エピローグ
今回が最終回です!
清隆君の奏でるヴァイオリンの旋律が、私の胸を震わせる。
うっとりと余韻に浸りながら、私は尊敬のまなざしで彼を見上げた。
「もしかして清隆君、経験者?」
「いや。動画の見様見真似」
「ほんとに!?」
習っていた私よりも上手だなんて、どういうことだ。
相変わらず、彼は芸術の神に愛されている。
「この家、グランドピアノもあるんだろう? 後で弾いてみたいな」
「いいよ。うまい人に弾いてもらえたらピアノも喜ぶと思う」
「ピアノとヴァイオリンに、それから乗馬だっけ? かっこいい習い事ばかりだな」
「どれも中途半端に終わっちゃったんだけどね」
「そういうのを聞くと、本当にお嬢様なんだな、って実感するよ。あ、悪い意味じゃないぞ」
必死に否定する清隆君の姿がおかしくて、私はクスリと笑ってしまった。
「ふふ。わかっているよ」
実は今日、清隆君が私の家に遊びに来ています。
いわゆるおうちデートというやつだ。
少数派の意見かもしれないが、勝手知ったる我が家の方が安心するのだ。唯一の欠点といえば――
「……」
視線を感じてドアを振り返ると、わずかに開いた隙間から安井がこちらの様子をのぞいていた。しっしっ、と手で追い払う。
「そういえば、あの絵、まだ取っておいてくれたんだな」
清隆君がうれしそうに呟く。
初めて出会った時に清隆君が握りしめていた、運動会の絵。
小四の終わりに彼からプレゼントされたそれは、今でも私の家に飾られていた。
「当たり前じゃない。あの絵が一番好きだもの」
「でも、まさか玄関に飾ってあるとはな。一番目立つ場所じゃないか」
最初は自室の机の上に置いていた。その後、絵の存在に気づいたお父さんが、立派な額縁を買ってくれたのだ。
「こうやって誰かの家に飾られていると、自分の絵が名画になった気がするな」
「清隆君の絵は名画だよ」
「……面と向かって言われると照れるな」
その時、机の上で何かが倒れた。音のした方へ清隆君の視線が吸い寄せられる。
「ん、なんだこれ。ペットボトルに、毛糸……?」
「あぁっ!!」
私の口から情けない悲鳴が漏れる。しまった、隠すのを忘れてた!!
これは、ペットボトルに割り箸を貼り付けて作った簡易編み機だ。
編んでいるのはマフラー。もうすぐクリスマスだから、清隆君へのプレゼントを作ろうと思っていたのだ。だって、手作りのセーターやマフラーに憧れる、って言ってたし……。
本当はもっと本格的なものを用意したかったが、私は器用じゃないし、クリスマスまであまり時間がない。
だから、初心者でもできそうな方法を安井に伝授してもらったのだ。安井は祖母から教えてもらったらしい。
「……」
清隆君はペットボトルを手に取ると、じぃっと見入っている。
困ったなあ、バレたらサプライズにならない。
というか、冷静に観察してみると、普通に下手だ。
それに、プレゼントにしては安っぽい気がする。
……仕方ない。プレゼントは後で別のものを用意しよう。
私はさりげなく清隆君の手からペットボトルを取り上げる。
「ああ、これ? マフラーを作るつもりだったんだけど、失敗しちゃったんだ」
恥ずかしさをごまかすため、わざと明るい声を出す。うまく笑えているだろうか。
「あはは、慣れないことはするもんじゃないね」
ゴミ箱に捨てようとしたところ、清隆君に手首を掴まれた。
「それを捨てて、本当に後悔しないか」
痛いところを突かれて言葉に詰まる。
確かに、何回も練習を積み重ね、ようやく本番に取りかかっていたところだけど……。
「目の下に隈ができている。徹夜で作っていたんだろう? 俺はいろはの努力を無駄にしたくない」
……参ったな。彼はすべてお見通しのようだ。
「清隆君に渡すつもりだった、と言ったら受け取ってくれる?」
「俺にか!? うれしいな、手作りか」
清隆君が声を弾ませる。お世辞で言っているようには見えないが……。
「かなり下手くそだけど、本当にいいの?」
「そんなこと思わないさ。恋人が、俺のために一生懸命作ってくれたんだぞ? うれしいに決まっているじゃないか」
冬どころかオールシーズン着用してやるさ、と清隆君は力強い笑みを浮かべた。
――清隆君って、本当に私のことが好きなんだなあ。
胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
もちろん私も、清隆君のことが大好きだ。
「だからさ、もっと自信持ってくれよ。誰が何と言おうと、お前は世界で一番の、俺の恋人だ」
「もう、清隆君ったら!」
恥ずかしさのあまり、彼の肩をぽかぽかと叩く。
自分で言って照れたのか、清隆君の頬もほんのり赤く染まっていた。きっも私の頬も真っ赤になっていることだろう。
◇
私は昔から自己肯定感が低かった。
自信も勇気もなく、そのうえ傷つくことを恐れた。そのせいで、本当の気持ちさえも封印しようとしていた。
だけど今は違う。
少しずつ変わろうとしている。
私のことを大切に想ってくれる人がいる、とようやく気づいたのだ。
だからもう、「私なんか」って言葉を使うのは終わりにしよう。
これにて完結となります。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!




