20 白竜
「ジェナ、何処か行きたい店はあるか?」
「最近、髪が長くてバサバサになるから、髪留めとか見てみたいかな?」
「なら、雑貨屋とアクセサリー店を覗いてみるか…」
今日の私は“ジェナ”で、カイルスさんと2人で街に降りて来た。以前、一緒にケーキを食べに行こうと約束をしてから4ヶ月が経ち、ようやく実現できたのだ。その4ヶ月の間に、色々と変わった事もあった。
先ずは、芽依さんがレナルドさんの養子になった事。あれからバージルさんに相談すると、やっぱり由茉の養子になるのは難しいとの事だった。レナルドさんは、竜王国に住んではいるけど、国籍はオールステニアの元魔道士。今は一介の子爵でしかないから、芽依さんをすんなり養子に迎える事ができた。
『養子になったから、元の世界に還れない訳じゃない。還れる方法が見付かって、君が望むなら還れば良いから』
と言うレナルドさんの言葉に、芽依さんは泣きながら頷いた。レナルドさんも芽依さんも黒色の髪と瞳だから、傍から見れば父娘に見える。丁度良い縁組みだったのかもしれない。ただ、レナルドさんは結婚願望は無かったのか?血の繋がらない子持ちなんて、結婚相手としてはマイナスになる。
ーまぁ、お母さんが居るから良いけどー
そして、そんな芽依さんとリシャールは、どうやら良い仲な関係になっているそうだ。時々、2人で街に降りてデートをしているらしい。リシャールも芽依さんも笑顔が増えて来て、私も嬉しい限りだ。
ーそのうち、2人から「お姉さん」とか呼ばれたいー
リシャールと芽依さん、レナルドさんとお母さんが結婚したら、それが夢ではなくなって現実となる。
「ふへっ………」
「俺と2人で居て、他の考え事でもしてる?」
「はい!?」
「それなら、もっと俺を意識してもらうようにしないとな?」
「ふぁ?」
軽く繋いでいただけの手が、指を絡ませた“恋人繋ぎ”になって、その手を持ち上げて、私の手の甲にキスをするカイルスさん。
ー色気が半端無いけど!?ー
「本当に、ジェナには大袈裟にしないと伝わらないみたいだな」
「はい!?」
「手加減不要と言う事だ」
「何が!?」
と訊いたところで、カイルスさんは微笑むだけで何も言う事はなかった。
それから、雑貨屋とアクセサリー店で買い物をした後、ランチをする為に、アルマンさんお勧めのお店にやって来た。しかも、アルマンさんが予約してくれていたようで、待ち時間無く入る事ができた。ここでのお勧めも魚料理だった。このお店にもデザートはあったけど、今日は約束していたお店でケーキを食べる予定だから、デザートは注文せず、食事を終えると直ぐに店を出た。
「今のお店のデザートも気になる…」
「なら、次はデザート迄食べよう」
サラリと次の約束を口にするカイルスさん。女性慣れしている──のかな?それなりの良い年齢だから、過去に恋人の1人や2人居てもおかしくはない。
「ジェナは、もう直ぐにケーキが食べたい?それとも──」
バサッ
カイルスさんの話の途中で、私達の近くの上空で羽ばたきの音がして見上げると───
「白竜?」
「…………」
その白竜はゆっくりと下りて来て、着地する前にスルスルと人の姿になった。
竜王国には、私を含めて3人の白竜が居る。1人は“お婆さん”と呼ばれる程の年齢で、南領の辺境地で余生を過ごしているそうで、後の1人はこの西領に居ると言っていた。この人がそうなんだろう。白竜の姿も綺麗だったけど、人の姿になっても綺麗な人だ。髪は白に近い銀髪で、瞳は琥珀色。誰もが見惚れるような美女だ。
「カイスル様、お久し振りです」
「お久し振りです」
どうやら、2人は知り合いのようだ。
「遅くなったけど、守護竜様の近衛になられたそうで……おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「久し振りに、一緒にお茶でもどうかしら?」
「折角のお誘いですが、予定がありますから」
そう言ってお誘いを断ると、カイスルさんはまた、私の腰に手を回して引き寄せた。
ー何で!?ー
と、内心焦っているけど、何とか表情だけは崩さないように微笑んだ。
「あら、お連れが居たのね。気付かなくてごめんなさい。私は、ジャスミーヌ=ハイエットよ」
「私は、ジェナです」
ジャスミーヌ=ハイエット
竜王国の公爵だ。亡くなった公爵だった夫君の跡を継いで、夫人が公爵になった筈。
「家名は?まさか……平民?」
鳥井はあるけど、お忍び中だから伏せておく。
「平民だとしても、何の問題もありませんから。それでは、これで失礼します」
「そんな改まった口調じゃなくて良いわ。それに、挨拶をしただけで直ぐに去ってしまうなんて、少し寂しいわ。一度は婚約していた仲なのだから、もう少し話をしましょう?」
「………それは過去の話で、もう私と貴方の縁は切れてますから」
元婚約者──
カイスルさんの元婚約者は、私と同じ白竜だった。




