(37)地底湖潜入
公安外事第2課長の東山から内閣情報調査室長の山中に、大津ボルデメ、及び直下の大空洞について、調査協力依頼の電話があったのは、それから3日後だった。
小野は、大空洞地底湖説なんて子供騙しもいいとこだと思ったが、内調が仕切っている大津ボルデメをつつけば何か出てくるかもしれないと策をめぐらせ、第2課長に内調への橋渡しを依頼したのだ。
その策は、こうだ。
東亜共和国大使館による不正アクセスの件を調べていたところ、日本が原子力潜水艦を建造したというまことしやかな情報が入ってきて、しかもその情報が東亜共和国に漏洩している可能性があるという。
防衛省情報本部の知り合いに確認したところ、防衛省では建造の事実も含め確認されないが、大津ボルデメの地下には大空洞があって、そこで特異な動きがあるようだ。しかしボルデメの管理は内調なので、防衛省ではわからないという。無駄足になるかもしれないが、ボルデメを調べてみるのはどうか、
と掛け合ったのだ。
課長は、原潜については眉唾物だと一蹴したが、ボルデメについては次期国防の要になるとの噂を聞いたことがあるらしく、
「大空洞にはボルデメのデータセンターでもあるのかもしれない、もしその情報が東亜に漏れているとすれば一大事だ」
と了承してくれた。
山中内閣情報調査室長は、東山課長の電話を受けて、原潜建造についても、地下のボルデメデータセンターについても一蹴した。
しかし、そういう噂があり、しかも東亜共和国に漏洩している可能性があるなら、公安としても調べないわけにはいかないんだと食い下がる東山課長に、
「でも地下には何もないですよ、東山さん」
と言ったが、
「無ければ無いで、それでいいんだよ。地下に何もなければ、そもそも漏洩するような情報そのものがないってことだ。それがわかるだけでもうちの継続調査対象が一つなくなることになるんだから、どうか協力してくれ」
という東山に、根負けする形で、と内調職員立ち合いの元ならと、OKを出した。
***
底冷えのする11月下旬。
公安による調査当日、内調から立ち会ったのは、大泉の部下の中江だった。
「調査は地下部分と伺っています」
「可能であればボルデメ内部も調べさせてもらえますか」
「それは不可能です。基本的に、ボルデメには管制局員のみ入室を許可されており、事前に入退室時間を申請の上、顔認証登録済みの者だけが入室できる手続きとなっていますので」
「・・・では地下だけで結構です」
中江が、ボルデメの通用口の認証をクリアし、扉を開ける。ひゅおぉーっという音ともに風が吹き抜け、地下へと延びる煙突のような筒の中にコの字の取っ手が見えた。小野も山下も、思わず、おぉっと声に出して驚いた。
「申し訳ありませんが、携帯電話はここでお預かりします。電波もGPSも地下では届きませんが、撮影も禁止ですので」
そう言って中江は二人から携帯を預かり、セーフティボックスにしまう。
「では、私が最初に降りていきますので、後に続いて降下をお願いします」
「わかった」
3人は、ヘルメットにヘッデンを装着して中江を先頭に下っていく。
「ここが最低部になります」
そう言って中江が照明設備の電源を入れる。
空洞全体がぱっと明るくなり、透明な水を貯めた地底湖が現れた。
小野と山下が驚いたような表情で辺りを見回し、周囲を歩きだす。
陸地部分の一画に、シートに覆われたものがあったが、めくってみたら建築用の資材だった。
聞かれる前に中江が答える。
「照明設備の設置や、降りてきた階段の取っ手を付けた際の工事資材の残りです」
それでも歩き回る二人の背中に向かって、
「ご覧の通り、ここにはまだ照明設備があるだけで、ご懸念の、漏洩して困るような我が国の防衛機密は、何一つありません」
と中江が説明したその時、突然、地底湖の方からポコポコという音が聞こえてきた。二人が振り返ってみると、真ん中あたりから気泡が上がっている。
それはだんだんと大きくなり、湖全体が沸騰しているような感じになった。
水面が白波立ち、棒のようなものがにょっきりと姿を現す。そして、巨大な鉄紺色の物体が、ゆっくりと浮上してきた。
「こ、これは・・・」
「潜水艦っ!」
ぎょっとしたまま固まっている二人の足元に、小さな波が打っては戻りを繰り返していた。
驚いたのは小野と山下だけではなかった。中江は、二人に悟られないよう
「(マジか、このタイミングで浮上してくるか、「かみかぜ」よ! 今日はここには来ないんじゃなかったんですか、大泉さん!)」
と心の中で叫んだ。
とにかく、この二人にこれが「かみかぜ」であることを悟られてはならない! なるべく早くここを出なくては!
小野は潜水艦を見つめたまま、
「地底湖があっただけでも驚きなのに、まさか潜水艦が浮上してくるとは・・・」
「こ、この地底湖は琵琶湖に繋がっているんですか?」
山下が中江に尋ねる。
中江は上を指さしながら、
「私は内調の人間で大津ボルデメの運営管理が仕事です。この大空洞のことも、地底湖のことも、ましてやこの潜水艦のことも存じていることはありません」
と冷静に、顔色一つ変えずに言い切った。そして、
「お調べの、漏洩に関する情報や設備がここにないのは明らかになったと思いますので、退出をお願いします」
とコの字階段へ手招きしながら続けた。
「いやいや! 今まさに漏洩の本丸である原潜が浮上してきたじゃないか!」
小野がかみかぜを指さしながら抗議する。
「私にはこれが原潜かどうかの判断は出来かねます。加えて、これ以上は私どもではなく防衛省の管轄になりますので、潜水艦やこの地底湖のことをお調べになりたいのであれば、防衛省への許可申請が必要です」
そう言って、中江は半ば強制的に、力づくで二人をコの字階段を上らせた。




