(3)横須賀の「殺人舵」と呉の「神の耳」
〇海上自衛隊 横須賀潜水艦基地隊
横須賀に「殺人舵」と言う二つ名を持つ物凄いプレーンズマンがいると聞き、三上自らが出向いて引っ張ってきたのが「かみかぜ」のプレーンズマン、藤本波二等海曹である。
横須賀基地第2潜水隊群第6潜水隊所属の「せいりゅう」のプレーンズマンが藤本だと聞いた三上は、舞鶴基地司令に口をきいてもらい、展示航海に乗艦させてもらえることとなった。ブリッジで、初めて藤本と対面した三上の口をついて出た言葉は、
「なんだ、女か」
だった。そのセリフを言った瞬間の「あ、それ言っちゃマズイ・・・」と言わんばかりの「せいりゅう」艦長の表情を三上は見逃した。そればかりか、他の隊員たちが絶望的な表情で、ハーネスを締めたり、手すりを握りしめたりしたことにも気が付かなかった。
プライベート空間が皆無と言っていいほどの閉鎖空間の潜水艦にあって、女性隊員が少ないのは仕方のないことだ。だが2020年に初の女性乗組員が誕生して5年以上も経つというのに、いまだに自衛隊には男尊女卑の考えをするヤツがいる! 三上が発した「なんだ、女か」と言う言葉が藤本の潜水艦乗り魂に火をつけた!
その女がどんな腕前か、身をもって知るがいい! とは口にこそ出さなかったが、藤本の心はメラメラと燃え盛った。
「せいりゅう」は横須賀基地を出港し、岸壁や他艦との衝突可能性のない海域に出るやいなや、藤本が艦長に対潜兵器回避演習を進言し、いきなり急潜航、急旋回を開始したのだ!
さすがの艦長も、
「ふ、藤本、賓客対応でいいんだぞ!」
と、お偉いさんなどを乗艦させた際の、緩やかな操艦を促したが、
「三上三佐には実務の腕をお見せした方が目的に叶うと思いますので!」
と言って受け付けず、右に左に、上に下に、まるで戦闘機であるかのような操艦を続けること15分、仕上げとして、30度を超える角度での緊急浮上で藤本劇場の幕が閉じられた。
操艦中、三上は一言も発することはなかったが、なるほど、聞きしに勝るプレーンズマンだ、と思った。
基地に戻り、上陸後、
「お眼鏡には叶ったでしょうか」
そう言いながら、してやったりの表情で艦長と一緒に自分の元に歩いてきた藤本に、
「殺人舵の二つ名に恥じぬ操艦だった。確かに敵のいない凪いだ海での操艦は得意なようだが、我々が求めているのは、敵のいる荒れた日本海で、針の穴を通すような正確無比の操艦ができる人物だ。君は少し違うようだ。時間を取らせて済まなかった」
と言って三上は横須賀を後にした。その足で今度は呉基地に行き、舞鶴に戻ってきたのは3日後だった。
〇海上自衛隊舞鶴地方隊内 潜水艦部隊準備室長室
舞鶴基地に戻ってすぐ、中野艦長に呼ばれた部屋に三上が行くと、そこにいたのは藤本だった。
藤本は三上を認めると、さっと立ち上がり、直立不動の姿勢で敬礼して言った。
「三上三佐、先日は大変失礼いたしました!」
相手は二等海曹とはいえ、こんなビシッとした敬礼を受けるのは初めてだったので、三上はちょっと驚いたが、
「休んでくれて構わない。それより今日はどうして?」
と聞くと、藤本がちらりと中野を見る。中野は、敬礼を解いて休みなさい、と手で合図しながら言った。
「三上。先日の顛末、「せいりゅう」艦長から聞いたよ。藤本二曹は殺人舵の本領発揮だったそうじゃないか」
「えぇ。確かに腕は見事でしたが、中野艦長が求めておられるプレーンズマンとは違うようでしたのでお断りを・・・」
と言ったところで中野が口をはさむ。
「なんだ、女か」
「は?」
「彼女を見て、そう言ったそうじゃないか?」
「あ、いやそれは・・・」
「確かに潜水艦乗りの女性隊員はまだまだ少ない。だがその事実を差し引いても、開口一番のセリフが「なんだ、女か」ではチームオーガナイズは出来ないぞ、三上」
「・・・はい、申し訳ありません」
三上は蚊の鳴くような声で中野に頭を下げた。
「そのセリフを聞いて、藤本二曹は実力行使に出たらしい。操艦後、我々が求めているのは針の穴を通すような正確無比の操艦ができる人物だ、とお前から聞いてようやく我に返ったそうだ」
「その節は大変失礼いたしました!」
藤本二曹は、敬礼は解いたものの、直立不動のまま、三上に視線を合わさず前を見据えて言った。
「藤本二曹は、あの日の、これ見よがしの操艦をいたく恥じて、艦長に直訴し、わざわざ休暇を取ってオレとお前に謝りに来てくれたそうだ。その時、披露は出来なかったようだが、藤本二曹の腕は日本海の荒波でも針の穴を通すことができることを保証すると、「せいりゅう」艦長からのお墨付きだ」
そう言って中野は会議机の上に「舞鶴基地司令 海将 安藤豊殿」と書かれた藤本の推薦状を置いた。
「なんだ、女か」は、単純に男だとばかり思っていたプレーンズマンが女性であったため、意識もせずに口をついた一言であったが、確かに軽率ではあった。「かみかぜ」のプレーンズマンを探すというミッションを考えれば、その腕前が艦長の求めに合致するものであるかどうかを見抜く操縦をしてもらう必要があり、その点からも相手を不快に思わせてしまう言動は慎むべきであった。そう反省し、
「・・・藤本二曹、すまなかった」
三上は素直に謝罪した。
「いえ、私の方こそ、あの程度のことで頭に血が上るようでは、プレーンズマンとしてまだまだ半人前だと自覚いたしました。つきましてはプレーンズマン出身の三上三佐の元で、今一度精進したく、お願いに参上した次第です」
「だそうだ三上。きちんと面倒見てやれ」
そんな顛末で藤本が「かみかぜ」のプレーンズマンになることとなった。
ソナーマンは、安藤基地司令が呉基地に直々に掛け合って、「神の耳」の持ち主と言われる音無真司一等海曹を引き抜いてくれた。
自衛隊とはいえ、軍事組織だ。軍事組織で上官の命令は絶対だが、さすがに人事までは、と中野も思ったのだが、呉基地司令は安藤舞鶴基地司令の防衛大学校時代の2学年後輩で、しかも初任地では直属の部下だったとのことで、日本防衛の要となる「かみかぜ」への音無一曹の異動を、快く承諾してくれたらしい。
当の本人はというと、「かみかぜ」への異動はあまり乗り気ではなかったらしい。なぜかと聞いたところ「舞鶴には遊ぶところが少なそう」というのが理由だったそうだ。
確かに横須賀や呉に比べたら舞鶴は基地の規模としては小さめだ。その分、周りの遊び場も少ないかもしれない。音無は、趣味がカラオケに行って大音量でヘビメタを歌うことだそうで、舞鶴にはそんなカラオケ屋が無いのではないかと思い、遊ぶところが少なそう、と答えたらしい。
それにしても「神の耳」が大音量でヘビメタ・・・。上司はソナーマンを希望する音無の配属をだいぶ躊躇したそうだが、ひとたびソナーマンのコンソールに座ると、その耳だけで、車で言う縦列駐車も数センチの誤差でやってのける腕前・・・いや耳前で、それを目の当たりにして配属を決定した。当時の所属艦の艦長からの信頼も抜群だった。
その噂を聞き付けた安藤司令が、呉基地に掛け合ってくれたのだ。
こうして潜水艦運航の要となるプレーンズマンとソナーマンはじめ、他の乗組員も全て揃った「かみかぜ」。今日は7回予定されている初期試験潜航のうち5回目の潜航であった。




