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Recollection1 過ちの行方:10

「俺に用?」


 優喜の淀んだ黒い瞳に、篤利は総毛立つ。人を蔑んだ笑みを湛えた優喜は刺すように鋭い雰囲気を放つ。


「あんた、総志朗のこと詳しいんじゃないかと思ったんだ」


 乾ききった口内の唾を無理やり飲み込んで、篤利は逃げ出したい衝動を必死に抑え、優喜を見据える。


「今更総志朗のことを知って、どうすんの? あいつは消えたのに」

「消えたって、それが意味わかんねえんだよ!」


 病室のドアにもたれかかっていた優喜は、おもむろに篤利の方に向かって歩き出した。篤利はじりじりと後退しながら、優喜の行動を見逃さないようにと目で彼を追う。

 優喜は誰もいないベッドの上に腰かけ、そばにあった丸椅子を足で蹴って篤利に座るように促した。篤利は警戒しつつ、丸椅子を出来るだけ自分の方に寄せて座り、優喜との距離を取る。


「ま、話してやってもいいよ。何が知りたい?」

「ぜ、全部だよ!」


――これ以上深入りして、篤利君まで犠牲になったら……


 ふと梨恵の言葉を思い出し、篤利は慌てて頭を振って、嫌な予感を追い払う。危険は承知でここに来たのだ。体中がこわばり、身動きひとつ取れない。

 そんな篤利の様子を、優喜はどこか面白そうに眺めながら、白い布団に手をついた。


「総志朗が多重人格なのは知ってるの?」

「え?!」


 素っ頓狂な声をあげる篤利を、優喜はくすくす笑う。


「君、何も知らないんだね」

「悪かったな」


 何も知らないのは事実。今は優喜の話を聞きたい。篤利は拗ねて見せたが、すぐに真顔に戻った。


「加倉総志朗なんて人間は、もともと存在しない。総志朗は交代人格の一人でしかなく、本来の人格はユキオ。澤村ユキオ。ユキオの中に、総志朗、明、統吾、光喜の四人の人格がいるんだ」


 優喜の話が理解できず、篤利はあんぐりと口を開けたまま、固まってしまった。今まで接してきた総志朗という人間は、どこにもいない、ただの人格の内のひとつだということが頭の中に入ってこない。

 貧血を起こした時のような、目の前が回る感覚。篤利は口を押さえ、放心する。


「ユキオは、母親に憎まれていた。なぜ憎まれていたのかなんて、知らない。でも、記憶として残っていた。醜い憎悪の感情が子宮の中にうずまいているのを感じてた。生まれた後も、母親から受けた汚い感情は消えずにあった。だから、すべてが憎かった。だから、誰も受け入れる気は無かった」


 淡々と発せられる優喜の言葉。ふいに篤利は自分の母親の姿を思い出した。生まれてすぐのことなど覚えていないけれど、記憶の中にある母は、いつだって愛に溢れた目をしていた。それをユキオという男は知らないのだと、そう思うと、無性に寂しさが沸き起こる。


「ユキオは義理の母親にさえ捨てられた。義理の母はユキオにおびえていたんだ。当然だろう。わずか二,三歳で平気で小動物を殺しまわっていたんだから」


 まさか、と思う。自分がその位の歳の頃、何をしていた? 何かを憎んだり、殺したりなんて意識がはたしてあっただろうか。ぐらぐらと揺れる視界。頭を抱えつつも、耳はしっかりと優喜の話を捉える。


「義理の父は最悪な男だったよ。ユキオを自分のストレス発散と研究の道具にした。殴る、蹴る。投薬、実験。まるで虫けら。モルモット」


 優喜を見ると、優喜はじっと篤利の反応を伺っていた。黒曜石のような闇に満ちたその瞳には、一切嘘は感じ取れない。篤利は優喜が語っていることが、すべて真実だと、心で感じ取ると同時に、絵空事のような話に憤りを覚える。そんな目に合っていたなんて、胸が張り裂けそうだった。


「だから、俺と光喜とユキオは、父に復讐を誓った。母親より、義理の母より、何よりも憎い。俺を『人間』として扱わない、あいつが死ぬほど憎い」

「ちょ、ちょっと待てよ! なんでそこであんたが出てくるんだ? なんであんたがユキオの父親を憎むんだよ?」


 優喜の話をさえぎり、思わず叫ぶ。優喜は黙祷するようにまぶたを落とした。数秒後、すっと開いたその目には、今まで鋭さしか感じ取れなかった瞳に、悲しみのような、嘆きのような、違う何かが宿っていた。


「総志朗は、ユキオが眠りにつく直前に作った人格。ユキオが眠っている間だけ主人格をまかせるためだけに生み出された人格だ。それなのに、総志朗はそれを忘れ、まるで自分が基本人格(オリジナルのように振る舞った。だから、消したんだ」

「消し……」


 言葉を飲み込んでしまった。総志朗は、消された。総志朗は存在しない。その事実だけが、篤利の体の中心から先っぽへと、血の巡りとともに浸透していった。

 心臓の脈打つ音が、耳の先でじんじんと響く。


「ユキオのいるべき場所にふんぞり返り、その場初からどけようともしない。消されて当然だ。図々しいやつ。邪魔なやつ。消えて正解だ」

「やめろよっ!」


 一気に頭に血が上っていった。総志朗は『交代人格』で存在しない者だとしても、優喜に罵倒されることが、篤利には許せなかった。


「総志朗を馬鹿にすんな! 総志朗は、消えて当然なんかじゃねえんだよ!」


 立ち上がった勢いで、丸椅子が倒れる。金属音が部屋中に響く中、優喜はゆっくりと篤利を見上げた。

 氷のような冷たい目。射抜くようなその目は、見られるだけで殺されてしまいそうな気さえする。


「お前、俺たちの何をわかってて、そんなことが言える?」

「何って……?!」

「俺たちはこれまで苦しめられ続けてきた。光喜が自らの体さえ捨てて、ユキオの中に戻ったのは、すべての終止符を打つためだ。総志朗を馬鹿にするな? 俺たちが終わらせようとしているのに、あいつは生きようとする! 終わらせなけりゃ、俺たちはずっと苦しみ続けるのに!」


 一歩後ろに後ずさる。転がっていた丸椅子が足に当たった。篤利は足元を見つめながら、震える唇でつぶやく。


「わかんねえよ。あんたの言ってること、全然……」

「ガキにはわからないだろ」


 突然、後ろから声がした。篤利ははっとして振り返る。

 病室のドアに、総志朗が立っていた。


「総志朗!」


 駈け寄ろうとして、足を止める。違和感があった。総志朗の目の色が、片方だけ違う。左目だけ緑色が濃く浮き出ていたのだ。


「そ、総志朗じゃ、ない? あんた、誰? あんたら、一体なんなんだよ?!」


 オッドアイの総志朗と優喜を交互に睨みながら、篤利は叫んだ。

 優喜は口の端を片方だけ上げて、鼻で笑った。


「俺と光喜は二人でひとつの存在。双子なんだよ」


 帽子をつばをつかみ、篤利は勢いに任せて帽子を床に叩きつけた。脳みそはパンク状態。もう何もかもがわからない。


「ぜんっぜんわかんねえ! お前ら、おかしいよ! 狂ってる!」

「狂ってる?」


 総志朗にはあったはずの柔らかい日向のような雰囲気はどこにもない。深海のような暗闇が漂う、総志朗であったはずのその男――光喜は笑む。


「俺たちは狂ったんじゃない。狂わされたんだ。誰も好き好んで狂気には走らない」









 私、思うの。

 あなたという存在はあなたしかいない。

 あなたは、生まれるべくして生まれた。

 望まれない存在なんて、どこにも無いんだよ。

 だって、私は、あなたが必要なのだから。




今回の話は特にわけがわからないかと思います(^^;

少しずつ核心に近付いていきますので、どうぞ長い目で見てやって下さい。

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