第二部三十話
昼休みになった。
正直、物凄く憂鬱だ。あの先輩と食事するのか……。
「司君、今日はどこでお昼食べる?」
ルンルンで聞いてくる雪白さん。……可愛いが、今日は断らなければならない。
「雪白さんごめん、今日は一緒に食べれないんだ」
「えっ」
「……紬と一緒に五十嵐先輩の所に行ってくる」
もの凄くショックを受けた顔をする雪白さん。……ゆるせ六花。それでも俺は、行かねばならぬ!
「今日は本当にごめん! 埋め合わせは必ずするから!」
俺は弁当を持って教室を出た。
紬を二年生の教室へ連れて行くのは何となく危険な気がしたので、俺が先輩を迎えに行って後から合流する作戦にした。
自ら志願したとはいえ、やはり上級生のフロアは緊張する。か弱い後輩なのだ。きっと屈強な男どもに弄ばれ、身ぐるみ剝がされて帰ることになるだろう。
俺はビクビクしながら、五十嵐先輩の教室を覗いた。
五十嵐先輩は……どこだ?
「む、君は確か、何時ぞやの部活動案内少年ではないか!」
いきなり背後から声を掛けられた。快活な声にビックリして慌てて振り返ると、そこには見覚えのある先輩が立っていた。
「あ……何時ぞやの剣道部の先輩……」
快活な声の主は、俺達が部の設立に向けて部員集めをやっていたとき、勧誘ブースを勝手に部活動案内所にした剣道部の先輩だった。
「どうしたこんなところで! そういや部活は無事に設立できたのか?」
「……お久しぶりです。おかげさまで、無事に部活を設立することができました」
「そうか! それは良かった!」
先輩はニカッと笑った。
俺はその笑顔を警戒した。以前、渡部君が言っていたことを思い出したからだ。
『武道部を中心にトポ部を潰す計画を立てている』
この先輩は剣道部。その計画に加担していてもおかしくない。
「誰かに用事があるなら呼んできてやろう。誰だ?」
存外、親切な対応をされてしまった。……あれれ?
「あ、じゃあ、五十嵐葵先輩を……」
「五十嵐な!」
そう言うと先輩は大きく息を吸い込み、五十嵐先輩を呼ぶ。
「おおーい! 五十嵐ぃ! 一年のお客さんだぞぉ!」
その声に、先程は見付けられなかった五十嵐先輩がこちらに気付く姿が見えた。そのまま手を振りながら近付いてくる。
「司君、来てくれたのね。正直、逃げ出すと思ってたわ」
「いや、まあ、約束したんで……」
本当は早退するつもりでしたとは口が裂けても言えなくなった。
「ちょうど良かった。君の隣にいる彼が、私の推薦人なの。馬場君、自己紹介してあげて?」
「む、そういえば自己紹介してなかったな。俺は剣道部所属で、二年一組の馬場賢人だ」
「彼は私が生徒会長になったら副会長をしてもらう予定なの」
剣道部の先輩は馬場さんというのか。名前は初めて知った。
「あ、改めまして、一年一組の相田司です。以前はお世話になりました」
「あれ? 二人は知り合いなの?」
「以前、部活動勧誘のときに知り合ってな」
「そっか。なら今日の昼食も、一緒に食べても平気よね。馬場君、無駄に厳ついから紬さんたちが萎縮しないかと心配してたの」
「むっ失礼だな。俺は心優しいジェン・トルーマンだ」
「誰ですかそれ。ジェントルマンって言いたいんですか?」
しまった。思わず突っ込んでしまった。馬場先輩の様子を窺うと、特に気にするでもなく「そうそれ」と言っている。……良かった。死ぬかと思った。
その様子を見ていた五十嵐先輩は、フフフと笑っている。もしもの時は馬場先輩を止めてくださいね! 絶対ですよ!
「じゃあ挨拶も済んだし、お昼の場所に行きましょうか。紬さんはどこにいるの?」
「教室に待機させています。合流したいので、一度一年生のフロアへ来ていただけませんか?」
「通り道だしかまわないわ。随分警戒しているのね」
そりゃ、あれだけポスターで煽ればね……。
俺達は紬と合流すべく、一年三組の教室へ向かった。
この学校はマンモス校なだけあって、他学年のフロアに行くにも一苦労だ。
長い道中、先輩達とは仲が良いわけでもないので、気まずい。俺は先程から気になっていたことを質問してみることにした。
「馬場先輩は武道部所属なのに、トポ部のこと何とも思わないんですか?」
意を決して聞いてみる。どんな反応が返ってくるんだろう……。
「トポ部? 何だそれ? 武道部とそれが何の関係があるんだ?」
あんれぇ? 武道部がトポ部を潰すって……あんれぇ?
「あの、武道部が室井武尊君の所属先を巡って争っていて、現在所属しているトポ部を潰そうとしていると聞いたのですが……」
「ああ、トポ部って、室井が所属している部か」
馬場先輩はまるで今知ったとでも言うような反応をしている。……どういうこと?
「ということは少年、君が創部した部活ってトポ部?」
いきなり真顔になって聞いてくる。……怖い。
「そ、そうです……」
「なるほどな。それでさっきから俺にビビってたのか」
「……それで、実際の所どうなんですか?」
「武道部が室井を狙ってるのは本当だ。うちの剣道部も欲しい。だが、トポ部を潰そうとしているのは半分正解ってところかな」
……半分正解? まあ武道部も室井君の争奪をしているというし、一枚岩でないのは分かるが、「半分」とは?
「その話は後にしましょう。それより、司君達はなんで立候補したの? 談話室を追い出されたから?」
……これは探りを入れられているのだろうか。……なんて答えよう。
「部室を追い出されたからというのはそうです。でもそれ以外にも理由はあります」
俺は『答えになってるようでなっていない作戦』に出た。つまり答えをぼかした。
「なるほど。六家にほだされたのね」
「ほだされるって……。まるで、六家のみんなが弱いみたいな言い方しますね」
「実際そうでしょう? ちょっとつつけば学校を休み、自分達では対抗しようともせず、外部入学生を矢面に立たせる。これを弱いと言わず、何ていうの?」
ぐぬぬ……、反論できない……。ち、違うもん! 弱くないもん!
「反論できない辺り、あなたも内心では彼らに疑問を抱いているのではないかしら?」
「疑問、ですか?」
「家がこれほど巨大で、その気になれば何だって出来るのに、どうして自分の居場所一つ満足に確保できないのかって」
……そういえば、部室が無くなったとき、いの一番に紬が家を使うと声を上げたが、あんなに巨大な家なら場所なんていくらでも提供できるはず。なんで誰も申し出なかったんだ……?
「ほら、考え込んでる。心当たりは沢山あるようね」
そんなことはない! と言いたいが、一度疑念を持ってしまうと芋づる式に出てくる。
なぜこれまで誰も声を挙げなかったのか。なぜ六家で協力しなかったのか、そもそも周囲から距離を置かれているのには何か原因があるのではないか……。
「今考えても答えは出ないわ。なぜならあなたは、六家側の意見しか聞いていないから」
……確かにそうだ。俺は六家側を全面的に支持し、六家側の言い分しか知らない。俺はもっと先輩側の言い分を聞くべきなのだろうか……。
六家のことを考えていたら、突然、雪白さんの顔を思い出した。……危ない。一瞬、先輩に言いくるめられるとこであった。
この後の昼食、五十嵐先輩に飲まれないようにしなくては……。
俺は気を引き締めて、紬のいる一年三組のドアを開けた。
……紬はどこだ?
紬の席を見ても、教室中を見てもいない。……まさか、紬が気に入らない連中に連れ去られた!?
「先輩どうしましょう! 紬がいま……せ……ん?」
慌てて後ろを振り返った俺は、廊下の先で信じられない光景を見た。
紬が……いや、小ヤンキー番長が、六家を引き連れて廊下をパレードしていた。軽快な音楽付きだ。
生徒たちは遠巻きにその様子を眺めている。
後ろの六家は、弁当を持って真顔で付き従っていた。
……こいつら何してんの?
紬は教室の前でポカンとしている俺達を見付けると、後ろの六家に向かって指示を出した。
「おう、ちょっくら行ってくっからよ、俺の弁当よこせ。あと曲止めろ」
その声に大竹さんが反応し、恭しく弁当を渡す。
「行ってらっしゃいませ」
「「「「「行ってらっしゃいませ!」」」」」
大竹さんが挨拶をすると、その後ろの六家一同も続く。……何この小芝居。
「おう、待たせたな先輩」
紬がこちらに悠々と近付いてきた。
馬場先輩は爆笑していたが、五十嵐先輩の笑顔は……さすがに引き攣っていた。
「紬さん……そのふざけた格好は何?」
「何って、番長だからよ。勝負服着てんだよ」
その言葉に五十嵐先輩の笑顔が一層引き攣る。
「格好は百歩譲って良いとします。でも、さすがに先輩に向かってその言葉遣いは良くないわよ」
怒られてしまった。
「……その通りです。失礼しました」
紬の口調が元に戻った。
このやり取りの間、後ろの六家はずっと紬に頭を下げている。
「あ、皆さんもう大丈夫です。ご協力ありがとうございました」
紬がそう言うと、六家の面々は頭を上げた。
「ふーやれやれ。じゃあ相田さん達、あと頼んだよ」
渡部君がそういうと、六家の面々はぞろぞろと一年三組に入っていった。大竹さんだけが最後まで心配そうにこちらを見ていた。
「皆さんに先輩とお食事をすると言ったら、舐められないようにしようとなりまして……」
紬が言い訳をする。
「今のやり取りだけを見ると、逆に舐められたと思うけど」
俺が指摘すると、紬は目を見開く。……えっ本気で威嚇してるつもりだったの? 場を和ませるためにやってんでなく?
「はーもう、紬さんのせいで戦う気が失せたわ。せっかく良い感じで司君を追い詰めてたのに」
五十嵐先輩は無遠慮に言った。俺の尊厳は傷ついた。
「まあいいわ。早くお昼を食べましょう。場所は生徒会室ね」
そう言うと、五十嵐先輩は相変わらず颯爽と歩き始めた。




