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どうしてこうなったー尾張三代記ー  作者: あいまいもこ


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125/189

交渉

大和守は深く息をつくと、わずかに肩を回した。

数日に及ぶ折衝の疲れが骨に染みている。だが、まだ終わりではない。むしろ本番はこれからだ。


今川方の使者は、先ほどから一歩も引かぬ構えを崩さない。

彼らは、勝ち戦の証文を求めている――いや、実利を取りに来ている。

武功の喧伝ではなく、支配の線引きだ。


「さて……そろそろ御所望の“形”を示していただける頃合いでは?」

使者は柔らかく笑ったが、その目には刃が潜んでいた。


大和守は、その刃を真正面から受け止める。

(……あくまで勝者の体を装うか。遠江・三河を一つに束ねる腹は見え透いておるわ。)


正統な秩序は、遠江守護は斯波、三河守護は吉良――そしてその守護代も代々変わるべきものではない。

だが今川は、戦を口実に「彼らが治めるべき」と新たな序列を作りたいのだ。


「では――こちらの譲歩を示そう。」


大和守が静かに口を開くと、使者の眉がわずかに揺れた。


「三河守護代は、飯尾とするがよい。」


「ほう……」

一瞬、使者の目に満足の光が宿る。

飯尾は親今川。これを据えれば今川の影響は格段に強まる。


だが、大和守は続けた。


「ただし、遠江の大河内、巨海の降伏を認めよ。

彼らは斯波家に尽くした者たち。

これを容易く討つは、遠江の地を荒らすのみにて益なし。」


「それに……滅ぼすならば我らも引けぬぞ。」


使者の目がすぐに細まり、再び曇りが戻る。


「……降伏のまま残せ、と?」


「うむ。」

大和守は淡々と答えた。

その声音には、まるで揺らぎがない。


(親今川の飯尾を据えさせ、親斯波の大河内らを抱え込ませる……。

統治は一筋縄では行かぬぞ。だが今川は、勝ち戦の証が欲しい。)


使者は黙り込み、指で膝を叩く。

その小さな音が、部屋に響いた。


やがて、低く、吐くような声が漏れた。


「……容易い話ではありませんな。」


「承知しておる。」

大和守は静かに言った。

「だが、そちらが欲する“実”はこちらの懐から差し出した。

ならば、これ以上は欲張りよ。」


重い沈黙。

しかしその奥で、双方の算盤が激しく弾かれているのが見えた。


やがて、使者は口の端を上げた。


「……大和守殿の算段、まこと見事。

しかし、返答にはいささか時間を頂戴したい。」


「構わぬ。」


使者が下がった後、大和守は初めて肩の力を抜き、低く嘆息した。


(――飯尾を据えることで、今川は勝ちを喧伝できる。

大河内らを残せば、三河、遠江は二つの力が相争う火種を抱え込む……。

これならば、尾張も息ができる。

武衛様は……この塩梅をどう見るか。)


薄暗い障子越しに、冬の弱い光が差し込む。

それは、勝利とも敗北ともつかぬ淡い色だった。


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