(4)海中洞窟と大空洞
〇原子力潜水艦「かみかぜ」ブリッジ
「艦長! 12時に反射あり。行き止まり、岩盤です! 距離1200」
ふいに音無が叫んだ。
「行き止まり・・・ 藤本、大津までの距離は?」
三上副長が尋ねる。
「直線距離でまだ3キロはあります」
「3キロ手前で行き止まり・・・か」
「岩盤までの距離100で停止。全方位ピンを打て」
との中野艦長の指示に、
「岩盤までの距離100で停止。全方位ピンを打ちます」
ソナーマンの音無が復唱する。
「距離100。停止します!」
藤本プレーンズマンの報告を受け、音無がアクティブソナーを打つ。艦内に響くカーンカーンと言う音。
ソナーコンソールに映し出される映像を見て、
「水田、状況!」
と、音無が部下の水田に状況報告を求める。
「はい! 近傍に艦影無し。岩盤は・・・本艦後方50メートルを中心とした直径300メートルほどの円形、上方は・・・上方も深度20で円形反射、水面です! その上は巨大な空洞と思われます! 本艦は巨大な球体の中にいるようです!」
音無が中野の方を振り向き、報告に間違いはない、というように頷く。
それを見て中野艦長が指示を出す。
「潜望鏡深度」
「潜望鏡深度-ッ」
「三上、潜望鏡映像をブリッジのスクリーンに映せ」
「了解!」
帽子を前後逆にかぶり直し、潜望鏡を覗く中野。乗組員たちはスクリーンをじっと注視する。サーチライトを点灯し、周囲をゆっくりと確認する中野。映し出される映像を見る限り、水面から上の断崖はぐるっとボールのように丸くなっている。
「真上はわかりませんが、見たところ半球状の洞窟、みたいな感じですか?」
「あぁ、そうだな。ん、あれは?」
そう言って潜望鏡の停止した先には、陸地が見える。
「ビーチみたいな感じだ、砂浜?」
誰かが言う。
「いや、砂浜ではないだろうが、ボートなら上陸できそうだ。藤本、映像撮ってるな?」
「もちろんです!」
「見たところ、上陸できそうなのはここだけか」
中野艦長のつぶやきに、
「あとはぐるっと断崖でしたね」
と三上副長が応じる。
舞鶴から南東方向に真っすぐ伸びていた海中洞窟は大津の手前で行き止まり、そこは球体をした大空洞になっていて、進入方向の8時から10時にかけて、ボートで上陸できそうな陸地が確認できた。
中野が潜望鏡を戻し、振り返って一人のスーツを着た男を見つめる。
「大泉?」
「間違いない、ここだ」
大泉と呼ばれた男の返事を聞いて、ブリッジ全員の視線がその男に集まる。
「三上、このまま浮上」
中野艦長が命じる。
「浮上、了解」
そう復唱して藤本に操舵を促すと、船体がゆっくりと浮上を始めた。
「何が、ここなんですか?」
水田が聞くと、大泉が答える。
「大津ボルデメ直下にある大空洞だよ」
「ボル・・・ん?」
「ボルデメだよ水田。大阪航空局 大津航空無線標識所。略して大津ボルデメ。でも確かあそこはずいぶん前に廃止されたのでは?」
と永野通信員が大泉に尋ねると、
「あぁ、ボルデメとしての機能はもうない。ただ内調と防衛省の情報本部が、国家防衛の要と位置づけ、廃止された全国5か所のボルデメを秘密裏に改修している」
「防衛省情報本部! べ、別班ですか!!」
永野が喜々として叫ぶと、
「お前はテレビの見過ぎだ!」
と三上副長に諫められた。
大泉が続ける。
「その5か所のうちの1つ、大津ボルデメがこの真上にある。ボルデメの改修の際に行った地質調査で、直下に巨大な大空洞があることが分かったらしいのだが・・・そこに何かを作るのか、どう利用しようとしているのか、それ以上の情報は内閣府参与の身分の私には降りて来なかった」
「かみかぜ」に乗艦する背広組の一人、大泉純一郎 内閣府参与。
元は防衛省国際政策課所属。アメリカ海軍留学中に培った米軍とのネットワークを買われ、米軍の依頼で建造することになった「かみかぜ」に内閣総理大臣特命補佐として乗艦。米軍と協力しながらレアアースを狙う東亜共和国軍の動きをけん制する役目を担っている。
「中野艦長、上陸は可能か?」
大泉が尋ねる。
「浮上もしたし機能、設備的には可能だ・・・」
そう言って時計を見る中野。
「だが時間的に、今日は戻った方がいいだろう。若井大臣補佐官も到着しているだろうし、時間が遅くなると低気圧で波が高くなる予報も出ている」
「波! それは勘弁してほしいです! そうでなくても狭い洞窟、波が高いと舞鶴湾への出口付近は海流が読めないんですよぉ」
と泣きの藤本に、
「それでも何とかするのがプレーンズマンの仕事だ」
と一喝したのはプレーンズマン出身の三上副長。
そのやり取りを聞いて、頷きながら、
「ま、でも艦長の言う通りですね、試験潜航はまだありますし、今日のところは戻りましょう。次回までに私ももう少し情報を仕入れておきます」
大泉は上陸を次回に持ち越すことで同意した。
艦内でこんな会話が行われていたころ、浮上した「かみかぜ」を、球体の大空洞へと降りていく階段から驚愕のまなざしで見ていた青年と一匹の猫がいたことを、この時はまだ大泉たちは気づいていなかった。その青年が階段を昇って行ったあと、「かみかぜ」はゆっくりと潜航し、帰路についた。




