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(36)謀略

●在日本東亜共和国大使館

舞鶴湾沖防衛出動から3か月ほど経った去年の10月。


警視庁公安部外事第2課の小野掛長と山下は東亜共和国大使館にいた。

東亜共和国の日本に対する工作活動を捜査対象としている公安が、敵の本丸ともいうべき大使館を訪問するなど、本来はあり得ないのだが、「提供したい情報がある」との連絡を受け、外事第2課の小野掛長と部下の山下が出向くこととなった。


二人はかねてより、大使館からの不正アクセスにより、日本企業の機密情報が漏洩した案件を調査しており、外務省を通じ、大使館員への事情聴取を要請していた。


「これまでなしのつぶてだったのに、どういう風の吹き回しですかね」

応接室で待たされること15分。腕時計を見ながら山下が言った。

「さあな。オレたちのしつこい要請に根負けして、不正アクセスは自分たちですとでも白状してくれりゃあ助かるんだけどな」

部屋をうろうろし、高価そうな置物に目をやりながら小野が答える。


その時、

「お待たせしました、小野さん、山下さん。わざわざご足労いただいて申し訳ありません」

そう言いながら入ってきたのは大使館ナンバー2の劉公使と陳参事官だった。


名刺交換はしたものの、警戒した表情を崩さない両名を見て、劉公使は、

「まぁ、そう緊張なさらず。今日は私共からご提供したい情報があって、お越しいただいたのですから。どうぞお座りください」

と、にこやかに席に着いた。


「公使、外務省から提出しました貴大使館による不正アクセスに関する事情聴取要請書には、目を通していただけましたか?」

と小野がいきなり切り込む。


劉公使は笑顔を絶やさず、

「その件についてお越しいただいたのですから、もちろん拝見しております。どうやら当大使館で契約している情報系のスタッフが、同僚に自分のスキルを見せびらかすため、面白半分にやったようでして。のちほど本人を呼びますので、お気の済むまで取り調べてください」


なるほど職員のせいにしようってか、このタヌキが!と小野は思ったが、そんなことはおくびにも出さずに、

「ご協力感謝します」

とだけ言った。


すると、

「代わりと言っては何ですが・・・」

給仕が運んできたコーヒーカップを持ち上げながら、小野をまっすぐに見て劉公使が口を開く。にこやかな笑顔はそのままだ。


「率直に申し上げます。日本が建造した原子力潜水艦に関する情報を売っていただきたい」

「は?」

小野と山下は同時に声を上げ、顔を見合わせた。


「日本の原子力潜水艦って、そんな事実は我が国にはないが」

そういう小野に対し、

「貴国で舞鶴湾沖防衛出動と呼んでいる先月の事案にも、実はその原潜が暗躍したのではないかと私どもでは睨んでいます。みなさんたちの監視対象にはなっていないのかもしれませんが、我が国のアメリカにいる工作員からの情報によれば、日本が確かに原子力潜水艦を建造したとの情報もあります」


何を言ってるんだと言わんばかりに眉間にしわを寄せる二人の顔を見て、公使が続ける。

「この国にいる我々の工作員はあまり優秀ではないのか、それともあなた方、日本側のガードが堅いからなのか、私の元には具体的な情報が何一つ入ってきません」


「日本の公安である俺たちに向かって言うことじゃない。自分たちでやればいいじゃないか」

「もちろん、出来ることならそうします。実際、これまでは我々の工作員が様々な手を使って情報を入手しようと試みたのですが、原子力潜水艦の「げ」の字一つ、出てこない有様です。かといって、これ以上派手に動けば、あなた方の監視がさらに厳しくなる」


「・・・ならいっそ、逆に俺たちを使え、ってことか」

「さすが、小野さん。陳参事官が目を付けただけのことはある」

満足そうに頷き、ソファに深く体をうずめる劉公使に、えぇえぇと言った感じで頷く陳参事官。

公使が続ける。


「ここは日本の治外法権、我が東亜共和国大使館です。ここでの話は一切日本側に漏れることはありません。ですので、お受けいただけない場合は、今のお話はここを出た瞬間にお忘れください。ですが、もしお受けいただけるのであれば、相応の報酬をご用意させていただきます」

「報酬? 我々を買収、するということですか?」

山下が反応する。

「ありていに言えばそうなります」


バカにするなとでも言いたそうな表情で立ち上がりかけた小野に向かって、と劉公使が言う。

「例えば、乗組員一人の情報で100万」

それを聞いて、立ちあがりかけた腰が止まる小野。


「一人で100万・・・」

「えぇ、何も履歴書を提供してくれとは申しません。氏名と階級、担当する持ち場の情報だけでも構いません。10人の氏名がわかれば、それで1000万円です」

「1000万!」

と言い、顔を見合わせる小野と山下。


「もし、潜水艦の航続距離や潜航限界深度、装備等の仕様がわかる書類など手に入れば、1億はお約束します。たとえ写真1枚であっても、写っている場所によっては、それだけで100万お支払いします」

言葉を失くす公安二人。


「誤解なきよう申し上げておきますが、乗組員や仕様がわかったからと言って我が国が日本の原潜建造を避難するつもりも、国連で取り上げて問題にするつもりもありません。ただ、付き合いの長い隣人として、日本がどのような軍備を進めているかを知っておきたいだけです」


いつしか劉公使の顔から微笑みが消え、真顔で二人を見つめて続ける。

「かつての大戦に敗北し、不戦の誓いを立てたこの国が、今再び軍拡に向かおうとしているのか、それとも自衛権の範囲内で軍備調達しているだけなのか、隣人である我々に知る権利があると、そうはお思いになりませんか」


そして二人の顔を交互に見て、最後にこう言った。

「国民に公表していないのは、それなりに理由があるからでしょう。そこを詮索するつもりもありません。一度ご検討いただけませんでしょうか」


***


二人は硬い表情のまま大使館を後にした。車を運転しながら、

「小野さん、この話、課長に言った方がいいんでしょうか?」

と山下が聞く。

「買収の提案を受けましたってか?」

「いや・・・」

口ごもる山下。

「それを言ったら、この話は無くなるな、確実に」

「ですよね。・・・にしても写真1枚で100万・・・」

「山下の小遣いには十分すぎる額だな。うちも子供の学費にも充てられる」


「小野さん、受けるんですか? ってか、そもそも原潜を作ったなんてこと、聞いたこともないんですけど、ホントなんでしょうか」

「仮に作ったとして、その情報をどこから得るか、だな。話を受けたはいいが、情報が手に入らないんじゃどうにもならない」

「それもそうですね」


「・・・とりあえず調べるだけ調べてみるか。劉公使への返事は情報入手のめどがついてからでもいいだろう」

「調べるって言っても、大っぴらには動けませんしね」

「まぁそうだな。一つオレにあてがある。防衛省の情報本部にオレが出向していた時にかわいがってた後輩がいるんだ。ちょっと聞いてみるか」


そう言って、小野は携帯を取り出し、スピーカーにして電話を掛けた。


「もしもし小野さん、ご無沙汰しています!」

元気のいい声が車内に響く。


「久しぶりだな望月。元気にしてるか?」

「おかげさまで、なんとかやってます。先月は、披露宴でのスピーチ、本当にありがとうございました!」

「いや、こちらこそ、新婚旅行の土産までもらって、かえって気を使わせてしまったようで悪かったな」

「とんでもないですよ! 小野さんには出向されてるときにも随分お世話になりましたから」


「奥さんも変わりないか?」

「はい、アイツは俺以上に元気です」

「そうか。ならよかった。ところで今日はちょっと聞きたいことがあって電話したんだが・・・」

「聞きたいこと? はい、何でしょうか? え、まさか公安の先輩からってことは・・・うちに調査が!」

「いやいや、そんなんじゃない・・・こともないかもしれんが・・・実は防衛省で原子力潜水艦を新造したって話、聞いたことあるか?」

「原潜? うちでですか? いや、それはないでしょう! 国会で議論もしてないものを勝手に作れるわけありませんよ」

やっぱりな、という表情の山下。


「やはりそうか・・・」

「どこでそんな情報を?」

「こんなことを聞いた手前、情報本部のお前だから言うが、実は東亜共和国に、日本が新造した原潜の情報が漏洩したらしいと言う情報があってな。その真偽も含め、公安で調査に乗り出したんだよ」

えっと言う顔でこっちを見る山下。それを手で制する小野。


「漏洩って・・・それは大問題ですけど、そもそもその情報は確かなんですかね。原潜新造ともなれば、仮にそれが極秘であったとしても、うちにも情報の一つくらい入ってきそうなもんですけど」

「そうか、そうだよな」

「えぇ、そう思いますよ。でもうちは今、次世代のディーゼル艦ですら予算を渋られてるので、原潜はさすがにないと思いますよ。まぁ、でももし何か耳に入ってくるようなことがあれば先輩にも連絡を入れるようにします」

「うん頼む、助かる」


ところで、と言って望月が続ける。

「潜水艦といえば、大津の航空無線標識所ってご存じですか?」

「航空無線標識所? いや初めて聞くなぁ」

「通称、大津ボルデメって言うらしいんですけど、如意ヶ岳って山の頂上にある、航空機の経路確認とかに使う施設です。そこ自体はもうお役御免になったんですが、防衛省と内閣府で再利用するとかで地質調査をしたらしいんですよ。そしたら地下に、それこそ潜水艦が停泊できるくらいの大空洞が見つかったって、聞いたことがありますよ。その後は、内調が仕切ることになったので、すっかり情報は入ってこなくなりましたけど」


「内調って内閣情報調査室か?」

「えぇ、そうです」

「ふーん、なんだろうな。しかし山の地下に大空洞が見つかったって言ったって、水が無けりゃ潜水艦も停まれんだろう」

「まぁ、そうなんですけどね。ただ、場所が大津なんで、琵琶湖からこっそりトンネル掘ってとか、内調ならやりそうじゃないですか! ま、所詮は内輪の妄想話ですけど」


「大津ボルデメ、か。ちょっと調べてみるか。あぁそれから望月、オレたちが動いてるって話、くれぐれも他言無用で頼む。かわいい後輩を情報漏洩で逮捕、なんてしたくないからな」

「わかってますよ、先輩。新婚の後輩を逮捕なんて、勘弁してください」

そう笑って電話は切れた。


「東亜への情報漏洩って、作戦ですか?」

小野はニヤリとしながら、

「あぁ、国家の一大事と言う舞台を作れば、何か出てくるかと思ったんだが・・・あいつも何も知らないようだったな」

と答えた。


「そんなことないじゃないですか。あの、何て言ってましたっけ、大津ボロ・・・なんとかっていうヤツ。そこから何か出てくるかもしれませんよ」

「大津ボルデメ、か。潜水艦が停泊できそうな大空洞っていっても、水が無けりゃ、な」

「もしかしたら、ホントに琵琶湖からトンネルが通じてるかもしれません」


ふん、と鼻を鳴らしながら、

「万一本当に琵琶湖からトンネルが通じて、大空洞に地底湖があったとしてだよ、潜水艦がどうやってそこに入れる? 海から通じてなきゃ意味ないだろ」

そう言って、小野は窓の外の景色に目をやった。


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