間へと着いたようだ。大理石のような質感の白い扉が勝手に開いていく。
広間は王様が座るような玉座が二個一番奥に置いてあり、手前の通路には真っ白な絨毯が敷き詰められている、これそのまま上歩いて良いのかな?靴脱いだ方が良いいのかな?
それにしても広間の壁際を埋め尽くす様に並んでいるメイド服の人達はいったい、使用人にしては若くて綺麗すぎる気がする。
「凄い人ですね、何人居るんですか?」
「先ほど一名戻られたので私を含め一〇七名全員居ますよ?」
この人達が愛さんの嫁さん!?つまりメイド服は趣味って事ですねわかりました!
でも皆一言も喋っていないんだけど……値踏みする視線が痛い。
「そろそろ下ろしてください、それとこの絨毯は靴脱いだ方が良いですか?」
「何故靴を脱ぐんですか?」
あぁ、家の中で靴を脱ぐのって世界的にみたら結構少ないんだっけ?愛さんも日本人だからと思っていたけどそこら辺は違うようだ。
「あまりにも綺麗だったもので汚さないかと心配に……」
「クスクス、この絨毯はNO兎の毛皮を敷いているだけですので気にしなくても大丈夫ですよ?」
野兎の毛皮か……こんなに綺麗だったとは思わなかった。
恐る恐る絨毯に乗ってみるとフェイクラビッツも驚きの柔らかさとふわふわ感が足を襲う!
異世界の野兎はんぱない、いつか大量に狩って部屋に敷き詰めよう。
手を引かれ玉座の前まで進む、普通玉座ってちょっと段差があって高い位置にある気がするけどここは普通の広間だ。
右の玉座に座るアウラさん、ボクはどうすれば良いのかな?間違っても左に座ったら駄目だと思うし……
ん?コイコイと手を振っているアウラさんの側による。
「カナタはここです、そろそろ崖下から愛が戻ってくるので待つ事にしましょうか」
膝の上を叩き座れと言って来るアウラさん、ちょっと恥ずかしいけど仕方ないので座る事にする。
それにしても今崖下って言ってたけど結構過激な折檻の仕方だ。
沈黙がちょっと怖い広間を見回しこれからどうしたものかと考える。
「自己紹介とかしたほうが良いんですか?」
「全員余すことなく知っているのでいらないかも知れません、愛が一日一回は必ずカナタの話をしていましたから……」
「ごめんなさい……」
愛さんなんてことを……毎日毎日旦那が自分以外の人の事を熱心に話しているとしたら?最後の結婚相手だと言っていたら?
多分ボクは嫉妬の嵐によって明日の朝日を拝めないかもしれない、間違いなく刺される気がして震えてくる。
「カナタは寒いですか? 私達はなれてしまったもので少し厚着するくらいで平気なのです」
「少し室温上げますね?」
「はい?」
スマホを出し室温をプラス4℃に設定して時間を決める、とりあえず一日で良いかな?
「これで少し温かくなりますよ」
少しずつ温度が上がっていくのが分かる、これ原理が不明だけど空気を暖めているのかな?
「さすが最後の嫁ね!」
「私だって時間をかければこれくらい!」
「あなた絨毯焦がして怒られていたじゃない」
「あの【絶壁】は希少価値ね!」
「もう少し大人になったら私も一緒に愛でて貰うわ」
「おどおどしてて可愛いね」
「抱っこして眠りたいわ」
「あの子のスキルに室温を上げれる様な物無いのだけれど?」
静まり返っていた広間は喧騒に包まれる、広間の扉がまだ開いたままでこちらを覗く愛さんと目が合った。
「紹介しよう! アウラに抱っこされているのが最愛の人だよ~」
とろけきって緩んだ表情のまま玉座に向かい歩いてくる愛さん。
アウラさんがボクの右手を両手で優しくつかんでお腹の少し下辺りへ持っていく。
「皆さん知っての通り……愛は禁忌を犯そうとしました。カナタのここ(右手)は血塗れになり私が回復させなければ出血多量で倒れていたかもしれません」
「「「「「「ギルティ! ギルティ!」」」」」」
確かに間違ってないけど右手を下腹部に近づけると別の場所を怪我したみたいに見えるんじゃないかな?
「私は無実だ! 全員愛してるよ~」
とろけ顔のまま愛を宣言する愛さんを見る皆の視線はナイフの様に尖っていた。
「若い子に見境が無いと思っていたけど!」
「守るべきラインはちゃんと守ると思っていたのに!」
「あんな子供にまで手を出して!」
「私達で満足できないの!」
「このゴミ虫が!」
「這いつくばって地面をお舐めなさい!」
「今夜はお仕置きね♪」
「このロリコンが!」
寄ってたかって蹴る殴るされている愛はとろけ顔のままで……いや、さっきよりも嬉しそうだ。
「アウラさんほっといても良いんですか? 盗み聞きしてたのなら皆知ってるんじゃないのかな?」
「これは嫁が増える時の通過儀礼みたいなものです……嫁になる理由は人それぞれですけど不幸になった者は居ないのよ?」
「そうなんですか……でもボク(カーナさんは)十三歳なのでこっちの法律的には成人になるんじゃないかな?」
広間が静まりかえり全員の視線がボクを射抜く!
今ボクは全身に餌を撒きつけて肉食獣の檻へ入れられた気分を味わっている。
その時、誰かがぽつりと一言漏らした。
「合法ロリ……ジュルリ」
皆が生唾を飲み込む音が聞こえる……
「駄目ですからね? 十三歳でもカナタはまだ子供なんですよ、手を出したら禁忌に触れます」
「子供? 禁忌って何ですか?」
広間の皆は視線をそらし『時期が来たら必ず』と口々に言い合っていた。
アウラさんは優しく頭を撫でながら色々教えてくれるようだ。
「一二歳未満の子供、十三歳以上でも初花を迎えていない子供に己の欲望を無理やり……その色々致そうとすれば創世神の天罰を受けると言うものです。無理やりじゃなければ良いとか屁理屈は通用しませんのであしからず」
こっちの世界は一二歳まで子供で十三歳になったら結婚できる成人として扱われる、貴族で一部一二歳で結婚する早い人も居るけど、ちゃんと十三歳になるまでは親と一緒に暮らすそうだ。
あっちの世界の法律的な物が頭にあるのでスッゴイ違和感があるけど、創世神が定めた法らしくこちらの世界の人は誰も疑問に思わないみたいだ。
因みに男は特に制限は無いそうで一応一二歳までは子供だからね?っと言う程度らしい、創世神は女好きなのかもしれない。
「破ると禁忌に触れてその天罰を受けるんですね、天罰って痛い系?」
「痛いかどうかは受ける者によるかもしれませんが……物理的に首が飛びます♪」
なんだって!そう言えば創世神イデア=イクス様は色々厳しい御方だとマリアンさんが言っていた。
この神があちらの世界に行ったら世界平和になるんじゃないだろうか……
「首が飛んでも回復すれば治る人も居ますよね? 冒険者のシングルスターの人とか魔物?」
「その場合は体が爆散するようです……愛以外に天罰を受けても死ななそうな人は知りません」
「爆散するくらいならまだまだいけるよ~」
笑顔でピースサインを出す愛さんだけど正直ちょっと引くは……
皆気が済んだのか自分の定位置に戻っていく、入り口に近い者ほど後に嫁になった者らしい。
愛さんが玉座に座ると皆静まり言葉を待っている。
「皆にはいつも言っていた私の悲願は昨日達成された。カナタを縛り付けるような事はしたくないので、四日後の結婚式を終えたら一度もとの場所へ戻そうと思う、それまでは花嫁修業と言う事で皆に協力してもらいたい」
拍手が起こる、中には泣いている人も居るどういう事?
「立派になられて……昔の愛ならカナタが大人になるまで片時も離れずにくっ付きっぱなしだったでしょうに」
なんとアウラさんも泣いていた。広間の声を聞いて見ると『嫁を思いやれるようになって大人になったわね』とか聞こえてくるけど愛さんは一万二千一歳なんだよね……
あれ?あちらの世界の分も加算されるのかな?これは聞いてはいけない話題の気がする。
「朝ご飯を食べたらカナタの花嫁修行を開始するよ~」
ゆる~いかけ声と共にボクの四日間は開始するのであった。




