第二部四話
放課後。
部室の鍵を開けると、俺は急いで職員室に向かった。伊藤先生に報告することと、質問したいことが山ほどあるからだ。
職員室に入ると、既に伊藤先生の周りには人だかりができていた。遅かったか。
担当する授業が多く、担任を務め、三つの部活動の顧問をし、部活動統括担当という訳の分からない役職まで持つ伊藤先生の放課後は、基本的に争奪戦になる。
部活動の問い合わせには簡潔に答え、進路相談などの困りごとには別日にゆっくり話せる時間を約束し、授業の質問には丁寧に答える。十数人いた生徒は次々減っていき、最後にようやく俺の番が回ってきた。
「おう相田兄。談話室復活の話、もう全員に聞いたのか?」
「はい。全員、開放して大丈夫だと言っていました」
「そうか。じゃあ早速、告知を作るかー」
「先生、それより質問があるんですけど良いですか?」
「なんだ? お前も進路相談か?」
「いえ、それは自分の担任にするんで大丈夫です。それより、昨日の部活動未所属の三人です。渡部君は入部しましたけど、他の二人は仮入部ってことにしてます。よろしいですか?」
「ああ、それで大丈夫だ。ありがとうな」
珍しくお礼を言われた。明日は季節外れの台風が来るかもしれない。
「どうしていきなりトポ部に入れたんですか? 明らかに行動が不自然なんですけど」
「あの三人が加わって困ったことでもあったのか?」
「いえ、それは無いですけど、いきなりすぎて少々面食らってます」
「困りごとがないなら、そのままいさせてやれ。悪いようにはならないから」
「昼休みに渡部君と話してた、六家と関係があるんですか?」
先生は少し驚いた顔をして、こちらを向いた。
「やっぱり聞いてたか」
「はい。最初はお菓子メーカーの話だと思ってましたけど、文脈的におかしいので気付きました。思い返せば入学以来、ちょくちょく耳にする言葉だったので……」
「そのまま菓子メーカーだと勘違いしていればいいものを……」
先生は盛大に舌打ちをした。……苛立ちはもっと隠してください。教育に良くないですよー。
「六家云々は気にしなくていい。ただ、あいつらは家庭の事情で、普通の部活動に所属しにくいんだ」
「うちも普通の部活動なんですけど……」
「まあ、そうなんだけど。……うーむ、どう説明したら良いもんか」
おほっ! 伊藤先生が困ってる! こいつぁ珍しいぜ! もっと困らせてやろうか……ふっふっふ。
伊藤先生が困り果て、可愛らしいご尊顔に涙を浮かべているところを妄想していたら、後ろに気配を感じた。渡部君だった。
「先生、ある程度なら話してしまって大丈夫ですよ。別に内緒にしている話でもありませんし」
「そうか。……まあ相田兄ならそんな大事には出来ないだろうしな」
……なんか失礼なこと言われた気がする。まあ良い。俺をナメてると危ないってこと、そのうち分からせてやる……。演劇部のヤンキー衣装で下駄を鳴らしながら廊下の窓ガラスを全部割って歩くか。……うん、弁償代が凄そうだ。やめよう。
そんな意味のない妄想をしていると、話す算段を付けたのか、伊藤先生はこちらに向き直った。
「まず六家ってのは、山府に六つある名家のことだ。お前と同じ学年に、六家の本家出身の生徒が勢揃いしている」
ふむふむ。昔々、あるところに名家がありました……と。
「そんで名家ってのは、いろいろしがらみが多くてな。これまで、なかなか部活動に参加できないでいたんだ」
名家の人たちは集落から村八分にされ、かわいそうなことになっていました。……いや、普通は名家が一般庶民を村八分にするのか。まあいいや。
「そこに、県外出身で外部入学のお前たちが部活動を作った。しかも、活動の時間や参加の仕方に融通が利くから、何かあってもいろいろと都合が付きやすい。だから、まあ無理矢理ではあったが、お前たちの部活に六家を集めた」
あるとき、名家がいる集落にマレ人が来ました。マレ人は新しい村を興し、村八分にされた名家たちの村を作り、みんな幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
「おい、聞いてるか?」
先生に叩かれ、俺は我に返った。
「つまり、俺達は村八分された人にとってのヒーローってわけですね」
「はあ?」
先生は怪訝そうに眉間にしわを寄せていたが、隣の渡部君は大笑いしていた。
「ま、まあ、当たらずといえども遠からずかな。相田君本当に面白いね」
そんなに褒められたら悪い気はしない。もっと褒めてもいいんだよ?
「そんなわけで、トポ部には今、六家が勢揃いしている。特段、気にすることではないから、相田兄妹はそのまま普通に部活を続けてくれ」
「六つの家があるのに三人しかいませんよ?」
俺が指摘すると、先生はしまったという顔をした。渡部君はニコニコしている。
「もうここまで話したから全部言うが、お前達が最初に集めた大竹と室井と雪白も六家だ」
なんと、本当に六家が勢ぞろいしていたらしい。
「でも俺達、偶然集まっただけですけど」
「そう。なぜかお前ら兄妹は六家を次々に引き当てていったんだ。だから残りも預けることにした」
そんな託児所みたいに言わんでも……。
「そういうわけだから、よろしくね! 部長さん!」
渡部君は上機嫌に背中を叩いてくる。まあいろいろ聞いたが、とりあえずいきなり部員を押し付けられた事情は分かった。部室に戻るとしよう。
先生にお礼を言うと、俺達は部室へ向かった。




