京からの書状
義達は書状を静かに畳むと、脇に控えていた近習へ声をかけた。
「大和守と藤左衛門を呼べ。至急だ。」
小走りに廊下へ消えた使いの足音が遠ざかり、しばしののち、障子越しに二つの影が揺れた。
「武衛様、お召しと聞き参上いたしました。」
まだ若い面差しに緊張を滲ませながら、大和守が膝をつく。
その隣には、目つき鋭く老練の気配を纏う藤左衛門が静かに控えた。
義達は二人を見回し、卓上の書状――細川高国の筆によるもの――へ視線を落とした。
「……京兆家より、上洛の依頼が来た。」
大和守が驚きに目を見開き、思わず半歩、前へ。
「京より、でございますか。」
藤左衛門は眉一つ動かさず問う。
「大内殿の帰国で、京の体が揺らいでおるゆえに、でござろう。
「うむ。」
義達は短く頷き、書状を二人へ差し出した。
「大内殿が周防へ戻って以来、京の守りは急に薄くなった。
公家衆は細川左京大夫を詰り、山城国衆も腰を上げぬ。そのうえ御所の護り手も乏しい。
そこで――斯波に助力を求めてきた。」
大和守は文面をしばし見つめ、静かに息を呑んだ。
「……上洛なさるおつもりで?」
「無論だ。」
義達の声音には迷いが微塵もなかった。
「今川との和議が成った今こそ尾張が息をつける。
尾張を安んずるには、京に斯波の存在を改めて示す必要がある。」
藤左衛門が低く相槌を打つ。
「義達様はかつて義澄公に近しくおわしたがゆえに、今の将軍家に良いようには思われておりませぬ。
それを、この機に改める……と。」
義達は目を細めた。
「左様よ。わしが義植公に嫌われた。遠江守護が今川に補任されたのもそのせいよ。
良い機会だ、京への働きかけ次第で、尾張の安堵は揺るがぬものとなる。
“斯波は使える家”――そう思わせねばならぬ。」
大和守は逡巡の色を見せ、視線を落とした。
「しかし……尾張の政もなお穏やかとは申せませぬ。
奉行衆にも火種が残り、信定殿との折り合いも……。」
義達は、その懸念を予期していたかのように静かに言った。
「ゆえに、お主を呼んだ。」
「……私を、でございますか。」
「尾張の政を預かり、斯波の威を保つは守護代の務め。
わしが上洛しても清洲が軋まぬよう、奉行衆を束ね、信定をも呑み込め。
今川との和議をまとめた手腕、尾張の誰も侮るまい。」
そして義達は続けて言葉を重ねた。
「弾正忠には塩畑へ城を築かせ津島を臣従させる。美濃への牽制にもなる。
藤左衛門、お主には東の抑えと三河の国人どもの取り込みを頼む。少なくとも敵にはするな。」
藤左衛門が低い声で応じた。
「承知。大和守様、これは家中の乱れを収める良い折りかと。
斯波の威が京で高まれば、尾張の国人どもも軽々しく動きませぬ。」
義達は二人の言葉にゆっくりと息を吐いた。
「……わしは京へ参る。
因幡守を連れてゆく。武辺者ゆえ扱いやすいし、尾張に火種を置かぬに越したことはない。
ただし清洲を空にはせぬ。お主ら二人で、わしの代わりに尾張の舵を握れ。」
大和守は深く頭を下げた。
「はっ。必ずや清洲を保ち、義達様の御名を損なうことなく務めます。」
藤左衛門も静かに膝を折る。
義達は二人を見つめ、次の一言をゆっくりと言い放った。
「そのためにも――大和守、そなたの娘を弾正忠の息へ嫁がせよ。
藤左衛門はすでに弾正忠の岳父。ここでお主と弾正忠が結べば、尾張の盤石は揺るがぬ。」
そしてわずかに口元を引き締めた。
「斯波家は、まだ沈まぬ。これより京へ――風を通しに参る。」
書院に差し込む夕光が、義達の横顔の決意を重く、しかし確かに照らしていた。




