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第二部三十四話

 山府義塾中学校・高等学校。

 姉妹校の会津義塾と共に、百三十六年の歴史を誇る学校。

 昨年まで中高一貫校として運営されていたため、生徒会も一体運営となっている。

 生徒数は一学年八百人、三学年で二千四百人、学校全体では四千八百人の、超マンモス校。

 その学校の代表者が、今日決まる。

 そしてずっと勘違いをしていたが、渡部君が中学の時やっていた生徒会長は、この中高一貫の生徒会長だったらしい。……恐ろしや。

 あまりにも生徒が多いため、演説は基本的に教室に中継されるが、事前に希望した生徒は演説会場の講堂へ入ることができるらしい。

 千人収容可能な講堂は、全席が聴講希望者の予約で埋まっていた。例年にない数の生徒が、事前希望を出してきたらしい。……これも紬効果なのか?

 俺は昨日準備した原稿の内容を必死に思い出していた。紬は部活を立ち上げる行動力があり、仲間のために生徒会長へ立候補した優しいやつで……。あ、あと可愛くて、キューティーで、プリティでアドーラブルでラブリースウィートで……じゃない。他に何を書いたっけ……。

 横では紬が心配そうにこちらの様子を窺っている。うえーん、お兄ちゃん失格だよー。

「兄さん、どうしました? 今になって緊張してきたんですか?」

 健気な紬が余計に傷を抉る。

「うん、いや、ちょっと、その……原稿を家に忘れまして……」

 俺は正直に言った。セカニイ失格でも、何も相談しないよりましだ。

「なんだ、そんなことですか」

 紬はあっけらかんとしてる。……許してくれるの?

「安心してください。私も原稿なんて用意してません」

 ……嘘だろ。

「原稿を読むだけなら小学生でもできます。ですがそれでは人の心に言葉が響きません。自分の言葉で語るのが大切なのです」

 そんなことできるの紬さんくらいだよ……。

 相談したところで何も解決しなかった。


 会場には次々と聴講者が入場し、席が満杯になった。暗転し、選挙管理委員会の注意事項説明が始まる。いよいよ本番だ。

 トップバッターの馬場先輩を見ると、目を瞑って精神統一していた。いつぞやの室井君みたいだ。さすがの上級生でも、この大舞台では緊張するらしい。

「では立会演説を開始します。マイクで紹介されますので、名前が呼ばれたら登壇して下さい」

 選挙管理委員が声を掛けると、馬場先輩が目を開けた。

「馬場君、よろしくね」

 五十嵐先輩が声を掛ける。馬場先輩は「おう」と短く答え、ステージに上がっていった。

 いいなー。俺もあのくらい余裕のある人になりたい。漫画アシスタントの仕事なら余裕でいろんな修羅場をくぐれるのになー。

 馬場先輩は登壇すると、マイクのスイッチを切った。何をするのかと見ていると、いきなり大声で叫び始めた。

「高等部二年一組ぃー! 馬場賢人ぉー! これよりぃー! 五十嵐葵のぉー! 応援を始めるッ!」

 マイクが無くてもよく通る声だった。さすが剣道部……。ここでマイクのスイッチが入った。

「いやーごめんなさい。緊張してたもんで、それを吹き飛ばすために叫ばしてもらいました。改めまして、五十嵐葵の推薦人の、馬場賢人です。五十嵐は見ての通り、真面目な奴です。勉強も運動も、そして部活に生徒会も、全部真面目に取り組んできました。全て真面目に出来る人って、この中にどれくらいいます? 少なくとも俺はできません。必ずどこかで手を抜く。でも五十嵐は違う。手を抜かないし、難しいことでも当たり前のようにこなす。当り前を当たり前にこなす凄い奴なんです。きっと皆のことも、真面目に導いてくれます。この後の彼女の声を聴いて下さい。そして彼女を助けてやってください。助けた分だけ、皆さんに返ってきます。いや、もしかしたら倍になって返ってくるかも。ひた向きな彼女をぜひ、生徒会長にしてやってください。以上」

 馬場先輩の応援は、随分と潔かった。よく見ると原稿を持っていない。……えっ、もしかしてみんな原稿持たないの?

 馬場先輩と入れ替わりで登壇した五十嵐先輩も、原稿を持っていない……。この人達、病気なの?

 一人だけ敗北感に苛まれていると、五十嵐先輩の演説が始まった。

「高等部二年一組の五十嵐葵です。私は昨年度から生徒会副会長を務め、生徒会の仕事は一通り経験しました。私が生徒会長になったら、皆さんが安心して学校生活を送れるよう、スムーズかつ迅速な政策実現を心がけます」

 五十嵐先輩の演説は、意外にもまともな演説だった。

「思い返せば三年前、中等部一年生の生徒が生徒会長になった衝撃的な事件がありました。そのとき生徒会長になったのは、山府六家の渡部家本家嫡男、渡部弘人さんです。彼の敏腕政権は素晴らしく、会山戦での全種目勝利など様々な功績があったことを、覚えている方も多いと思います」

 ……まじか。渡部君ってそんなに凄かったのか。

「何を隠そう、私はその敏腕さに憧れて生徒会の門を叩きました。しかし、現状はどうでしょう。現在、山府義塾は二年連続で会山戦に敗れています。進学実績も振るいません。武道部は相変わらず全国大会で活躍していますが、残念ながら四大大会の優勝からは遠ざかっています。山府のお家芸まで衰退しているのです。この原因の一端が、我々生徒会にあることは間違いありません。しかし、現状では何も変えられていない。我々には何が足りないのでしょうか。今、このボロボロになった学校に必要なのは何でしょうか」

 先輩はまるで悲痛な思いを訴えるかのように、生徒たちに語り掛ける。そして一旦区切った後、打って変わって力強く話しだした。

「この学校に必要なもの。それは、『力』です。ここで皆さんに問います。山府における『力』とは何でしょうか。……私は六家がいることだと思っています。世界に冠たる名家、六家こそが、山府の『力』なのです!」

 堂々たる宣言。会場中が圧倒される。

「会津義塾の噂を聞いたことがあるでしょうか。会津は現在、四名家の長、徳川家が生徒会長になり、勉学にスポーツにと目覚ましい活躍をしています。他の名家もそれぞれ素晴らしい実績を挙げている。しかし山府はどうでしょう。世界に冠たる六家がいるのに、何も成果がない。今こそ山府は、六家の名のもとに団結し、もう一度栄光を取り戻す必要があるのです!」

 先輩のこの発言に、会場が一斉に湧く。……言ってること滅茶苦茶だけど良いのか?

「私は皆さんに約束します! 六家を適切な場所に配置し、もう一度強い山府を実現すると!なので皆さんも約束してください。自分の才能を山府のために活かすと! 圧倒撃滅! 打倒会津! 私達で強い山府を取り戻しましょう! 以上です」

 演説が終了したと同時に、拍手喝さいが降り注いだ。山府コールまで起きている。

 俺は思わず紬を見た。ニヤケながら何かを話しているが、大歓声で聞こえない。

「どうした!? 聞こえない!!」

「この演説! 昨日の手法と同じです! みんな兄さんと同じでまんまと引っかかっています!」

 ……なんてこった。やはり五十嵐先輩は只者ではなかった。

 先輩が降壇してもまだ山府コールが鳴りやまない。俺はその光景に圧倒されてしまい、原稿が無いことをすっかり忘れてしまっていた。

「相田さん、紹介されましたので登壇してください」

 選挙管理委員の声で我に返る。

 慌てて登壇すると、そこには凄い光景が広がっていた。

 やっまっふ! やっまっふ! やっまっふ! やっまっふ!

 鳴りやまない山府コール。

 すると俺の登壇に気が付いたのか、次第にその中から罵声が飛ぶようになった。

「外部入学者は引っ込めー!」

「山府舐めんなー!」

「伝統を馬鹿にするなー!」

 ……さすがにこの仕打ちは厳しすぎませんか?

『静粛にお願いします! 演説が始められません! 静粛にお願いします!』

 選挙管理委員が懸命に場を治めようとするが、罵詈雑言はまだ続く。

「喧嘩なら俺が買ってやる!」

「部外者は帰れ!」

「お前たちに出来ることなんて何もねぇ!」

 ……これは酷い。この学校はここまで愚かだったのか。

 罵声が聞こえたときは驚いたが、ここまで来ると逆に冷静になった。

 こんな中に大切な妹を立たせるわけにはいかない。

 俺は冷静だ。大丈夫。冷静でいる。


 俺は冷静に……キレた。


 我慢の出来なくなった俺は、マイクグリルを掴んだ。

 甲高いハウリング音が会場中に響き渡る。

 ようやく静かになったところで、俺はゆっくりと、話し始める。


「皆さんは『夏風のじゃらし』という小説を知っていますか?」

 俺は努めて冷静に、会場にいるアホ共に語り掛ける。

「去年、『小説ほくと』という文芸雑誌の新人賞で、大賞を受賞した純文学作品です。この賞は芥川賞への登竜門として大変有名で、文学界でも名誉ある賞の一つです。……その小説の作者が、これから登壇する我が妹、相田紬です」

 会場中が静まり返った。ようやく俺の話を聞く気になったか。

「妹は昔から凄い奴でした。小学生の頃、近所にあった、時間によって色の変わる不思議な花についての自由研究を行いました。そこの家主から株を分けてもらい、どの時間に花が開花し、どういった経過で色が変化するのかを徹底的に観察した。色を変える理由について仮説を立て、ネットや図書館の本でこれでもかと理由を調べた。その自由研究は、文部科学大臣賞を受賞しました」

 妹の実績なら腐るほどある。都から表彰されたショッピングモールの研究や、野良猫とボス猫の研究、作文コンクールで二度目の文部科学大臣賞受賞。そして、有名小説新人賞の史上最年少受賞。俺はそれを、凄さが分かるよう簡潔に列挙した。

「どうです? 妹は凄いでしょう?」

 俺はドヤ顔で自慢してやった。会場はまだ静まり返ったままだ。

「妹の凄い所は、実績があることではありません。『これをやる』と決めたら、最後まで徹底的にやり抜くことが凄いんです」

 どの研究も、どの取り組みも、決して簡単だったわけではない。普通の人なら諦めることを、紬は最後までやり遂げる力がある。なぜそれを自信満々に言えるのか。同じことを始めた俺が、早々に諦めたからだ。

「その妹が、『この学校に革命を起こす』と言いました。先程みなさんが仰っていたように、外部入学生で山府の伝統も知らない、圧倒的に不利な立場を分かっていてもです。それほど、妹にとってこの学校は、変えなくてはならない存在だった」

 俺はここで、一度言葉を切った。ふと、雪白さんの顔を思い出した。「私たちのいる山府を嫌いにならないで――」雪白さんは、そう願っていた。なら、そうする。

「みなさん、覚悟してください。妹は徹底的にやり抜きますよ。あいつはこの学校に革命を起こすつもりです。どんな革命なのかは、この後に登壇する妹の話を聞いてください。そして最後に、五十嵐先輩と比べてどちらがこの学校の未来、ひいては山府の未来に繋がるか、よーく考えて投票してください。以上、相田紬の応援でした。……あ、申し遅れました。私は相田紬の兄の、相田司です。では」

 最後に挨拶し、降壇した。拍手は無かった。

 ……怒りで我を忘れていたためか、今になって緊張してきた。

 紬と目が合った。どうだ、お兄ちゃん、頑張っただろ?

「さすが兄さんです。いざという時、本当に頼りになります」

「そうだろうな。俺は世界を代表するお兄ちゃんだから。……あと頼んだぞ」

「任せてください!」

 紬は小さな体いっぱいに大きく息を吸い込むと、意気揚々と登壇していった。


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