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Recollection1 過ちの行方:09

後書きにてお知らせがあります。

 主をなくしたアパートの一室はどこか色褪せて見える。

 乱れたままだった布団を畳み直し、篤利は部屋をぐるりと一周した。

 総志朗の入院している病院に行ったあの日。総志朗の病室を訪れていた男。――優喜という男。梨恵が探していた人物と同じ名前の男。

 総志朗のことを調べると誓った篤利は、優喜の手がかりを探していた。優喜に会って話を聞けば何かがわかる。それは明白だ。

 梨恵の依頼を受け、優喜の住所を調べたことがある。その時見つけた優喜の住所をメモした手帳が、総志朗のスーツのポケットに入っていたはずだ。それを探しているのだが、この部屋にはどうやら無い。

 梨恵に教えたのだから、梨恵に聞くほうが早い。そう思い直した篤利は意気揚々と部屋を出た。




「篤利君……」


 梨恵の家に着き、玄関のドアを何度も叩いて数分、青白い顔をした梨恵が出てきた。


「梨恵さん、具合悪いの?」

「うん、ちょっとね……」


 口元を手で押さえ、吐き気を抑えているように見える。今日は話が出来なさそうだと、篤利は引き下がろうとしたが、梨恵は篤利を招き入れるように体をどかしてくれた。


「いいの? お邪魔して」

「うん。平気」


 遠慮しようかと思ったが、早く優喜の住所が知りたい気持ちが先にたつ。篤利はお言葉に甘えることにして家に上がった。

 整理整頓された室内。テレビの上に飾ってあった観葉植物が枯れているのが、綺麗な部屋には異様に映る。


「今日はどうしたの?」


 いつものようにお茶を出してくれる梨恵。少しやせてしまったように見える梨恵を、篤利は直視できない。


「優喜ってやつの住所、教えてほしいんだ。前にオレが教えたやつ」

「……どうして」


 張りの無かった梨恵の声が、鋭くなる。篤利は居心地の悪さを感じ取りながらも、曖昧な笑みを浮かべた。


「総志朗を調べるためだよ」


 梨恵の形のいいアーモンド形の眼が篤利を見つめている。憂いを帯びた瞳は、儚げで寂しげだった。


「篤利君は、総志朗が本当に好きなんだね」

「そ、そりゃあ」


 認めてしまうのが照れくさくて、篤利はうつむいて帽子をかぶり直す。


「私も」


 梨恵の告白。篤利は帽子のつばの向こうに見える梨恵の顔をじっと見据えた。子どもの自分の目から見ても綺麗な人だと、こんな時なのにそんなことを考える。


「私……どこかで何かを間違えた。素直な気持ちで、子どもを愛せると信じられたらよかった」

「子ども?」


 梨恵はそっと枯れた観葉植物に手を伸ばす。茶色く染まった葉が、パキリと音をたて、粉になる。


「篤利君は、関わらない方がいい。きっと。優喜は危ない。近付かない方がいい」

「どうして! オレ、危ないからって逃げるほど弱虫じゃねえよ!」


 子どもだからこその無謀な勇気。篤利が怒鳴り声をあげても、梨恵は動じる様子はなかった。


「総志朗が、恋人も友達も作らなかったのは、ずっと一人でいたのは、誰も傷つけたくなかったからなんだよ。犠牲にしたくなかったんだよ。これ以上深入りして、篤利君まで犠牲になったら、私、総志朗に会わせる顔がない」


 煮え切らない思いが込み上げる。篤利は舌打ちをし、強くテーブルを叩いた。


「犠牲とか! そんなんわかんねえよ! オレ、総志朗を助けるんだ!」


 梨恵からは何も聞きだせそうにない。篤利はスタスタと玄関の方へ歩き出す。一度振り返り、梨恵を見る。

 心配そうに篤利を見る梨恵。

「大丈夫だよ」そう言いかけて、やめた。





 総志朗の病室には誰もいない。窓が開けっ放しにされていて、白いカーテンがゆらゆらと揺れていた。


「あれ?」


 もしかしたら病室に置きっぱなしの荷物の中にメモ帳があるかもしれない。そう思って病院に来た。

 総志朗がいないのは、逆に好都合だ。


「あら、お見舞い?」


 通りすがりの看護師がドアの外から篤利に呼びかける。ベッドの横にあった棚を漁ろうと中腰になっていた篤利は、怪しい行動を咎められやしないかひやひやしながら「はい」と返事した。


「今、検査に行ってますよ。明日、かかりつけの病院に移るそうですから、少し待って会っていった方がいいんじゃないかしら」

「かかりつけ?」

「ええ」


 にこりと笑って、看護師は行ってしまった。篤利は中腰の体勢のまま、しばらく考えてこんでいたが、ふと思い直し、棚を開いた。

 荷物はさほど入っていない。タオルと着替え。メモ帳らしきものは見当たらない。

 がっくりと肩を落としたその時。

 影が篤利を覆っていた。


「人の病室を勝手に漁るなんて、近頃の小学生は怖いね」


 くつくつと喉を鳴らして笑う男。

 ずり下がったカバンを抱え直し、男は制服のネクタイをゆるめる。あの日見た、制服の男だった。

 黒髪が風に吹かれてサラサラと揺れる。つり目がちの目を細めて笑う、相馬優喜。

 篤利は優喜を睨みつけながら、ゆっくりと立ち上がる。


「あんたに、用があるんだ」







 まっすぐな篤利君が、私には眩しすぎて。

 私もあなたにまっすぐな気持ちをぶつけるべきだった。

 好きだった。

 光喜も。総志朗も。

 愛情の形は違っても、それが真実。



 

 

10月の更新についてのお知らせです。


私事で10月は更新頻度が落ちそうです。

月曜か火曜に必ず更新していたのですが、10月中はそれも難しいと思います。

週一、もしくは二週に一回の更新くらいに落ちてしまうかもしれません。

楽しみにしてくださる方がいらっしゃいましたら、本当に申し訳ありません。

10月中の更新についての詳細は、ブログ(Sleeping on the holiday and sunny day.の方)のお知らせをご覧下さい。

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